第53話 彼女の相場は
「ミュリナ~」
ニアさんに付き添っていろんな方に挨拶をしていると、メイリスさんとレベルカさん、それにサイオンさんがやってくる。
「皆さん、お揃いなんですね」
「あたしとしては不本意だけど、まさかサイオンが頼み事してくるなんて思ってなかったからね」
「サイオンさんが……?」
「それとなくレベルカの護衛をして欲しいんだって」
なんて視線を向けると、サイオンさんは苦笑いを浮かべていた。
「できるだけレベルカの傍にいてくれと僕からメイリスにお願いしたんだ。レベルカは平民だ。本来であればここに入ることができない。何かあってからでは遅いからな」
サイオンさんらしい気遣いだ。
そう言えば、私もこの建物に入った時より、一部の貴族たちから忌避の視線を向けられている。
アイゼンレイク家で四六時中向けられていた視線だったため、あまり気にならなかったが、平民は通常ここへ入ってはならないのであろう。
「それで? ミュリナを跳ね除ける暗殺者は現れそう?」
「今のところそんな気配はないですね。探査魔法も使っているんですが、違和感はないです」
「そう言えば、あたしの方でもそれについてちょっと調べてみたんだけど、なんでも魔族に内通している者がいるんじゃないかって噂があるらしいわね」
「ま、魔族に?!」
自分が魔族なだけに、ドキッとしてしまう。
「ええ。おまけにその内通者がニア・サートンバゼルだ、なんて主張する噂もあるそうよ」
「なっ! ちょっと待って下さい! そんなわけないじゃないですか!」
「怒鳴んないでよ。あたしだって別にそんなの間に受けてないって」
「あっ……、ご、ごめんなさい」
「んま、それにかこつけた質の悪い悪戯かもね。気を張ってもしかたないし、折角なんだから舞踏会を楽しんだら?」
舞踏会場には数多くの御馳走が並んでおり、普段の私ならばなかなか手の出ないものであろう。
とくに、デザートの類は食べたことすらなく、あのケーキと呼ばれるものはぜひとも食べてみたいところだ。
「え、ええ。でも、仕事ですし」
「ミュリナは真面目よねぇ」
ニアさんが貴族の方へと挨拶していたところから戻って来る。
「あら、皆さんごきげんよう。グレドさんはいらしていないの?」
「グレドなら向こうにいるわよ。ミュリナのドレス姿をチラチラ見てたわ」
何のことを言っているかわからずクエスチョンマークを浮かべてしまう。
「あんたってホントに持ってるわよねぇ。強くて可愛くてスタイルもいいし」
「え゛!? 私がですか!?」
「周りの男どもを見てみなさいよ。ミュリナを手に入れたいってやつが結構いそうよ? 平民だから金貨一枚くらいで買い取れるだろうとかって思ってそう」
「買い取れるんならぜひとも僕のところに専属で雇いたいくらいだ。毎月金貨三十枚は出すな」
「さ、さんじゅうっ……!?」
「私のところなら四十くらいは出すわよ?」
「よんじゅう!?」
「お待ちくださいな。今回の依頼でわたくしがいくら払ったとお思いですの?」
え……? ちょっと待って……。
ニアさんが相手だから契約書なんて確認しなかったけど、一体いくらが書かれてたの?
