第65話 疑惑
囚われていた魔族を遺跡からレイスエリアへと搬送したところで一息をつく。
ちなみにタカネさんは「やることがある」と一言述べて、何を言う間もなく去ってしまった。
いつもながら、勝手な人だ。
アルベルトさんは終始不機嫌そうな顔をしていたが、あれ以降文句は言ってきていない。
何となく悪いなという思いもあったので、私から声をかけてみることにする。
「あ、あの、アルベルトさん。その、なんか、す、すみません。私のせいで……」
「……ふっ、ミュリナに気を遣われるようでは、俺もまだまだだな。そこまで顔に出ていたか」
「いえ、あの……は、はい」
そう言うと、アルベルトさんはまたも鼻をならす。
「すまない。大した話じゃないんだ。要はニアに言い負かされて悔しかっただけだ」
「言い負かされたんですか?」
「政治の世界は理屈の通らない方が負ける。理屈が通らないことを通すには武力を使うか法を犯す以外にない。だが、本件で俺がそのどちらかをするほどかと問われると、そこまででもない。だからニアに筋を通された段階で俺の負けなのさ」
「そういうものなんですね」
「魔族たちのこととなって、少しムキになってたんだ」
「……アルベルトさんは魔族を憎んでいるんですか?」
「そうだなぁ。別に彼ら個人個人を憎んでいるわけじゃない。だが、魔族という種を憎んではいる。大昔からずっと戦争を続けているんだ。こちらからいくら和平の提案をしたって彼らは受け入れるつもりがない。ただ争いたいだけの種族を憎むのは当然だと思っている」
争いたいだけ……。
そんな風に言われてしまい、寂しい思いをしてしまう。
自分は魔族ではあるが、そんな風に考えたことは一度もない。
むしろ、こうして接してみると、人族も割りと普通だな、なんて思っていたりもする。
「まあ、それはそれ、これはこれだ。今はとりあえず彼らをニアに預けることにするよ。どうもニアは君に気に入られたくてあれをやったように見えるしな」
「……ニアさん、どうしてそこまで私のことを気遣われるんでしょう」
「そりゃあ、ミュリナが強いからだろ」
「強さってそんなに重要ですか?」
「そうだな……。例えば、強き者の傍にいると安心感が湧かないか? あとは憧れを目の前で見ることもできるとか。悪く言えばその者を利用できる。虎の威を借りる狐という意味でな」
なるほど。
たしかに、遺跡で神父風の仮面男が攻撃してきたとき、タカネさんが一撃で彼の武器を破壊するのを見て思わず安心感を抱いた。
ああいう感じをニアさんも私に抱いているのであろうか。
「どちらにしても気を付けることだ。ああ見えてニアはけっこう狡猾だぞ」
「あまりそういう一面を見たことがないですが」
「それはミュリナが悪意に対して無防備だからなだけだ。さ、俺たちはそろそろ行く。ミナト、行くぞ」
行ってしまおうとするアルベルトさんに対し、ミナトさんが私の元へとやって来る。
「……なんですか? また文句ですか? 言っときますけど、私は悪いことなんてしてないですからね」
「あの男性が何者かは知っているか?」
いきなりそんなことを聞かれて、目を丸くする。
ミナトさんが指さしているのは、ニアさんと話している彼女の使用人であった。
「えっとたしか……ハロルアさん、じゃなかったでしたっけ。ニアさんの家の使用人ですよね?」
「以前からの顔見知りか?」
「いえ、舞踏会初日にニアさんが名前を呼んでいるのを何となく覚えているくらいです。彼がどうしたんですか?」
「……本当に何も隠していないんだな」
「え゛? なんですかいきなり。なにも隠してないですよ。何でもかんでも私を疑わないで下さいよ」
「君は魔族だからな。まず疑ってみるべき相手だ」
「そういうの差別って言うんですよ」
「どうだかな」
「むぅぅ、人を悪人みたいに言って。……それで、ハロルアさんがどうかしたんですか?」
そう問いかけると、ミナトさんは何やら考え込む。
だがやがて、私にとあることを教えてくれるのだった。
「あの男性も……君と同じだ」
「同じ? 何がですか?」
「魔族だ」
「……え?」
思わずハロルアさんの方を見てしまう。
三十代か四十代くらいの方で、とても人の良さそうな執事に見えるけど、あの人が……?
それに彼には――、
「角がないじゃないですか」
「だから君と同じだと言っている」
角無しの魔族だってこと?
何でこんなところにそんな人がいるの?
