第64話 戦いの後に

 彼らが倒れたのを確認して、自分も地面へと倒れ込む。

 現状私も内臓を貫く怪我を負っており、しばらくは治療の時間が必要だ。

 隣でも同じようにニアさんが酷い出血と共に脂汗を浮かべている。


「今、治します。少しお待ちください」


 自分と彼女の双方に治療魔法をかけていき、破損を修復していく。

 アルベルトさんたちも終わったとばかりにこちらへとやって来た。


「おいおい、せっかく追い詰めていたのに、美味しいところだけ持っていくのかよ」

「仕方ないじゃないですか、強くて手加減できなかったんです」

「しかし、前にも言ったが――」


「――噂以上の魔法ですね」


 アルベルトさんの言葉を引き継ぐように、奥に控えていた神父風の仮面男が述べていく。


「だろ。お前んとこの手駒は全滅だぜ? 素直に観念しな」

「ええ。残念ではありますが、もはや引くしかありませんね」

「引くって、そっちは行き止まりだぜ」


 なんて言いながら、アルベルトさんが剣を向ける。

 私とニアさんは戦闘不能だが、この二人が負っている傷は浅そうだ。

 今は頼らせて欲しい。


「何をおっしゃいますか。正面突破するだけですよ」

「はんっ、なめられたものだ。ミナト、油断するなよ」

「アルこそ」


 二人して剣を掲げる。


「ふっ、無知とは怖いですね」


 神父の周囲に何やら鉄の筒のような物がいくつも展開していく。

 それだけでミナトさんの顔色が変わった。


「なっ! 銃だとっ!?」

「いいえ、銃以上ですよ」


 その瞬間、嫌な予感が背筋を走り抜け、直感で防御魔法を展開した。

 僅かに遅れて射撃音が遺跡中へと鳴り響いていく。


 ダダダダダダダダダダッ!!!


 大量の飛来物があって、全員を守るには魔力が足りない。


「ダメッ! 防ぎきれないっ!」


 もうダメだと思った瞬間――、


「【竜騰虎闘】」


 ガラスの割れたような音が鳴り響く。

 それと同時に神父の周りに展開していた武装が全てバラバラに砕け散っていた。

 私たちの前へと立つ彼女の後ろ姿を見て、少しだけ安堵感を抱いてしまう。


 抜き身の剣を持った彼女はかつての勇者。

 それは魔王と渡り合う実力を持った者。


「――タカネさん」


 神父もさすがに事態を飲み込めていないのか、動揺が透けて見える。

 あの武装にはそれなりの自信があったのであろうか。


「てめぇのそれは一体なんだ?」


 よく観察すると、神父さんの腕には青い腕輪のようなを装着している。

 そういえば、レベルカさんが魔適合物を闇市場で購入した売主も青い腕輪をしていると言っていた。


「……あなたは?」

「魔装兵装は見覚えのあるやつだな。だがそっちの腕輪は知らねぇな」

「ほぉ、この兵装をご存知なのですか?」

「ご存知もなにも、あーしは何度もそれと戦ったことがあんぜ。んま、そんなことはどーでもいい。その腕輪をよこしな」


 タカネさんが殺してでも奪い取ると言わん目つきとなって、今にも飛び掛からんとする。


「タカネさん! 待って下さい!」

「よこせや!!」

「【トランスファー】!」


 三者が同時に動いた。

 私は制止の言葉を飛ばし、タカネさんは彼へと飛び掛かって、そして――


 神父の姿は腕輪に吸い込まれるように掻き消えてしまうのだった。


  *


 全員の治療が終わり周囲の探索を終えたところで、今度はミルス兄弟と名乗った、魔適合物使用の二人の様子を見る。


 まずは大鎌の少女だ。

 前回同様、魔適合物の摘出が可能であったため、それを行って傷の治療を行っていく。

 摘出したものはさっさと焼却してしまえば問題ない。


「ホンっと手際良いな」


 タカネさんからそんなツッコみを受ける。


「二度目ですんで。それに体の治療は得意な方なんです」

「そうかよ。しっかし、実際に目の前で見せられるとすげぇな。魔適合物を取り込んだはずの奴が人に戻っていってやがる」


 大鎌少女は私の分解魔法で片腕こそ欠損してしまっているが、それ以外は無事元の状態に戻っていた。


「けど、そっちのデカ物はもう無理だな。魔適合物が融着しちまってるし、直に死ぬ」


 アルベルトさんたちがすでに追い詰めていたのであろう。

 そこに私の魔法でとどめを刺した格好か。

 人殺しをしてしまったという罪悪感が心の中を渦巻いていき、胸に痛みを覚える。


「てめぇがとどめを刺さなくても死んでたよ。戦闘でもう瀕死だったからな」

「……気休めなんて、いいです」

「おいおい、あーしが気休めを言うタイプに見えるか?」

「見えないですけど……」


 落ち込む私の肩にタカネさんは手を置いてくるのだった。


「おい! こっちを見てみろ!」


 アルベルトさんの掛け声で、皆そちらの方へと視線を向ける。

 奥にはもう一つ部屋があったみたいで、そこにたくさんの人が捕えられていた。

 しかもただの人ではなく――


「魔族……。それも、こんなにたくさん……」

「この数、一体どこから連れて来たんだ。さすがに領内でこの人数がいればわかるはずだ」

「先ほどの神父風の男性が身に着けていた腕輪ですが、姿が消えるときにわずかに魔力反応を探知できました。あれはおそらく空間転移系の能力を行使できるアイテムです。それで連れて来たんではないでしょうか?」

