第51話 レイスエリアでの出会い

 レイスエリアは私が今まで見てきたどの都市よりも大きく栄えた都市であった。

 その中心部には見たこともないような豪勢な建物が建ち並んでおり、その内の一つに私たちは入っていく。

 私一人だったら決して立ち入らないような高級ホテルだ。


 中も豪勢なつくりとなっており、シャンデリア一つとっても私が全財産をはたいて買えるかどうか。


「ニア・サートンバゼル様、ようこそホテル・アジサイへ。スタッフ一同、心よりお待ち申し上げておりました。それではどうぞこちらへ」とホテルマンが手招きしてくれる。


「これ……。自動昇降機ですか!?」


 話には聞いたことがある。

 高層建造物の中でも最新の建物にのみ設置されているもので、上階あるいは下階へと歩かずに移動できるものだ。


「その通りでございます。本日は十階フロア全貸し切りとのことで、昇降機をご使用の際にはスタッフへとお声がけください」


 ほへぇ~、と圧倒されてしまう。

 しかも十階を全部貸し切りって……。

 たしか十階ってこの建物の最上階だったはず。

 階が上がる程料金が高くなるということは私でも知っていることだ。


 一体この人はどれだけお金を持っているんだろうと思わずニアさんを見つめてしまう。


「そ、そんなに見つめられると、恥ずかしいですわ」

「あっ、す、すみません……」

「ふふ、ミュリナさんったら。同性愛者だというお噂は本当ですの?」

「違います。全然違います。全く違います」

「あら、そこまで言わなくてもいいじゃありませんの。わたくしは筋無しということですのね」


 とニアさんはツンとしてしまう。

 むしろ筋があった方がよかったのか……。

 部屋へと到着し、荷物を一通り運び終える。


「さっ、本日はこれでおしまいですの。わたくしはこのままホテルにおりますが、もしご希望でしたらミュリナさんは観光して来ても構いませんよ」

「え゛!? 良いんですか!?」


 今回は仕事だからそういったことはできないと思っていたが、できることなら観光はしておきたい。


「はい、構いませんよ。さすがにホテルは安全でしょうから」

「うわぁ、わかりました! いってきますっ!」


 そう言われて、私は鞄をひっかけてホテルを飛び出した。

 これだけ大きな街なのだ。

 観光地などいくらでもあるであろう。

 そんな風に胸を躍らせながら、私はレイスエリアの街へと繰り出していくのであった。


  *


 ミュリナがホテルを出てレイスエリアの観光に出かけた頃、時を同じくしてここレイスエリアの街を歩いている青年がいた。

 名前は桜湊さくらみなと

 この世界に来る前は日本の高校生であった。

 彼はいわゆるクラスの中心人物で、容姿性格ともに良く、誰に対してもフレンドリーに接するコミュ力を持っている。

 なにより、彼は人一倍正義感の強い男であった。


 そんな彼は学校の郊外学習にて登山中、事故に遭い崖から滑落してしまった。

 そして――、


 気付くとそこは魔法陣の真ん中だったのである。


 それから一年半。

 勇者として召喚させられた彼は、現在魔王を倒すための能力向上に努めている。

 最初は見ず知らずの人のためになぜ自分が、という戸惑いがあったものの、今では自分の役割に納得し人々のために戦っていこうと考えているのであった。


「ミナト、どうだ? レイスエリアも悪くないだろ?」


 彼の付き人であり、今では親友となったアルベルト・エイバルにそんな言葉をかけられて、ミナトは考え事やめる。


「ん? あ、ああ、そうだな」

「なんだよ、また考え事かよ?」

「どうしても元の世界が気になってな」

「やっぱり帰りたいか?」

「……いや、帰ってもできることがほとんどない。あっちは大変なことになっていたからな。こっちはこっちで魔王と戦うなんて大変だが、まだマシに見える」

「マシ、ね。歴史書をひっくり返せば魔王は相当な相手なんだが……お前も元居た世界はどうなってんだよまったく」


 なんてアルベルトは小さく笑う。


