第59話 広がる疑惑
突然の事態に息を呑んでしまう。
大鎌を持った少女が舞踏会場のど真ん中に降り立っており、その横で悲鳴ならぬ声を上げるニアさんが倒れていた。
ニアさんは右腕を斬り落とされており、床が痛々しい血の色で染まっていく。
おそらく当初は頭を狙ったのであろう。
私が念入りに施した防御魔法が損傷していた。
再び少女が大鎌を振りかぶるもさすがに頭はもう回り始めている!。
「させないっ!!! 【ブート】!」
ニアさんに仕掛けておいた防衛魔法を発動させる。
それだけで彼女はレンガの壁に包まれていった。
「なっ! なんだこれ!?」
「【アクセルバースト】!」
雄叫びと共にフォトンセイバーを作り出して少女へと振り被る。
だが、真横からわずかな違和感――っ!
大鎌少女をあと一歩で斬り裂けるというところで、投げナイフが飛んできた。
それを防いで、そのまま打ち合いへ。
周囲には大量の貴族と、そして衛兵もいる。
すでに多くの者が動き出しており、こちらが優位であることに変わりはない。
「リー! 失敗だ! 撤退しろ!」
「わかってる! けどっ!」
私と打ち合っていてそれどころではない。
「逃げるなっ! 【ブラインフォグ】」
少女の視界を魔法で奪い、方向を分からなくする。
「くそっ! おい! いいのか! あの情報をバラすぞ!」
フード男が意味の分からないことを言ってくる。
なので、構わず光剣を振るっていく。
「ちぃっ! だったら言う! ニア・サートンバゼルは魔族に通じている! 証拠もある! だから僕たちは暗殺を行おうとしているんだ! 第一お前の魔法は威力がおかしいだろ! お前も魔族なんじゃないのか!?」
「なっ!」
そんな風に言われてしまい、さすがに手が止まってしまった。
さっきミナトさんにより動揺したばかりであったため、何とか表情には出さずに済んだ。
だが、なぜこうも魔族の話が続くのか。
「はんっ! やっぱりそうだろ! 【リフューザー】」
フード男からスキルが発動されて、私の魔法が解除されていく。
スキルは魔法と違って得たいが知れず、私ではうまくその動作を追い切ることができない。
少女とフード男が連れだって逃げる。
「っ! 逃がさない! 【アクセルバースト】」
加速魔法で一気に彼らの元へ。
このまま致命傷にならないレベルで斬り伏せる。
もう目の前――!
と思ったのだが、次の瞬間に目を見張ってしまった。
そこを逃げていた二人の姿が――
何もない空間へと消えてしまうのだった。
「なっ! どうなって……!?」
「ミュリナ! ニアを治して!!」
同じ会場にいたメイリスさんの声で我に返り、私はすぐさま彼女の元へと走る。
防衛魔法を解除し、私は切り離されてしまった彼女の腕を接合していくのだった。
ただその最中、皆が私とニアさんに対し、魔族の内通者なのではないかという疑いの目に向けていることには、気付かないふりを続けるのだった。
*
「状況はあまりよろしくありませんわね」
初日の暗殺は目撃者が少なかったため内々に処理されたのだが、今日の事件は多くの衆目があったため、さすがに舞踏会は中止となった。
おまけに、私たちを疑う目は未だに払拭されていない。
「しかも、ここに来てわたくしが魔族に内通しているという証拠情報まで出回り始めておりますの」
「証拠って、一体何を証拠に?」
「前回、ミストカーナ事変でレベルカさんを減刑するに当たって、魔石をとある商会へと売り払っていたのですが、その中に魔族領産のものがあったみたいで」
魔石は産地によって特異性があり、精密な鑑定を行えばどこ産なのかがわかる。
「そんな……」
「購入元をちゃんと確認していなかったわたくしの責任です。おそらくは掴まされたのでしょう」
「つまり、前々から何者かがニアさんを狙っていたと」
「立場上わたくしはいつでも狙われる可能性があります。それは仕方のないことです」