「空間転移……。ミュリナも使えるのか?」

「いえ。空間魔法はあまり解明されていない魔法です。私は詠唱がわからないので今は使えないです」

「そうか。しかしこの数、販売を目的としていた数と見るべきであろうな」


 ということは奴隷売買……。


「まあ、どちらにしても魔族はこのまま拘留するのが妥当であろう」

「ま、待って下さい、アルベルトさん。彼らは拘留されたあとどうなるんですか?」

「良くて奴隷落ち、悪くすればそのまま殺処分だな。敵国の民だから」

「そんな……」


 想像通りの回答が返って来て、拳を握りしめてしまう。


「アルベルトさん、彼らは身なりからして、罪のない魔族市民です。解放してください」

「言いたいことはわからんでもないが、諦めてくれ。騎士団長として魔族を規定に則らない方法で処置するのは容認できない」

「でも兵士でもないただの市民なんですよ?」

「関係ない。魔族とて人族領を侵略し兵士ではない女子供をさらったりする。それはお互い様だ」

「お互い様!? だからって悪いことを肯定するんですか!」

「悪事ではない。互いに互いの種の人権を認めていないだけだ。魔族は人族領では人にあらず。ただ石と同じだ。石をどうしようと誰も文句は言わない」


 そんなの絶対おかしい。


「ですがっ――!」

「お待ちくださいな」


 ニアさんが一歩前へと出て、私に耳打ちしてくる。


「ミュリナさん、ご安心下さいな。わたくしがなんとかしてみせます」

「ニアさん……」


 ニアさんがそのままアルベルトさんへと相対する。


「この魔族たちはいったんわたくしの方で預からせて頂きますわ」

「……領内における魔族の捕縛は我々騎士団の仕事だ。我々が処理すべき案件だと思うが?」

「何をおっしゃっておりますの? わたくしはこの方たちの正当な所有権を持っておりますわ」


 アルベルトさんが眉を寄せる。


「どういうことだ?」

「わたくし、この遺跡の探索へ来ましたの。たしか発見物の所有権は発見者に与えられるはずですわよね」

「それならば俺たちも来ているではないか。お前単独の所有権にはならない」

「違いますでしょう? あなた方は遺跡の探索へなど来ておりませんわ」

「おいおい、そりゃ無理があるだろう。現にこうして探索している」

「出会ったときに言っておられたではありませんか。お二人は『わたくしの監視のためにつけてきた』と」


 そう述べるとアルベルトさんの表情が歪む。


「だ、だが、ニアだって犯人を捕まえるために来たと言っていた!」

「はい。捕まえるために遺跡を探索する必要があったのです。あなた方はあくまでそのわたくしをつけていたに過ぎません」

「くっ! そ、それならっ! 俺だって騎士団長の権限でお前の尾行探索を行える!」

「国王への遂行書は提出されておりますの? ないのでしたらそんなことをしてはならないはずですわよ? 第一、あなたは舞踏会場でわたくしに、すでにこの遺跡の探索を終えたと述べておりました。再探索するともなれば、所定の手続きが必要となるはずですわ」

「それはニアだって同じじゃないか!」

「いいえ、ミュリナさんは冒険者ですの。わたくしの探索は貴族としてではなく個人としての範疇になりますわ」

「くっ! そんなの詭弁だ」

「ええ。貴族たるもの、どれだけの詭弁を弄せるかが力の見せ所ではございませんか」


 恐らく、二人の間で政治的なやり取りがなされているのであろう。

 ただの言葉遊びのように聞こえるが、たぶん魔族たちの処遇を巡って、どちらの論理が正しいかをぶつけ合っている。

 そして、アルベルトさんの表情を見るに、恐らくニアさんの勝利は揺るがなそうだ。


「ニア、先に言っておくが、君には逮捕状が出ているんだぞ? 今それを俺が止めている」

「あら? 柄にもなく脅しですの? あなたはそう言った手合いが嫌いだと思っておりましたのに、魔族のこととなると厳しいんですのね?」

「当たり前だ! 俺は人族を愛し、魔族は駆逐するべきだと考えている」

「そうですか。では、逮捕状なりなんなり承認なさればよいでしょう。わたくしはわたくしの力でそのようなもの跳ね除けてみせますわ」


 そいう言いながら、ニアさんが悪魔的な笑みを浮かべていた。


「さあ、魔族たちを搬送致しましょう。もちろん手伝って下さるわよね? 騎士団長様」

「……くそっ!」


 何というか……、ニアさんの強さを見た気がする。

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