第52話 舞踏会初日

 レイスエリアの街を堪能した次の日、私はニアさんに付き添いながら舞踏会の会場となる巨大な宮殿へとやってきていた。


「この宮殿は王族所有のものですのよ。こうしてイベント事がありますとよく使われるんですの」

「ふぇぇ、そうなんですね」


 あまりの立派さに圧倒されながら、私は彼女に付き従う。


 宮殿を進んでいくと、ほとんどの人がすれ違う度にニアさんへと頭を下げてきていた。

 それもそのはず。

 公爵家とは貴族位の中でも最も位の高い称号だ。

 その次期当主であるニアへと敬意を払うのは当然であろう。


 ただ――、

 何名かはそんな彼女に対して、遠くから嫌悪の視線を飛ばしていた。

 私がそれに戸惑いを感じていると、ニアさんが声をかけてくれる。


「気にされなくてよいですよ。わたくしは、影で次期公爵に相応しくないと言われておりますので」


 突然そんなことを言って来て驚いてしまう。


「相応しくない? どういうことですか?」

「前にも言ったでしょう。わたくしの実力は平均的なものなのですの。皆が思い描く公爵の像からは程遠い。それにお父様やお爺様のような華々しい成果もございませんわ」

「そんな……」


 そもそも勇者学園に入学できている時点で平均よりも高い能力を持っているのではないだろうか。


「陰口をたたいているうちは可愛いものですよ。直接的に突っかかってくるものもおりますので」


 向こうが手を出さない限り、決してこちらから手を出してはならないというニアさんの言葉を思い出してしまう。

 もしかしてそのことを指しているのであろうか。


「で、でもでも、突っかかったところでニアさんが公爵になることは変わらないんですよね? それってただのひがみじゃないですか」

「ええ、そうですよ。恵まれた家に生まれたただ凡人のくせに生意気な、というのが彼らの主張です」

「ほとんど言いがかりじゃないですかっ!」


 とそこへ、二人の男性が私たちのところへとやってくる。


「ニア、久しぶりだな」

「あらアルベルトさん。あなたもお元気そうでなによりですわ」


 この人たちもニアさんに突っかかりに来た人たちであろうか。

 私は思わずアルベルトと名乗った優男を睨みつけてしまった。


「あーっと、彼女は?」

「ミュリナさん、どうかそう敵愾心を剥き出しにしないで下さいな。彼は理解のある方ですよ」


 あ……。

 ヤバッ! 顔に出てた!


「あっ、も、申し訳ございません」

「ああ、なるほど、ニアに突っかかる輩と勘違いしたのか」

「申し訳ございません、アルベルト様。何分彼女は貴族社会に馴染みの薄いものでして」

「構わないさ。ニアのことをちゃんと慮(おもんばか)っているんだろう。ただ――」


 アルベルトさんが私に顔を近づけてくる。

 めっちゃイケメンだったので、ドキッとしてしまった。


「本気で慮るなら、感情は出来る限り表に出さない方が結果的には彼女のためになるぞ」


 なんて耳元で囁かれた。

 男性に顔を近づけられることはおろか、耳元で囁かれるという経験が初めてであったため、心臓がバクバクと鳴ってしまう。


 なっ、なんなのこの人っ!


「で? 誰なんだ? お前が連れてるってことは特別なんだろ?」

「ええ。ミュリナ・ミハルドさんですわ。わたくしが今お付き合いしている方ですの」

「……は?」


 アルベルトさんが一瞬固まってしまう。


「付き合っている……。彼女ってこと? お前の?」

「はい、大変に気が合いまして」


 なんて言いながら彼女に腕をがっちりと掴まれてしまう。

 そういう役割だと言われてはいたが、ドキドキしてしまうものだ。


「……いや、まあ、趣味をとやかく言うつもりはないが、お前ゼルスはどうするんだよ?」

「サートンバゼルの子孫を残さなければならない以上、ゼルス様ともいずれは結婚致します。ですが、学生のうちくらいは好きにさせていただきたいですわ」

「そうか……。変わったな、お前」

「いえ、わたくしは今も昔も変わっておりませんよ。ところで、そろそろミュリナさんへ自己紹介して下さらないの?」

「ああ、そうだったな」


 話していた男性が私の方へと向き直って来る。


「俺はアルベルト・エイバルという。立場で言えば、騎士団長だ」


 ……え?

 騎士団長!? この若さで!?


