第57話 次なる作戦

 舞踏会場から逃げてきたフードの男と大鎌の少女は廃教会へと逃げ込み、そこで一息をつく。


「くそっ! なんなんだあの野郎! 聞いてねぇぞ!」

「リー、魔力痕跡は残してないよな」

「当たり前だ! んなへましねぇよ。ちっ、あいつ何者だ。あたしの隠蔽がまるで効いてなかった」

「僕の退魔も効いてなかった。完全に規格外だ」


 そこに砂利を踏む音が響く。


「誰だ!」


 振り返ると、そこには優しい笑顔を浮かべる神父の恰好をした者がいるのであった。


「なんだ、お前か」

「失敗ですか? あれほどの用意をしたというのに」

「そっちこそ! あんな野郎がいるなんて聞いてねぇぞ!」

「威勢のいい啖呵を切っていたのに、暗殺者『ミルス兄弟』も大したことはありませんね」

「なんだとっ!」

「護衛がいることは予め伝えておいたでしょう? それに彼にも手を出さないようにこちらで仕組んでおいたんですよ? それでも失敗する程度の暗殺者ですか、あなたたちは」

「けど、あいつ滅茶苦茶強かったぞ!」

「言い訳を聞きたくはありません」

「だがっ!」


 自分の言っていることが言い訳だとわかっているからこそ、大鎌の少女は顔を歪めながら舌打ちをすることしかできない。


「はぁ……、まったく。それでどのような護衛がいたんですか?」

「知らねぇよ! 黒髪に赤目の――たぶん平民だ。貴族ならよほどの三流でもない限り面を見りゃわかるからな」


 そう述べると、途端に神父の表情がそれまでとは違った、強張ったものへと変わる。


「……その方は何か変わった――そう、白金色の杖を持っておりませんでしたか。浮遊体をいくつも持つ杖です」

「ああ? ああ、持ってたよ。なんだ知り合いかよ?」

「…………いえ、風の噂でそのような方がいることを聞いただけです」


 そう述べながら、神父は何か深く思い悩んでいるようなポーズとなる。


「で? どうする? 正直あいつにはあたしらじゃ敵わねぇ。正面から行っても勝負にならない」

「ふむ。つくづく使えませんね」

「なんだとっ、このくそじじい!」


 少女が大鎌を構える。


「リー、やめろ。ここで争っても意味がない」

「あいつが喧嘩売ってんだろうが!」


 二人で言い合っている合間に、神父の姿が消えた。


「あえ?! あいつ、どこに?」


 次の瞬間、少女が鎌を取り落し、いつの間にか現れた神父によって首を絞められる。


「がはっ! なん! てっめっ!」


 片手で首を持ち上げられてしまい、足が地面から離れる。

 必死に蹴りとパンチをくらわしているが、神父にはまるで通用していないようだ。


「くそっ! はな、せっ、このっ!」

「別にあなたたちじゃなくてもいいのですよ」


 やがて、少女は泡を吹き始めて観念し出す。


「わ、わかった。お願い、たすけ、て……」


 その言葉で、ようやく神父は彼女を地面へと放る。

 激しく咳き込む少女はそれでもわずかに残された敵意を神父へと向けるのだった。


「明日、もう一度門を開きます。タイミングはこちらで図りますので、そこで仕留めて下さい」

「依頼主は手助けしてくんねぇのかよ! あの会場にいんだろ!」

「直接手が下せるのならとっくにしておりますよ。できないからわざわざ我々に頼んできたんです」

「チッ」

「しかし、あなた方が正面切って勝てないというからには、その護衛が来る前にすべてを終わらせる必要があるでしょう。勝負は五秒と言ったところでしょうか」

「びょう? なんの単位だ?」

「時間ですよ。おおよそ一瞬です。それで確実に仕留めて下さい」

「簡単に言ってくれるぜ。場合によってはターゲットが魔族に内通してるって情報も出すぞ?」

「構いませんよ。依頼主からもたらされたサポート情報でもありますしね。いかなる手段を使っても構いません」


 今度はフードの男が口を開く。


「待ってくれ、今思い出したんだが、その護衛はたぶん、ミストカーナ事変で心臓を一突きにされた者まで治してしまった奴だと思う。そんな奴を相手に暗殺は無理だ。例え殺せても、すぐに蘇生させられる」

「……頭を狙って下さい。内臓だの腕だのを落としても治せます。ですが――」


 神父が俯く。


「――彼女は脳だけは治療できませんから」


 そう述べて、神父は去ってしまうのだった。


  *


 事件があった夜、私はニアさんと共に明日をどうするかについて話し合っていた。


「ご迷惑をおかけして申し訳ございません、ミュリナさん」

「構いませんよ。それよりも、本当に明日も舞踏会に出られるのですか? 相手の素性も手口もよくわかってないんですよ?」

「ええ、ですが、これで相手にミュリナさんの脅威性は十分伝わったはずです。下手な手出しは出来なくなったと思われますわ」


 あの後、私は散々魔力痕跡を探ったのだが、あの場には何の情報も残されていなかった。

 賊が現れた場所に隠し通路とかがあるのかとも思っていたが、そもそもこの建物にはそういった隠し通路の類が存在しないとアルベルトさんから教えてもらっている。


「分からないことが多すぎですね。賊はどうやってニアさんを狙ったんでしょうか。ニアさんがあの部屋に行くとわかったのは直前なわけですし」

「ですわね。おまけにあそこへどうやって誰にも気付かれずに忍び込んだのかもわかりませんし」

「やっぱりやめませんか? 守り切れる自信がありません。お父さんも来ることには反対していたではないですか」

「お父様……」


 その言葉と共に、ニアさんは何かを考え込んでしまう。


「ニアさん?」

「あ、いえ、なんでもございませんの。ミュリナさんのお気遣いは嬉しいですが、そういうわけには参りません。私は公爵令嬢です。その者が暗殺に怯えて表に出ないなど、あってはならないことです」


 そこには強い意志が宿っており、これ以上反対したところでたぶんニアさんは意見を変えないのであろう。


「むぅ……。犯人に目星とかってないんですよね?」

「……え、ええ。ありませんわ」

「じゃあ絶対私から離れないで下さいね。次からはどんな面談にも絶対に付き添いますから」

「はい。わかりました。そうしましたら、夜も遅いですし、一緒に寝ましょうか」

「あ、はい。……え゛!?」


 一緒に!?

 この部屋にあるベッドは一つで、当然ここで寝るということを指しているのであろう。


「ええ。傍で守って下さるのでしょう。寝ている間も不安ですわ」

「そ、そうは言いましたが、ベッドが二つある部屋でも……」


 なんていう私の腕をニアさんが捕まえてくる。


「わたくしここがいいですわ。ミュリナさんとはもっと親密になりたいですし」

「あ、あぅ。あの、なんか別の目的も入ってません?」

「そのようなことはございませんことよ。ただ、同じベッドにいて間違いが起こってしまうとも限らないとは考えておりますわ」


 絶対別の目的あるじゃん!!


「さあ参りましょう」


 なんて連れられて、ベッドに押し倒されてしまう。


「あ、あの、えっと、普通に寝るだけなんですよね?」

「ええ。わたくしも知識でしか知らないことが多くございます。お互いうまくできるとよいですね」

「ちょ! ニアさん私の話聞いてますか!? ちょっとぉぉ!」


 そのまま、私はニアさんと濃密な夜を過ごすことになるのであった。

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