第50話 指名依頼

 教室の机に突っ伏しながら、昨日レベルカさんから聞いた言葉が頭の中を幾度も反芻してしまう。

 タカネがかつての勇者である。

 でも現実的にそんなことってあるんだろうか。

 普通に考えたら寿命で死んでいるはずだし、その一方で彼女の強さは勇者と言われても違和感のないものであった。

 じゃあ本当に彼女は勇者なのだろうか。


 そんなことを考えているとレベルカさんが話しかけてくる。


「昨日の人の事?」

「え?」

「考え事してるんでしょう?」

「……うん。だって同姓同名なんですよね。しかもこの姓名はほとんどないって昨日言ってたじゃないですか」

「ええ。そうね」

「現実的にそんなことってあるんですか?」

「そんなこと――というのは七百年前の勇者が生きている可能性ってこと」


「あるわよ」


 後ろの席にいたメイリスさんが代わりに回答していく。


「ミュリナってそう言えば歴史は苦手だもんね」


 そうなのである。

 私はエルガさんに一般常識こそ教えてもらったが、人族や魔族の歴史はほとんど教えてもらえなかった。

 何度か教えて欲しいと頼んだこともあったのだが、


『私が教えてはおそらく歪んだ歴史を教えることになる。その目で真実を確かめなさい』


 なんて言っていた。

 歪んだ歴史とは一体何のことだったのだろうか。


「あぅぅ、そうなんですよ」

「勇者や魔王ってのは超人的な力を持っているおかげで寿命がなくなるのよ。勇者召喚と魔王降臨は百年に一度だから、大抵そのときに発生する大戦乱でどちらかは死ぬわ。相打ちとか勝敗をつけずに停戦ってケースはほとんどない」

「えっと、じゃあじゃあ、私が知らないだけで歴史上の勇者さんや魔王さんって世界にいっぱいいるんですか?」

「いえ、実際にはその後何らかの理由で死亡することが多いの。今存命しているのだと百年前の魔王クシャレルナと三百年前の勇者タイガかな」

「えっと、七百年前の勇者は……」

「タカネ・カンナヅキね。たしかもう亡くなっているはずよ」

「うーん……。私たち昨日、タカネ・カンナヅキを名乗っている方に会ったんですよね」

「さすがに別人でしょ。タカネ様ってたしか聖女のような御方で、人々にとっても慕われていたって歴史書で読んだわ」


 聖女……?

