第63話 隠れ潜む暗殺者

 壁を切り裂いたと思ったら、彼女の姿が消えた。


 ――透明化の能力!?


 やはり元の姿だったときの特質を引き継ぐのか。

 レベルカさんと戦ったときにはあまりわからなかったが、大鎌の少女は前回も前々回も隠蔽能力を主体とした暗殺者のような立ち振る舞いが得意であった。


 ただ、前回までの隠蔽は追えていたのに、今はどこにいるかがまったくつかめない。


「ミュリナさん! どちらにいらっしゃるかわかりまして!?」

「わかりませんっ!」

「あはっ! すごいっ! すごいわこれっ! お前らクソどもなんて簡単に叩き潰せそうっ」

「余裕ぶっているのも今の内です! 【ミストスキャッタリング】」


 学園の課題でイビルビーストと戦闘して以降、隠蔽能力が高い者とどのように相対すべきかは考えてきてある。

 周囲にミストを噴出していく。

 このミストは触れた生物の周囲で発光するというものだ。


 見えたと思ったら、その光はすでに私のすぐそばにまで来ており――


 ガキィン!!


 寸でのところで光剣が間に合った。

 何とかそれを押し返して、私の魔法によって光る霧をまとった彼女と打ち合いを始める。


「はんっ! すごいねあんた。でも、見えない剣にどこまで戦えるかな!」


 相手の剣筋が見えないというのはこうも戦い辛いものなのか。

【ミストスキャッタリング】の魔法は相手の大雑把な位置がわかるだけで剣の正確な現在位置までは教えてくれない。

 その一方で、相手には私の剣が見えているのだ。

 戦えば戦うほどに私の回復魔法を上回る速さで生傷が増えていく。


「ほらほら! どうした! 死んじゃうよ!」

「くっ! 離れろ! 【ブラストエクスプロージョン】!」

「【アイシクルスピア】」


 爆破魔法とニアさんの氷槍魔法が襲う。

 その最中、一瞬彼女の姿が見えた。


 ドガァァァン!


 煙にまみれながらも周囲へと警戒を飛ばす。


「やりましたの?」

「まだわかりません!」

「でも、あれだけの爆破を――」


 肉を割く音が響いた。

 一拍遅れて、ニアさんのうめき声が聞こえて来る。


「くっふふ! 肉が裂ける音ってなんでこんなに心地いいのかなぁ」

「ニアさん! 【プラズマニードル】」


 ニアさんが背後から脇腹を刺されて倒れ込んでいた。

 またも大鎌少女の姿が消えてしまう。


「ミュリナ、さん……っ」

「喋らないで。【エクストラヒール】」


 自然治癒力を高める魔法だけかけて、彼女には耐えてもらうことに。

 傷を治す治療魔法を使わせてくれるほど相手は優しくはないであろう。


「あはっ! あたしが見えないんでしょう? ちゃんと動けなくなってから、死の恐怖を味あわせてあげるから、安心してね」

「くっ! 【ファイヤーバレット】」


 炎弾を周囲へ適当にばら撒くも、当てずっぽうが当たるような相手ではない。


 相手の位置が認識できない。

 それに、さっきはどうやってニアさんの近くにまで移動したのだろうか。

 隠蔽の力によって近づいたのであれば【ミストスキャッタリング】の効果で発光体が見えたはず。

 にもかかわらず、距離があったはずのニアさんの元へと彼女はすぐさま行くことができていた。

 おまけになぜ爆発の直前で透明化まで解除したのだろうか。


「ミュリナさん!」


 ――背後に気配!?


「【モレキュラーシールド】!」


 寸でのところで大鎌を防御魔法による受け止める。


「お前すんげぇ反応速度してんな。四肢を落としてなぶり殺してやりたいところだが、こりゃ無理かもな」

「【スパイラルレイ】!」


 十五の曲光が私から飛び出し、相手を追尾していく。

 だが、彼女の姿がまたも消えたと思ったら追尾をやめてしまい、そのまま壁を撃ち抜くこととなった。


「すごいすごーい。当たってたらただじゃ済まない魔法だねっ。まあ、当たらないけど」


 声が聞こえてきたのは明後日の方向で。

 奴が余裕ぶっている間に私は思考を回す。


 ――やっぱり。

 彼女には二つの能力がある。

 一つは気配を完全に消す隠蔽系の能力。

 この能力だと気配が消えるだけで実体はそこにある。

 それで姿を隠した場合、今の曲光魔法で撃ち抜けたはずだ。


 それでも彼女を倒せなかったということはもう一つの可能性。

 体を完全に別の場所へと移動させる空間系の能力だ。


 これならば突然ニアさんの傍に出現できたのにも頷ける。

 その一方で、空間移動を行う際には自身を隠蔽できないし、先ほどのニアさんへの一撃はやろうと思えば首や頭部だって狙えた。

 つまり、その制御にはまだ不確実性が伴うというわけだ。


「ミュリナさん……」

「大丈夫です。私から離れないで下さい」


 ニアさんをすぐそばで守りながら、意識を集中させる。

 隠蔽魔法は練度が高くて魔力探知では認識できなかったが、空間系の能力が魔法を伴うものであれば異常を察知できるはずだ。


 その瞬間、わずかに魔力の乱れ――!