「それで、とりあえず俺たちは明日行われる舞踏会にお忍びで出ればいいんだな?」

「ああ。勇者はまだ非公開だからな。貴族たちでも知っている者はごくわずかだ」


 ミナトは現在鍛練の途中過程にあり、この期間での魔族による暗殺が最も警戒すべき事項となる。

 勇者はとして一人前になってしまえば、暗殺などさほど恐れずとも良いほどの強さを得られるが、今はまだそのときではない。


「一番の目的は顔を売ることか。あまり得意ではないな」

「おいおい、イケメンが何を言う。それにお前は人と話すのもうまいだろう? 一体何人の王宮メイドがお前に惚れちまったことか」

「それは……」

「とりあえず今回の目的は一にミナトの顔売り、二に同年代の貴族たちの名前と顔を覚える、三に勇者一行の候補生たちの為人ひととなりを知っておくだ」

「勇者一行か。一体どんな者たちなんだ?」

「いいとこのお坊ちゃんとお嬢ちゃんばっかりだが、最低限の実力はある。ただ実力だけで馬の合わない奴をパーティに入れても仕方ない。ミナトの気に入った奴を探しておいてくれ」

「わかった」


 なんて答えるミナトの目に、とある少女の姿が映った。

 黒い長髪に赤い瞳。

 これ自体は別にこちらの世界だと珍しくもないのだが、なぜだかその少女に限っては特殊な違和感があるのだった。

 ルンルン気分で歩く彼女は恐らくただの街娘なのに、目が素通りさせてくれない。


 ミナトは試しに【鑑定】のスキルを使ってみる。

 このスキルは転生した際に身に着いたのか、こちらに来た時には使えるようになっていた。


 ただ、彼はこのスキルが使えることはまだ誰にも話していない。

 なぜなら、過去の歴史書を見させてもらったところ、かつての勇者でこの能力を使えたという記載が一切なかったからだ。

 つまり、鑑定の力は自分だけのものであるか、あるいはかつての勇者も隠していた能力ということになる。

 ならば情報の開示に慎重になっておいた方がよいであろう。


「【鑑定】」


 アルベルトには聞こえない音量で静かに唱えると、ミナトは驚愕に目を見開いた。


 氏名:ミュリナ・ミハルド

 職業:勇者学園 学生

 年齢:十六歳

 性別:女

 種族:魔族


 魔族……!? だとっ!?

 おまけに勇者学園の生徒と記されている。

 だが彼女には角がない。

 一体どういうことなのか。


「なあアル、角のない魔族っているのか?」

「ん? ああ、いるぜ。人族との混血に角無し魔族がいることがある」

「その場合、その者は人族と呼ぶのか? それとも魔族と呼ぶのか?」

「うーん。難しい質問だな。どちらの種族の血が濃いかによると思うが、厳密にはわからん。どちらとも言えそうだな」


 いや、問題はそこじゃない。

 魔族が一体なぜ勇者学園に入学しているのかという点にある。

 普通に考えればスパイだ。


 勇者学園は勇者一行を選定する場となる。

 仮に勇者一行に選ばれずとも、多くの人族社会における重要人物とコネクションをつくることのできる場であり、スパイにとってはまさに宝の山のように映ることであろう。


 おまけに、誰も彼女を魔族だと証明できない。

 魔族と人族の差は唯一角の有無にある。


「ミナト、どうしたんだ?」


 アルベルトの言葉で我に返る。


「あっ、いや、なんでもない」

「……ははーん。なるほど、お前はああいうのが好みなのか」

「なっ! ちょっと待て! そうじゃない!」

「隠さなくてもいいぜ! たしかに別嬪だな。なんなら俺が声かけて来てやってもいいぞ?」

「やめろ!」


 思わず本気で止めに行った。

 彼女の方はそのまま行ってしまう。


「おいおい、そんな本気になんなくてもいいじゃないか」

「あ……、ああ、そうだな。すまない」

「ふーむ、らしくないな。まあ、外の世界は初めてだからな。無理もない。さっ、いくぞ」


 さっさと行ってしまうアルベルトを横目に、ミナトは彼女の後ろ姿を眺め続けるのだった。

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