「でも、もう舞踏会は中止なのでしょう? なら、このままミストカーナに帰ってしまえばいいじゃないですか?」
「……実は、一部の貴族の方々からわたくしを逮捕すべきではという意見まで出ておりまして。すんなり帰るわけにもいかないのですよ」
なんだそれは。
「そんなのおかしいです! ニアさん、何もしてないんですよね!?」
「ええ。ただ、それとない証拠も出ているため、完全に無視するというわけにも行きませんでして……」
なんて話していると、部屋の扉が開かれて、ニアさんのお父さんが入ってきた。
「ニア!」
「これはお父様、大きな声を出されて、どうされたのですか?」
「ニア、身体の方はもう大丈夫なのか?!」
「ええ。ミュリナさんに治して頂きましたので。お父様も見ておられたでしょう?」
「ああ、もちろん見ていた! だが、一時は腕を落とされたのだろう? まだ休んでいた方がいいんじゃないのか?!」
「この通り、ピンピンしておりますの。それに、騒動はまだ収まっておりませんわ。早く解決してしまわないと」
そう述べると、お父さんは思い詰めたような表情となる。
「ニア、今回の騒動で様々な憶測が飛び交っている。お前は真実、魔族とのつながりはないんだな?」
「以前も申したではありませんか。わたくしにそのようなことはございませんことよ」
「証拠まで提出されている。あれはお前とは関係がないんだな?」
「はい、そうです。何者かの陰謀によるものです」
ニアさんが淡々と述べていく。
前も思ったが、なぜこの親子はこんなに淡白なのだろうか。
むろん私も両親と普通に接したことがないため、『親子の普通』がよくわからなくはあるが、ここまで冷めたものではない気がする。
「……そうか。わかった。他に何か困っていることはないか」
「ございませんわ。自分のことは自分で何とか致します。お父様も、今回の事件発生にあたり、公爵としての務めがございましょう? わたくしなどにかまけてなくても結構でしてよ」
「……だが、私はお前の父親だ」
「それと何の関係があるのでしょうか?」
「……。そうだな。体にはくれぐれも注意するんだぞ」
「はい。ご配慮ありがとうございます」
そう述べて、お父さんは退出していく。
そんな父の姿を、ニアさんはどこか心細げに眺めている。
「ニアさん?」
「ああ、すみません。考え事をしておりまして。さて、これからどうしましょうか。このまま待っていても、いつ警備隊がやってくるとも限りません。昨日の暗殺者の足取りでも掴めればよいのですが……。ミュリナさん、何かわかりませんか?」
「舞踏会場で彼らが消えた時、魔力痕跡が瞬時に消えていました。なので、たぶんあれは隠蔽系のものではなく空間系の能力に近いものだと思っています」
「能力……。魔法ではないのですか?」
「魔法ならもう少し読み解けるはずです。でも、今回のは靄がかかったようによくわからない。たぶん魔法の要素も入っていながら、何か別のものもあるんだと思います」
「そのあたりはわたくしにはよくわかりません。ミュリナさん頼りとなります」
「では、探索に行きましょう。試してみたいことがあるんです」
「わかりました。しかし、すごいですね、あなたは」
「え? なにがですか?」
ニアさんが自身の腕を見せびらかしてくる。
「千切れた腕もすぐに繋げられる、見たことのない魔法やスキルであろうとすぐに読み解くことができる。わたくしには到底できないことですわ。羨ましい限りです」
「あ、い、いや、そ、そんなことないですよ」
手放しに褒められて、照れてしまう。
「え、えーと! そ、そしたら行きましょうか! 探査魔法である程度のことはわかるはずです!」
「ええ、そうしましょうか」
私は照れ隠しで大きな声を出してしまった。
その裏で、
「本当に、羨ましい限りです」
と言うニアの声は誰にも聞こえていないのであった。
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