 汚い口調を使うタカネさんのことを思い返してしまう。

 うーん、やっぱ別人かも。


「なんにしてもあの人は警戒しておいた方がいいわ」

「そうですね」


 強さに限って言えば元勇者と言われて違和感のないレベルだ。

 それに、あの人はどういうわけか自分が魔族であることもすぐに見抜いたし、夢幻郷だのなんだののことも知っていた。

 なにか魔王の根幹に関わる情報を持っているのかもしれない。


「ミュリナさん、少々よろしくて?」


 タカネさんのことをあれやこれや考えているとニアさんが話しかけてくる。

 ちなみに、彼女はサイオンさんとの和解を受けて、最近家柄派閥を解体方向に向かわせている。

 そのため、家柄を気にすることもなく私たちとの絡みも増えているのだ。

 もちろんメイリスさんは未だに警戒気味の態度を取っているが。


「はい、なんですか」

「あなた、冒険者としても活動されているのでしょう? わたくしの指名依頼を受けて下さらない?」

「それはもちろん構いませんが、私でお役に立てそうですか?」

「はい。それはもちろん。あなたが得意とする内容かと思われます」

「そうなんですね。一体何をすればいいんでしょうか」

「私の彼女になって下さいな」


 一瞬、彼女が何を言っているのかわからず思考が止まってしまう。


「……は?」

「ですから、わたくしの彼女になって下さいな」

「「「ええええ!?」」」


 すかさずメイリスさんとレベルカさんが前へと出る。


「ニア、あんたついに本性を表したわね。ミュリナを手に入れるために堂々と公権を使ってくる気でしょ?」

「ニア様、先日の事変ではお世話になりましたが、それはそれ、これはこれです。ミュリナさんに迷惑がかかるようでしたら容赦しませんよ」


 二人とも敵意満々だ。


「お二人とも何か勘違いされておられますの。わたくしは別にミュリナさんを手元に置こうとしているわけではありませんことよ」

「じゃあ彼女って何よ!?」

「彼女というのはあくまで建前です。メイリスさん、あなたはレイスエリアの舞踏会をご存知でして?」

「もちろん知ってるわ。うちにも招待状が来てる」

「そちらへの付き添いが今回の依頼内容となりますの」

「だったらあんたんとこのを連れてけばいいでしょ。わざわざミュリナを引っ張らなくていいじゃない」


 すると、ニアさんがとある手紙を取り出してそれを私たちに見せてくる。

 内容は要約するとニアさんを舞踏会にて暗殺するという内容であった。


「これって……」

「殺害予告ですの。舞踏会は多くの貴族が集まる場でして、警備ももちろん厳重ですわ。そんな場所でわざわざ殺害すると申してきておりまして」

「それって……現実的にあり得るんでしょうか?」


 本気で殺害するつもりなら、わざわざこんな脅迫状を出さずにもっと警備の薄くなるタイミングを狙った方がいい。


「ええ。たちの悪い悪戯という可能性もございます。ただ、なんの対策もしないわけにもいきませんので」

「なるほど、それで私というわけですね。大規模な護衛を雇うのではなく冒険者ならば勝手がよいと」

「おっしゃる通りです。それにミュリナさんでしたらお互い気の知れた間柄ですし、強さも折り紙つきですわ」

「ちょっと待ってよ。なんでそれでミュリナなの? だったら普通に付き人でいいじゃない。やっぱりミュリナを囲い込みたいんでしょう?」

「それには……、『いろいろ』と理由がございます」


 ニアさんが含みを持たせてそう述べるとメイリスさんとレベルカさんは無言になり、その言葉の裏にあるものへと思考をやっている。

 貴族社会を知らない私にとって、ここらへんは読み解きが難解だ。


「それでミュリナさん、よろしいでしょうか?」

「え、ええ。わかりま――」

「あっ、そしたらあたしも立候補したいな。護衛に誰かつけたいと思ってたの」


 メイリスさんが割って入って来る。


「え゛!? えっと、ですが、ニアさんが先に――」

「そしたら僕もお願いしたいかな」


 どこからともなく現れたサイオンさんまでもが名乗り出てきた。


「あんたはレベルカがいんだからいいでしょうが」

「いやいや、むしろそのレベルカに護衛をつけたいんだよ。僕が平民の彼女と結婚すると公式に宣言したら、ちょっかいを出してくる輩が後を絶たなくてね」

「ちょっと皆さん、わたくしが最初に声をかけたのですよ?」

「関係ないわよ。ミュリナが決めるに決まってるじゃない」


 なんて言いながら三人が私に視線を向けてくる。

 この人たちは私を取り合うゲームでもしているのだろうか。

 貴族のお遊びで私を振り回すのはやめて頂きたい。


「あー……えっと、さすがに最初に言ってきたのでニアさんの依頼を受けようかと思います」

「ありがとうございますわっ!」

「ちっ」「けっ」


 選ばれなかったからって二人ともこわっ!


  *


 放課後、以前訪れた彼女の別宅へと案内される。


「それでは、まずは採寸をお願いできますか?」

「え? 採寸??」

「舞踏会ですもの。ドレスでいかなくてはなりませんわ。それとも、ご自身で用意がございますか?

「え、えっと私、そういうのは……」

「そうですか。けっこうな金額しますが、もしよければ当方で用意いたしますよ?」


 紙に書かれた額を見て、目が飛び出そうになった。


「お願いします!」


 しばらく細かに採寸をして、それが終わったら一息をつく。


「お手数をおかけして申し訳ございません」

「いえいえ、別に構いませんよ」

「当日はここから一緒に馬車でレイスエリアへと向かいますわ」

「あの、レイスエリアってところを良く知らないのですが……」

「ここから馬車で二日のところにある大きな街ですの。ご安心くださいな。ミュリナさんは舞踏会中わたくしを護衛して下されば、それで問題ございませんので」

「それだけですか?」


 そう問いかけると、ニアさんはやや目を伏せてしまう。


「……。はい。たとえどのようなことを言ってくる輩がいても、向こうから手を出して来ない限りは決して手を出さないで下さい」

「相手が暗殺者のような風貌でもですか? 一応殺害予告を受けているのですよね?」

「いえ、一目で暗殺者とわかる方でしたら問題ございませんわ。……恐らく、それ以上に厄介な方がやってこようかと思われます。ですが、そちらは実際に見てから判断下さいな」


 首を傾げながらとりあえずそれにだけ頷いておき、舞踏会の日を迎えることとなるのであった。

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