第49話 闇取引を行った者

 レベルカさんが幸せを体現したような表情で帰ってきたのをみて、私までもが嬉しくなってしまった。

 サイオンさんと話してくるとは聞いていたが、きっと、二人の想いは伝わったのであろう。


「レベルカさん」

「ミュリナさん。今回は迷惑をかけて、本当にごめんなさい。あなたには何から何まで助けられたわ」


 うん。

 今回は自分でもだいぶ頑張ったと思う。

 ここはビシッと決めておこう!


「構いませんよ。ゆ、勇者を目指す身として、当然でしゅ!」


 ……。

 噛んだ……。


 痛々しい沈黙が流れたあと、レベルカさんとメイリスさんに大笑いされ、顔を蒸気させてしまう。


「あんたってやっぱミュリナよね」

「ミュリナさんは本当に可愛いですね」

「あぅぅ、ば、馬鹿にしないで下さいよぉ〜」


 唇を尖らせながらぶーたれていると、今度はサイオンさんがやってきた。

 そこには、入学当初に見せてきたような不敵な笑みでも、レベルカさんが私と同棲するようなってから見せてきたような敵意もなく。

 おおよそ普段のサイオンさんとは思えないような顔をしていた。


「……サイオンさん?」


 彼は何も言わず、まずは頭を真っ直ぐに下ろしてくる。


「本当に申し訳なかった」

「え、えぇぇ? な、な、なん、ぁえ?」

「僕は君に対して勘違いばかりをしていた。それどころか、君にとって不快な行動を多く取っていた事と思う。本当に申し訳なかった」

「え、えっと、べ、別に全然いいですよ。というかあんまり私自身は悪いことをされたって自覚がないですし……」

「僕は、君を利用することばかりを考えていた。本当に恥ずべき行為だと思っている」


 一体どのあたりで利用しようとしていたんだろうか……。

 さっぱり思い当たる節がない。

 んが、それはたぶん私が貴族社会というものをわかっていないからであろう。

 そのため、「は、はぁ」なんて歯切れの悪い返しをしてしまう。


「それと、今回は君のおかげで本当に助かった。ありがとう」

「あっ、は、はい。二人とも、素直になれたみたいでよかったです。と、ところで、サイオンさん、家の方は本当にいいんですか?」

「ああ。使用人たちは全員本家に引き上げた。僕は寮で暮らそうと思う」

「いや、えっと……、レベルカさんはこのままでいいんでしょうか?」

「そうだな……。この場で宣言しておこう」


 そう述べて、サイオンさんはレベルカさんを抱き寄せて、その手を取る。


「僕は彼女と結婚することにした」

「……へ?」


 白昼堂々の、おまけに教室のど真ん中での宣言に、目が点になってしまう。


「えええええ!?」


 結婚!?

 そこは普通にお付き合いじゃないの!?

 段階踏まないでいきなりそうなっちゃうの!?


 突然の宣言に圧倒されながらも、メイリスさんはさもそうありなんという顔をしていたため、普通なのかもしれない。

 やはり貴族社会とはわからないものだ。


「君の言う通り、本当は彼女と同棲したいところだが、さすがに学生の身分でそれをやるのは問題がいろいろとあってね。もしよければ、レベルカは君のところにいさせてもらえないか?」

「え、ええ。それ自体は全く問題ありませんけど、レ、レベルカさんもそれでいいんですか?」

「ミュリナさんがいいなら、ぜひそうさせて欲しいわ。あなたとは一線を越えそうになった間柄だし」


 なんて顔を赤らめながら言ってきた。


「「一線を!?」」

「ちょおおお! レベルカさん! 言い方!」

「ミュリナさん、先ほど感謝しているとは言ったが、一体どういうことだか説明してくれるかい?」


 サイオンさんが笑顔で迫って来る。

 顔が近い。


「ちょっとミュリナ! あんた何したの!?」

「私はなにもしてないですよぉ~」

「ミュリナさん、すごかったもんね。激しく乱れちゃって、おっきい声を上げちゃって」

「変なことを言わないで下さいぃぃぃ!!」


  *


 サイオンさんたちの誤解を解くために散々苦労し、私とレベルカさんはようやく岐路につく。


「もぅ、やめてくださいよ」

「ごめんごめん。ミュリナさんがあんまりにも可愛かったから。でも、私はいつでも構わないわよ?」

「サイオンさんと幸せになったんじゃなかったんですか?」

「それはそれ、これはこれよ。友達同士のスキンシップなんてよくあることじゃない」

「スキンシップをだいぶ超えていると思うんですが……」

「いいじゃない。私、ミュリナさんには友達以上の感情を抱いているわよ?」


 なんて言いながら、手を繋いできた。

 うーん。

 この人はやっぱり同じ屋根の下にいちゃいけない気がする……。


 曲がり角を曲がってもうすぐ新たにもらい受けた家につくというとき、違和感に気付いた。

 人通りが全くない。

 それにこの感覚、ミストカーナ事変で味わったのと同じだ。

 でも、あの事変でこれをやったのは――


「レベルカさん!?」

「私じゃないわ! これ、誰か別の人がやっている!」


 周囲へ警戒を飛ばすも、何も発見することができない。

 なのに――、

 私が気付いたときには、その人物はすでにレベルカさんの背後に立っていた。


「なるほどな。タネが割れれば簡単だが、面白れぇスキルだな」


 その言葉と共に、レベルカさんの腕を取って彼女を拘束してしまう。


「ぐぁ!」

「なっ! タカネさん!? 何をするんですか!」


 そこには、私じゃ勝てないと感じるほどの強さを持ち、おまけに私の唇を奪っていったタカネさんが立っているのであった。


「二、三、聞きてぇことがあって来たんだが」

「聞きたいこと? じゃあなんでレベルカさんを拘束するんですか! 彼女を放してください!」

「それはてめぇの回答次第だ。心して答えろ。まず初めに、こいつはなんだ? どう見ても人間じゃねぇじゃねぇか」


 人間じゃない? どういうこと?