「左!」


 光剣を振るったら、寸でのところでそれを回避されてしまった。

 が、察知されたという事実には十分インパクトがあったようだ。


「なっ! なんでっ!?」


 驚きを覚えながらも彼女はまたも潜伏する。

 同じやり取りをもう二回やって、相手も理解したのであろう。

 その空間系能力はもはや私には通用しないと。


 彼女が観念したかのように姿を現わす。


「あんたってホント忌々しいね。最初の暗殺でそこのお嬢さんを殺してればみんなハッピーだったのに、あんたが邪魔したせいで台無しだよ」

「まるで私が悪いみたいに言わないで下さい。暗殺をするあなたの方がどう考えても悪いじゃないですか」

「はんっ、どうだかな。そこのお嬢さん、けっこう悪いことしてるんだよ?」

「暗殺者の言う事なんて信じません」

「あっそ。じゃあ死ね」


 またも姿が消した。

 けど、相手のことながらそんなのジリ貧だと思ってしまう。


「もう諦めて投降を。同じ手は通じま――」


 途端に得体のしれない怖気に身をよじった。

 だが、それへの対応はできず、背中に冷たい何かが触れたと思ったら、お腹のあたりから何かが飛び出てくる。


「な、に……これ……っ!」


 遅れて血反吐を吐いた。

 立っていることができなくなって、片膝をついてしまう。


「ミュリナさん!!」


 息苦しさと痛みと不快感が同時に襲ってきて、冷や汗にまみれる。

 探知できなかった。

 どういうこと……。

 私はどうやら背中から大鎌で貫かれてしまったらしい。

 腹部と背中から血を噴きながら、必死に回復魔法をかけていく。


 すると、悪魔姿となった大鎌少女はにんまりとした笑顔と共に姿を現わしてくるのだった。


「やっと捕まった。まったく面倒くさい」

「っ……なにを……したの……?」

「隠蔽スキルを使っただけだよ」


 いん、ぺい……。

 そうか。

 てっきり次も空間移動で攻撃してくると思ってしまったが、隠蔽能力の方は魔力探査で探知できないし、【ミストスキャッタリング】の効果ももう切れてしまっている。

 まんまと騙されたってわけか。


「さっ、後は死ぬだけだね」


 大鎌を向けられて、小さくため息をつく。


「はぁ……。ここまで頑張ったけど、やっぱ無理か」

「諦める気になった? 所詮あたしらミルス兄弟には勝てないんだって。これでも結構暗殺者として有名なんだよ。むしろその暗殺を二回もあんたは妨害できた。すごいと思うよ」


 痛みを堪えながら静かに立ち上がる。


「ああ? なんだ、首を飛ばされる覚悟はできたか」

「先に謝っておきます。すみません」

「おいおい、謝って見逃してもらえるとでも思ってんのかよ?」

「いえ、ニアさんの命を狙った以上、見逃す気なんてありません」

「お前、話通じてんのかよ? こっちが見逃す見逃さないって話してんだけど」

「なんで暗殺者になったのかとか、いろいろ本当は教えて欲しかったです」

「チッ、いたぶる前に壊れやがった。つまんねぇな。だったら死ね!!」


 彼女の大鎌が迫る。


「ミュリナさん!!」


 ニアさんの叫び声と共に鳴り響いたのは、肉を割く音でも、はたまたそれを防御魔法で受け止めた音でもなかった。


「なっ! なん……だとっ……!? ぎゃあああああ!!」


 彼女の大鎌は目に見えないほどの粉となって風に溶けていく。

 それどころか、鎌が体の一部となっていたためか、腕の一部までもが持っていかれて、少女は痛みにたじろいでいた。


「分解魔法です。もう一度謝ります。ごめんなさい。あなたは手加減できない」


 その言葉と共に、二十七の魔法陣を展開した。

 見たこともない光景にニアさんと少女が異次元の世界にでもやってきてしまったかのような表情となる。


「なんだ、これ……。魔法なのか! これがっ!?」

「レベルカさんの事例があるので、あなたはまだ人に戻れる可能性があった。だから無傷で捕縛できないかと模索していました。でも――」


 静かに少女を睨みつける。


「あなたは本気の魔法でいきます」


 小さな悲鳴を上げながら、悪魔姿の少女が腰を抜かす。


「なん、なんなの、これ。こんなの、あり得ないわ! こんなの魔法じゃない! お前! なんなんだ! ホントに! なんなんだよ!」


 投げナイフを持っているだけ飛ばしてくるも、分解反射ですべて砂と化す。

 この反射は武器のみならず相手も分解してしまう可能性があるので本当は使いたくなかった。

 現に彼女は腕の一部がなくなっている。


「隠蔽とか、転移とか、昔私も考えました。でも回りくどいんですよ。結局のところ、強さってそういうのじゃないと思います」

「ふ、ふざけんなっ! み、見えなきゃてめぇだってなんも出来ねぇだろ! いつ後ろに回ったかわかんなきゃ――」

「いいえ」


 仲間のいる場所以外のすべての地面が光り輝く。


「見つからないなら、周り全部を破壊すればいいだけです」

「周り、ぜん、ぶをっ!!?」


 膨大な魔力で、地が揺れ物理法則が捻じ曲がる。


「大丈夫です。殺しはしませんから」

「っ、やめっ――」

「天地破壊魔法【ホーリー・アポカリプス】」


 全てが光に包まれた。

 地面から天井へと続くその光線に焼かれ、大鎌の少女と、化け物へと変わってしまったフード男は同時に地面へと倒れ伏すのであった。

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