 内容が内容だけにぎょっとしてしまう。

 騎士団長とは普通長い経験と実績を積み重ねた者がなることのできる役職だったはず。

 通常の貴族位と違って世襲制ではなく、王からの任命によって就くことができる。

 貴族位を兼任はしないが、実質的に公爵と同程度の権威だとメイリスさんに教えてもらった。


「す、すみません、騎士団長様だったんですね」

「別にいいさ。俺は立場を笠に着るつもりはないから敬語も不要だぞ」

「え、えっと、ミュ、ミュリナ・ミハルドです。よろしくお願いします」

「よろしくな。で? ニアのどこを気に入ったんだ?」


 早速とばかりに突っ込んだ質問をしてくる。


「あ、いや、えと、それは……」

「アルベルトさん、どうかミュリナさんを困らせないで下さいな。そちらに連れている方をご紹介してくださらないの? あなたが誰かを連れているのこそ、見たことがございませんわ」


 ニアさんがそう問いかけると、彼の後ろに隠れていた黒髪の青年が姿を現わす。

 アルベルトさんと同様、高身長かつイケメンな彼は、金髪碧眼のアルベルトさんに対し、黒髪黒眼の鋭い眼光を持つ男性であった。


「紹介する。ミナト・サクラだ。最近絡むことが多くてな」

「絡むことが……? ああ、そういうことですの」


 ニアさんが何かを納得していく。


「ニア、例の遺跡の件を少し話したいんだが、いいか?」

「わかりました。ミュリナさん、わたくしは少々アルベルトさんとお話してまいりますので、しばらくミナトさんとお話していてくださいますか」

「え? あの、護衛の件は……」

「この国の騎士団長が傍におりますのよ? これ以上に安全な場所はございませんことよ」

「ふっ、おだてても何も出ないぞ」


 なんて言いながら、二人は行ってしまった。

 残された私は、初対面の人と会話をしなければならないという超難関の仕事をしなければならないことに。


 うぅ……。

 知らない人と会話かぁ……。

 でも、仕事だから頑張らないとっ!


「え、えっと、ミナトさんはどちらの御出身なんですか?」

「……」

「…………。あっ、ご、ごめんなさい。あ、あんまり聞かれたくない内容でしたね。え、えっと、そしたら、普段はどんなことされてますか?」

「……」


 うぅぅ。

 もう帰っていいかな……。

 何で無反応なの。

 私こんなに頑張ってるのにっ。


「君の正体はわかっている。一体ここへ何をしに来た?」

「……え? しょ、正体?」


 正体って、もしかして魔王だってバレてる!?

 ……いやいや、これまで学園生活を送って来て、私が魔王や魔族であると疑われたことはほとんどない。

 そもそも、角無しの私を魔族だと思う人なんていないのだ。

 じゃあ一体なにが……


「ニア・サートンバゼル家――公爵家に取り入ろうという算段だろう!」


 あっ、そっちか。


「ちっ、違います。わ、私とニアさんは、れ、歴とした恋人同士ですっ」

「白々しい。第一、ニア・サートンバゼルはゼルス第二王子の婚約者だ。それでもなおニア嬢の恋人を偽る気か?」

「……え?」


 ゼルスってさっきも名前出てたけど、王子様なの!?

 想定外の内容に動揺してしまう。


「ふっ、その動揺っぷり、やはりそうか」

「ちちち、違います! ニ、ニアさんは、わ、私にとって、大切です! 第一、なんであなたがそんなことを気にするんですか!」

「気になって当然であろう!! 他ならない君が傍にいるんだからな。必ず倒して見せる!」


 え、ちょっと待って。

 倒すって、恋敵ってこと?

 なら業務上ここはちゃんと言っておかないと。


「わ、わたし、ニアさんとはすっごく親密にしてるんですっ! あなたにとやかく言われたくありません! ゼルス王子様にもいずれ勝負しに行くつもりです!」

「ゼルス王子にまでっ!? 彼とて俺が守る! 君には絶対に手を出させない!」


 え? ゼルス王子様のことも好きなの?


「先ほどいたアルベルトもそうだ!」


 騎士団長様もなの!!?

 この人、一体何股する気なの!?

 ってか両性愛者なの!?


 ツッコミどころが多すぎて言葉を失ってしまう。


「ふっ、だが、さすがにこの場で勝負をつけるというわけにもいかない。俺が君の正体を暴くまで首を洗って待っていることだな」


 私がある意味驚嘆に目を見開いていると、彼はそんな言葉を残して行ってしまうのだった。


  *


 帰って来たニアさんに私は早速ヒソヒソ話で話していく。


「ニアさん。あのミナトって人、すごい人ですね」

「ああ、やはり気付いてしまいましたか。今は国の最重要秘密として秘匿されておりますの」

「や、やっぱりそうなんですね……」


 ってことは王子様や騎士団長様と関係を持たれているってことだろうか。

 そんなことが知られては国の根幹を揺るがす事態になりかねない。

 おまけにその彼がニアさんまで狙ってきていると。


 うーん、思った以上にこの舞踏会は大変そうだ。

 でも頑張らないとっ!


 そんなことを思いながら、私は舞踏会へと臨んでいくのだった。

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