第55話 中庭の決闘

 アルベルトさんの濃い話を聞いていると、先ほど絡んできた三人組が、偶然なのか中庭へと入って来る。

 関わらない方がいいと思って逃げようとしたのだが一歩遅い。

 こちらを発見するや、またもあの下卑た笑みを浮かべてくるのだった。


「これはアルベルト様。このような場所で『平民』などと一緒にどうされたのですか?」

「おいおいセイロス、そういう言い方はあまりよろしくないぞ」

「ですが実際問題、この舞踏会に供託金を支払っていない平民が入って来るのはいかがなものかと思われますが」

「固いこと言うなって。お前らだって女遊びをするために平民を連れ込むことはよくあるだろ? 聞けば、こいつはニアの彼女だそうだぜ」

「こいつが……?」


 三人が私をジロジロとねめつけてくる。


「んまあ、お飾りの姫であるニア嬢にはある意味お似合いですな」

「お飾り……、ですって?」


 無視しようと思っていたのに、三人組の言い様に思わず反応してしまう。


「ああそうさ。知らないのか? 政治も外交も戦闘技術も魔法も、どれをとってもニア嬢のやることはパッとしない。普通なのさ。なのに家柄だけは公爵家。実力もないくせに、俺ら二流貴族はあいつに頭を下げなきゃならない」

「おまけにあいつは一人娘だからな。世継ぎもあいつで確定。公爵家が世襲制なんて間違ってんだろ」

「だからこそ皆お前みたく、うまく取り入ろうとすんのさ。そうすりゃ公爵家の甘い汁が吸える」


 三者がここぞとばかりに不平を述べていく。

 アルベルトさんはそれに対し、咎めの言葉を出すわけでも同調するわけでもない。

 恐らく、彼らの主張が一理あるとも思っているのであろう。


「……あなたたちはニアさんに取り入るために、彼女へ話しかけたってことですか?」

「その通りだ。むろん、ちゃんと彼女にメリットのある話をするぜ。んま今回は外したがな」

「そんなことよりさっ、俺らと遊ばない? 平民呼ばわりしたのは悪かったよ。さすがに金貨何十枚とは出せないけど、金貨二枚までなら出すぜ? どうだ破格だろ?」

「そうそう。娼館でもお前レベルってなるとなかなかいないからさ」


 ……たしかに、娼婦に支払う額としては破格だ。


「お断りします。興味ありません」

「そんなこと言わずにさ、金じゃなくても、俺らだったら結構いろんなもん用意できるぜ。コネでも何でも。無能のニア嬢なんかよりさ」


 またニアさんのことを無能呼ばわりしている。

 静かな怒りに、握りしめる拳へ爪が食い込む。


「……」

「おい、どした? 無視かよ」

「取り消してください」

「ああ?」

「ニアさんのことを無能呼ばわりしたことを、取り消してください!」


 本当はこんなやつら関わらない方がいい。

 頭ではそう分かっているのだが、どうしても我慢ならなかった。


「はっ。嫌なこった。あいつには迷惑してんだ。お飾り公爵令嬢のせいでな」


 またお飾りって言った。

 怒りに我を忘れそうになったところで、アルベルトさんが手を叩く。


「まてまて、騎士団長である俺の前で喧嘩はやめてくれ。立場上、両方を罰しなければならなくなる」

「ですが――!」

「決闘で決めたらどうだ?」


 わずかに残されていた冷静さがその言葉を飲み込んでいく。


「決闘……?」

「ああ、相手を死傷させないレベルで戦う。敗者が勝者の言うことを聞く。これでどうだ?」

「もちろん俺たちは構いませんよ、アルベルト様。ただ私どもとしては、この主張は三人のものでしてね。三対一の決闘であるべきかと愚行致します」


 あからさまに卑怯なやり方を提案してくる。


「ミュリナ、どうだい? 普通なら代表の者を立てるところだが」

「別に三人同時でも構いません。私が勝ったらニアさんを今後無能呼ばわりしないで下さい」


 三人組がガッツポーズをつくる。


「ぃよっしゃ! 俺たちが勝ったら一晩中お前の体を好きにさせてもらうぜ」

「金貨どころかタダで済みそうだなっ」


 なんて具合にもう勝った気でいるようだ。

 アルベルトさんがレフェリーを務めてくれる。

 大丈夫。

 こんなやつらに負けたりはしない。


「それでは両者見合って」


 この舞踏会場に武器は持ち込めない。

 三人とも武術のみで戦うようだ。


「はじめ!」


 早速とばかりに私を取り囲んできて、いつでも攻撃できるという体制を整える。


「こっちが下手したてに出てるうちに頷いとけばいいものを、判断を誤ったな」

「顔は傷つけんなよ。別嬪が勿体ない」


 ケラケラ笑いながら、もうこの場で性的に襲ってしまおうと言わん勢いだ。

 対する私は空を見上げながら、自分が何に怒っているのかへと想いを馳せる。


「おいおい、もう戦意喪失かよ。それともカッコつけか?」


 早速とばかりに一人目が手を伸ばしてくる。


「【ブレスファントム】」

「「え?」」



 それだけで手を伸ばした者は中庭の噴水へダイブすることとなった。


「私、ニアさんのことを無能だなんて思ったこと、一度もありません」


 沸々とした怒りと共に、私は杖を出現させる。

 その様子に二人はおろか、アルベルトさんまでもが驚愕の表情を浮かべていた。


「空間……魔法……だとっ!」

「誰だって、得手不得手はあります。その一面だけを取り上げて、その人を貶めるのは間違った行為だと思います」


 静かな怒りはやがて魔法へと変わり、光の礫が舞い上がっていく。

 もちろんこの魔法を当てるつもりなんてない。

 ないけど、掠めるくらいには当てるつもりだ。


「魔法……なのかっ!? これがっ!?」

「そんなっ! 馬鹿な! こんな、こんなのっ! ありえないっ!」


 なぜだかアルベルトさんは私の魔法に笑みを浮かべていた。


「人は知らないところでいろんな努力をしています。それを知りもしないで、勝手にその努力を踏みにじるなんて、私が絶対に許さない! 収束爆雷魔法【ホーリーレイルガン】」


 轟音とともに極大光線が彼らの頬を掠めた。

 そしてその光は、天の彼方にある星へと飛んで行ってしまうのだった。


  *


 魔法がすぐ真横を通り抜けて行き、彼らは腰を抜かしてしまう。

 別にもっと簡単な魔法で追い払うこともできた。

 けど、この人たちの言動は我慢のならないものだ。

 ニアさんは決してそんな人ではない。


「ふ、ふふ。あっはっはっは。想像以上だ。ミュリナ・ミハルド。すごい魔法だな」

「え、あの、えっと」

「ああ、いや、すまない、まだ決闘の途中だったな。だが、さすがに君の勝ちでいいだろう。もう彼らは声も発せないようだしな」


 彼らは魂でも抜けてしまったのか、未だにポカンとしている。


「噂には聞いていたが、噂以上の強さだな。やはり君とはいつかゆっくりと話してみたいものだ」

「……ゆっくり?」

「なんでもない。忘れてくれ」

「はぁ。そうしましたら、三人とも、と言っても一人は噴水の中ですが、今後ニアさんのことは――」


 喋っている途中で、私は魔法探査に違和感を覚えた。

 魔法が行使されていて、その発生源が明らかにニアさんの入っていった部屋の中だ。

 ということは――、


「なっ! 戦っている!?」


 遅れて戦闘音が響いてきた。


「【アクセルバースト】!」


 そのまま私は何も考えず、部屋へと突っ込んで行くのだった。

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