第58話 社交ダンス

「うぅぅ。寝不足です」

「そうですか? わたくしはお肌がツヤツヤですが」


 あの後、悪戯をたくさんされた私は興奮で眼が冴えてしまい、対するニアさんは、それでもう満足したのかさっさと眠りに落ちてしまった。


 まったくこの人ときたら。


「さて、今日は一日ミュリナさんにくっついて参りますので、どうぞミュリナさんもそのように立ち振る舞って下さいね」

「え、ええ。構いませんけど、そこまでくっつく必要はありますか?」

「もちろんです」


 なんて言いながら、ホテルを出るところから私の腕にしがみついてきた。

 ここまでする必要性はないだろうが、ニアさんがとても楽し気だったので何も言わないことにする。



 会場へ到着すると、すぐにニアさんのお父さんが出迎えてきた。


「あらお父様、このようなところでどうされたのですか」

「いやなに、昨日あのようなことがあったからな。傍にいてやった方がいいかと思って」


 その割には、ホテルも別だし、どこかよそよそしいよなぁ、なんて思ってしまう。

 むろん口にはしないが。


「無用な心配ですわ。暗殺者などに怯えるわたくしではございませんの」

「だ、だが、舞踏会を休んだって――」

「わたくしはサートンバゼル家の令嬢です。舞踏会は多くの貴族が集まる重要なイベントですわ。休むことなどあってはなりません。それとも、休んだ方がお父様にとってなにか都合がよいのでしょうか」