やっぱり貴族の人たちって相場観違うなぁ。
私はこの前のミストカーナ事変の功績でやっとDランク冒険者になったばかりだ。
一件あたりの依頼報酬は大銀貨二枚がいいところとなる。
なんてことを考えていたら、私に対して下卑た視線を向けていた三人組がこちらへとやってくるのだった。
なんというか、わかりやすい。
「ニア様、ご機嫌麗しく」
「これはセイロス様にクラエス様、それにパールトン様、お久しぶりです」
「変わらぬお美しい姿に舞踏会場が花で咲き乱れているかのようです」
「まあ、お上手だ事」
「いえいえ、私は本心から申しておりますよ。ただ、一点気になる点がございまして、そちらの『平民』は護衛でしょうか? あまりあなた様の付き人には相応しくない者かと思われますが……」
「……そうでしょうか。セイロス様に何か良き提案がございまして?」
たぶんだが、ニアさんが敢えて彼の手の内に乗っていく。
「ええ! どうぞ我々を護衛にお使いください。もちろんニア様の護衛という栄誉であれば無償で行おうかと思います。代わりに、そちらの平民は相場の三倍で我々が引き取らせて頂きましょう」
ああ、なるほど。
貴族でない私でも、このやり取りは読み解くことができた。
この三人組はニアさんにとってメリットしかない提案をすることで、彼女の恩義を得ようとしている。
一方その裏で、対価を払うことにより私も獲得してしまおうという算段なのであろう。
初めて貴族の人たちの狙いを読み解くことができてちょっとだけ満足感を得てしまう。
「相場の三倍ですって」
なんてニアさんがメイリスさんへと話題を振る。
「いいんじゃない。払えるんならだけど」
「そうですわね。この場で一括払いして下さるの?」
セイロスと名乗った男が唇を吊り上げる。
「ええ! それはもう!」
「わかりました。では、三倍となりますと金貨三百枚ですの」
「「「「……え!?」」」」
四者から疑念の声が上がった。
三つは三人組の者たちからで、残り一つは当然私からだ。
この人、今回の依頼に金貨百枚も払う気なの……!?
「さあ、一括で支払っていただけるのでしょう? 金貨三百枚を出してくださいな。……それとも、嘘をつかれておられたのですか?」
「お、お待ち下さい。ご、御冗談を。た、たかが平民に金貨百枚を支払われたというのですか?」
「そ、そうです! いくらニア様と言えど、それは嘘でしょう。わざと値を吊り上げて守銭奴のごとき振る舞いをされるのはいかがなものかと思われますよ!」
「いえいえ、わたくしは現在彼女とお付き合いをしておりますの。あなた方は愛する御方に金貨百枚程度も払えないんですの?」
なんて言いながら、ニアさんがまたも私の腕にくっついてくる。
それを見て、三人組の表情が青ざめていった。
「これ以上恥かきたくなかったら、さっさと行きなさい」
メイリスさんのその言葉で、男たちは逃げるようにその場を立ち去るのであった。
歯向かって来ようものならそのまま成敗するつもりだったが、さすがにこのメンツを相手に喧嘩は売れないようだ。
「しかし、金貨百枚ね。ニア、あんたやっぱりミュリナを囲い込む気でしょう?」
「一体何のことでしょうか?」
「ニアってどちらかと言わなくとも外堀から埋めていくタイプだもんね」
「そのようなつもりはございませんことよ」
「どうだか」
二人が言い合っていたら、執事のような恰好をした人がニアさんの元へとやってくる。
「ニア様、少々よろしいでしょうか」
「ハロルア、どうしまして?」
「御父君がお呼びです」
「わかりました。皆さま申し訳ございません、わたくしは少々席を外します。ミュリナさん、ついてきて下さいな」
連れだって彼女のお父さんがいるという部屋の前まで行く。
「ミュリナさん、わたくしはお父様とお話しておりますので、この辺りでお待ちいただけますか?」
「え? でも、護衛は……」
「お父様が用意している部屋です。安全面を疑う行為はむしろよろしくありませんわ」
「わ、わかりました。では待ってますね」
「はい。それでは……行ってまいりますの」
どこか覚悟を決めたような彼女はこれから戦いにでも行くかのような表情で。
お父さんと話すのはそれほど大変なことなのだろうか。
実際、私もアイゼンレイク家にいたころ、父親というのは兄弟たち間でも一線を画す存在となっていた。
貴族の家というのは家族関係も複雑のようだ。
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