「やはり君たちはサートンバゼル家を取り込むために暗躍しているんじゃないのか?」
ミナトさんが睨みを利かせてくるも、むしろ同じ疑惑をあの男性に抱いてしまう。
その瞬間、ミナトさんの気持ちがわかった気がした。
自分も魔族ではあるが、やはり人族の社会に魔族がいるというのは奇妙だ。
何か目的があってそこにいるのではと勘ぐってしまうのも無理はない。
「どうなんだ? 今すぐこの場で斬り伏せてもいいんだぞ?」
「私は違います。ただ……あの男性がどうなのかはわからないです。彼が魔族であるというのを、あなたに言われて初めて気付きました」
「私はだと? 君もじゃないのか?」
「逆に聞きたいんですけど、角無し魔族が人族領で初めて出会った時、お互いが魔族であることを確認する方法があると思いますか? あなたにはそういうスキルだか能力だかがあるんでしょうけど、私たちには確認の術がないんですよ?」
「そ、そうだが……。だが、君たちはニア・サートンバゼルが襲撃された一日目、どちらもあの近くにいたはずだし、彼女があの部屋にいることも知っていた」
そうか。
たしかに、ニアさんの居場所をあの時わかっていたのは私とハロルアさんとニアさんのお父さんだ。
あとはアルベルトさんも知っている風だった。
もしあの神父風の男が所持している腕輪が、制約を持ちながらも任意の場所に人を転移させられるものであるのなら、行き先が分かっていなければならないことになる。
つまり、容疑者は先に挙げた人物のみになるわけか。
それでミナトさんが私たちを疑ってきていると。
「なら一日目も二日目も、そして遺跡の戦闘でも、私は全力でニアさんを守りにいかなかったはずです」
「それは……。そうだが……」
「彼のことは私の方でも探ってみます。もしニアさんに悪意を成そうとしているのであれば、私とて容赦するつもりはありません」
ミナトさんはやがて納得したのか、これに一瞥で返事をしてきて行ってしまった。
とりあえずはわかってもらえたんだろうか……。
ニアさんの元へと歩んでいく。
「ニアさん、少しよろしいですか?」
「はい。どうされまして?」
「魔族の方々、この後どうされるのですか?」
「お気になさらず大丈夫ですよ。いったんサートンバゼル家の名目奴隷になっていただいて、その後魔族領へと返していこうかと思います。なんなら後で彼らを見に行きますか?」
「あ、ぜ、ぜひ。すぐに移送するのですか?」
「いえ、今レイスエリアから離れるのにはいろいろと問題がございまして、しばらくはここへ滞在することになろうかと思いますわ」
「そうですか。なんにしても、いろいろありがとうございます、ご配慮いただいて」
「いえいえ、こちらこそ助かりました。あなたのおかげでわたくしは暗殺されませんでしたし、実行犯も確保できております」
「でも、あの神父風の方には逃げられてしまいましたね……」
「問題ございませんよ。実行犯を確保できておりますので、そこから情報を聞き出せればと思っております」
大鎌の少女はあのあと魔適合物の摘出を行って元の姿に戻っている。
腕を失ってはいるが、命に別状はない。
「そ、それと、あの、えっと――」
「……? なんでしょうか?」
「あ、あの、先ほど話していた執事の方とは、親しくされているのでしょうか?」
我ながら、なんて変な聞き方だ。
けど、「あの人は魔族ですか?」なんて直球の質問はできないし、こんな風に遠回しな言い方をすることしかできない。
「ハロルアですか? ええ、長い付き合いになりますわ。なにか気になることがございまして?」
「い、いえ、魔力量の高い方だなと思いまして」
「あら、見ただけでそのようなことまでわかってしまうのですね。さすがはミュリナさんです。以前は魔法兵だったそうですよ。恐らくそれでかと思われます」
「そ、そうなんですね」
「ハロルア、こちらへお願いできますか?」
作業中の彼を呼ぶと、ハロルアさんはせかせかとニアさんの元までやって来る。
「ミュリナさんがあなたの魔力量が高いと褒めておられましたよ」
「これはこれは。かの有名なミュリナ・ミハルド様にそのように評していただけるのは嬉しい限りです」
「え゛!? 私有名なんですか?!」
「ええ、それはもう。あのグレド・レンペルードを打ち負かし、ミストカーナ事変を解決した英雄と謳われておりますよ」
英雄って……。
だいぶ大袈裟な気がするが、褒められて悪い気はしない。
口元がにやけてしまいそうになるのを必死に堪える。
「まあミュリナさんったら、照れておられるのですね」
普通にバレてた……。
「あっ、ぅ、えっと、あ、暗殺実行役は捕縛しましたが、まだ一人逃げている者がいます。ハロルアさん、どうかニアさんを守ってあげて下さい」
「むろんそのつもりです。我らが主を守るのは当然の務めでございます」
「むしろ、ミュリナさんが専属契約なさってくださってもよいのですよ?」
前回メイリスさんたちが金貨何十枚という話をしていたため、思わず唾をゴクリ飲み込んでしまう。
「ただし、その場合はわたくしの部屋で一緒に寝泊まりという条件を出させていただきますが」
なんて言われてしまった。
別に嫌悪感があるとかそういうわけではないが、何となくここはいったん断っておくことにする。
本気でお金に困ったら考えよう。
「お、お言葉はありがたいですが、いったん考えさせてください」
「はい、ぜひに」
そのまま耳元で囁いて来る。
「そのたくましい妄想で、わたくしとのあらぬ姿をご検討くださいな」
「なっ!」
「さっ、いきますわよ。アルベルトさんのことですから、おそらくわたくしの逮捕状を受諾してこちらへやってくることと思います。次はそちらの対処ですわね」
なんて具合に、ニアさんはルンルン気分なのであった。
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