「い、いや、そういうわけではないが……。そうか、なら気を付けるんだぞ」

「はい。それでは」


 どうして二人とも辛そうな顔をしているのだろう。

 そんなことを思いながら会場へと入っていく。

 午前は昨日と同様挨拶周りだ。

 ニアさんはいろいろな方と喋らなければならないが、私はその後ろで警戒をしているだけ。

 周囲には人こそ多くいるものの、この距離であれば万が一暗殺者から不意打ちされたとしても守り切れる自信がある。


 そんな時間が過ぎて、ようやく午後の時間となった。


「ミュリナさん、午後からはダンスの時間がございます。その際には、さすがにわたくしの傍を離れてもらわなければなりません」

「わかりました。やむを得ないですね」


 私がダンスを練習してくるという案もあったのだが、やったことがなかったし、何より公爵令嬢の相手を平民の私が務めるには役不足だ。


「ダンスのお相手は信頼のおける方です。問題ございませんわ」

「はい。では、私は外側に待機してますね」


 気を張りながら彼女の傍を離れる。

 大丈夫。彼女には事前に対策となる魔法をいくつもかけてある。

 万が一奇襲を受けたとしても、私が傍へと寄るまでの時間は稼いでくれるであろう。


 ダンスを眺めていると、アルベルトさんとミナトさんがやってきた。

 相変わらずミナトさんは私に対して敵対的視線を向けてきているが――、


 そんなことよりも昨日アルベルトさんから話された内容の方が脳内に浮かんでしまい、もう二人がそういう風にしか見えなくなってしまった。


 この二人は男性の棒を――剣と剣をぶつけ合って、訓練をしているんだ。


 思わず顔を上気させてしまう。


「ミュリナは踊らないのか?」

「え!? あ、は、はい。えっと、わ、私は踊れませんので」

「そうは言っても、基本くらいは知ってるだろう? なら格好だけでも踊れるんじゃないのか?」

「そりゃあまあ、知ってはいますけど、騎士団長様のお相手なんて、平民の私じゃできませんよ」

「ミナトと踊れよ。こいつも来賓ではあるが貴族じゃないから相手に困ってたんだ」

「おい! アル! やらないっていっただろ!」

「おいおいミナト、ここに来た目的を忘れたのか? ちゃんと顔を売っておけ。ただ踊るだけだ」

「だ、だが――」

「そうです、私も今は仕事中ですので――」


「いいから行け」


 そんな風に押し出されて、私とミナトさんはダンス会場のど真ん中へと突っ込んでしまうこととなった。

 今までは観衆の中にいたのだが、その内側へと入ることで多くの視線に晒されて身を縮めてしまう。


「はぁ、アルの奴……」


 ここまで来ると、踊らずに戻ったら逆の意味で目立つことになってしまう。

 ミナトさんが諦めた表情となりながら、不承不承お誘いのポーズを取って来る。


「……。フリだけだ。一緒に踊れ」


 が、その言葉はお誘いというよりは命令に近いもので。


「……私、下手ですよ。仕事中ですのでダンスにもあまり集中できません」

「俺もそんなに得意ではない。それに君に聞いておきたいこともある」


 仕方なく、そのまま私はミナトさんと社交ダンスを踊ることにした。

 得意ではないと言っていた割に、ミナトさんはリードをしてくれる。


「そんなに人族を警戒しているのか?」

「人族を? 違います。私は今ニアさんの護衛です。彼女に危険が及ばないか気を払っているだけです」

「昨日は暗殺騒ぎがあったらしいな。てっきり君が首謀者かと思ったよ」

「そんなわけないじゃないですか。なんでそんなこと言うんですか」


 あまりの言い様に、思わずミナトさんのことを睨みつけてしまう。


「君は大きな隠し事をしている。俺にはそれが何なのかわかっている」

「隠し事? ですから昨日も言ったじゃないですか、私はニアさんの歴とした恋人で――」

「そっちじゃない」

「そっちじゃ……ない?」


 何を言わんとしているかがわからなくなり、眉を寄せる。


「もっと、君にとって大切なことなはずだ」

「私、人にはあまり隠し事をしないタイプですよ」

「そうは見えないな。この場で公表してもいいぞ?」

「いい加減何の話をしているんだか教えてください!」


 二人してダンスに汗ばみ始めた頃、曲が最高潮を迎える。

 私は彼の話の内容が見えずに不安を感じ始めており。

 そんな中、小さく呟いた彼の声がやけに大きく聞こえてきた。


「…………君は魔族だ」

「えっ……?」


 あまりの内容にダンスの足を止めてしまう。


「やはり、そうなんだな」

「あっ……、い、いや、そうじゃないんです。私は……そうじゃ、なくて……」


 ダメだ、どうしよう。

 なんで戸惑っちゃったの。

 もはやこの態度が確定的であり、彼の疑いを払拭することは不可能だと思ってしまう。

 咄嗟に否定すればまだ言い繕えたものの、想定外の言葉に否定を述べることができなかった。


 焦りの感情が胃の辺りにせり上がって来る。

 最近は油断していたが、私が魔族だとバレれば今の生活は終わりを迎える。

 魔族が平然と人族社会で生きていけるわけがない。

 どのような言い訳をすべきか必死に思考を回していく。


「な、ど、どうして。ま、魔族? なん、の、話ですか?」

「言い繕うな。俺にはわかる。角無しの魔族が一体何をしに来た」


 ダメだ……。

 完全にバレてる……。


 毅然としたミナトさんの態度に、冷や汗が浮かんでいく。


 そもそも彼はどうやって私を魔族だと見抜いたんだろうか。

 少なくともここまで確信できるような情報は出していないはず。


 ……そう言えば、タカネさんも私を一目で魔族だと見抜いていた。

 彼女のあれはどうやっていたのだろうか?

 タカネさんは七百年前の勇者で、ということは……これは――


 勇者に備わった、力――?


 目を見開いて、彼のことを見つめてしまう。


「あなた……勇者なんですか?」

「……どうしてわかった? お前、鑑定スキルのことを知っているのか?」

「かんてい……?」


 二人してクエスチョンマークを浮かべた瞬間、金切り声が鳴り響いた。

 すぐさま我に返ってニアさんの方へと視線を飛ばすと――、


 ――ニアさんの右腕が、大鎌によって斬り飛ばされていた。

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