「レベルカさんは人間です。何を言っているんですか?」

「こいつぁ人魔だ。人間じゃねぇよ。……ただ、人魔にしちゃあだいぶ変わってる。普通に喋れるし理性を保ってもいる。あーしが知る限りそんな人魔はいた試しがねぇ」

「レベルカさんは人魔じゃありません。私が魔適合物を摘出しています」

「摘出? 摘出ってどういうことだ? どうやってんなことやった?」

「言葉のままです。腹部を切開して、そこにあった魔適合物を切除して取り出しただけです。いい加減レベルカさんを放してください!」


 私が手をかけると、タカネさんはあっさりと彼女を放してくれた。

 そのまま顎に手を当てながら何やら考え込んでしまう。


「あり得るのか……? いや、じゃあなんであーしの目には人魔に見える。そもそも、融着変異しねぇのはなんでだ」


 ブツブツと独り言を呟く彼女から距離を取る。


「待て、まだ用は済んでねぇ。摘出したもんはその後どうなったんだ?」

「……化け物に変異して、私が討伐しました」

「化け物……ねぇ。おい、そっちの――レベルカとか言ったか? てめぇに質問だ」

「答えなきゃいけないんですか?」


 レベルカさんが敵意を持ってタカネさんを睨みつけると、タカネさんが瞬き一つで彼女の首筋に剣をあてがってくるのだった。


「別に答えなくてもいい。てめぇの首が飛ぶだけだ」

「タカネさん! やめて下さい! ちゃんと答えますから! レベルカさん、普通に答えて下さい」


 たぶん脅しであろうが、この人は刺激しちゃいけないタイプの人間だ。


「てめぇはその魔適合物をどこで手に入れた?」

「……とある、闇取引をよく行っている酒場でたまたま話しかけられて、その人から購入したものよ。説明を受けたときは眉唾だと思ったけど、安かったし、念のためと思って試してみたの」

「どうやって試した? 魔適合物は普通移植手術が必要なもんだ。まさか自分でやったわけじゃねぇだろ?」

「私が受け取ったのはそういうのじゃなかったわ。真っ赤な丸い球のようなものよ。親指サイズでそれを丸飲みにしろって言われて、実際にそうしてみたわ」

「……。ふーむ。厄介だな。で? てめぇは今魔法が使えんのか?」

「魔法? 私には元々魔法適性がないわ」

「試してみろ。【ファイヤーランス】って唱えるだけだ」


 レベルカさんは眉を寄せながら、物は試しに唱えてみる。


「【ファイヤーランス】」


 すると、私がエルガさんに最初習った時と同様、彼女の手から火花が噴き出した。

 レベルカさんはそれに驚いてしまい、自分の手が何か得体のしれないものであるかのように見ている。


「わ、わ、わ! な、なにこれ!? なんで!」

「やっぱりな。どういうわけかよくわかんねぇが、てめぇは成功例になっちまったってわけだな」

「タカネさん、どういうことですか?」

「魔法適性は先天的に決まるもんだ。どんだけ訓練したって才能のないやつに魔法は扱えねぇ。だが、それだと困る奴らがいたんだ。そんで科学の力で用意されたのが魔適合物だ」

「カ、カガク?」

「しっかし不思議だな。普通は理性を失って姿かたちも魔物になるはずなんだが、なんでてめぇはそのままの状態でいられる」


 タカネさんが動揺を続けるレベルカさんを訝しげに眺め続ける。


「んまあ、何にしても魔適合物を渡した奴を追うのが先だな。おい、そいつぁの外見的特徴はどんなだ?」

「……フードを被っていて顔はわからないわ。背格好は私と同じくらい。……そういえば、青い腕輪をつけてたわ」

「腕輪……か。ほかには?」


 もうなにもないと手を降って見せる。


「わーった。聞きてぇことはそれだけだ。じゃあな」

「あ、ちょっと!」


 こっちからも聞きたいことがあったのに、タカネさんはそのまま行ってしまった。


「あの人……誰なの?」

「私もよくわかってないんですが、以前迷宮探索で出会ったときに殺されかけて、最近はあんな風にふらっと現れて質問攻めにされることがあります。本名はタカネ・カンナヅキです」

「タカネ・カンナヅキですって!?」

「え? 知り合いですか?」

「知ってるも何も、歴史的人物の名よ!」

「歴史的……?」


 わけがわからないと首を傾げると、レベルカさんが両肩を持って目線を合わせてくる。


「いい、ミュリナさん。タカネ・カンナヅキというのは七百年前の勇者の名前よ」

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