第38話 同棲生活
屋敷の隠し通路を使って、レベルカはミュリナが寝かされている部屋へと移動する。
隠し扉のドアスコープで部屋に誰もいないのを確認して、そのままするりと中へ入り込んでいった。
眠り続ける彼女をおぶさって、窓の方へと向かっていく。
二階ではあるが、このくらいの高さであればミュリナを連れていたとしても彼女は難なく降りることができる。
窓を開いて、そこに足をかけたところで部屋の扉が開いた。
サイオンが状況を確認するや、すぐさま深刻な表情となる。
「レベルカ……!? 何をやっている!」
このとき、レベルカは自身の心に強く誓った。
この道は、もう後戻りできない。
でも、それでも自分の愛する御方のために、自分は命をかけたい、と。
「サイオン様、まだお気づきではないのですか? 私はとおにミュリナ・ミハルドに落とされていたのですよ?」
「そんな……馬鹿な!」
「あなたは二重スパイの私にいつまでも踊らされていたみたいですね。さようなら、サイオン様」
「待て! レベルカ! 待つんだ!」
彼の伸ばす手が届くこともなく、レベルカはそのまま階下へと飛び去ってしまうのだった。
*
心地よいまどろみの中でほどの良い暖かさと揺れと柔らかさを感じながら、私は目が覚めた。
あれ……、私なんでおんぶされてるんだろう。
おんぶなんて、体が女として成長し始めてからはエルガさんもビザールさんもしてくれなくなった。
かつての心地よさを思い返しながら、徐々に意識が覚醒していくことで冷静さが舞い戻って来る。
「え、あっ、ええ!?」
私はどうやらレベルカさんにおぶされていたようだ。
大急ぎで彼女の背から降りて、いたたまれない思いを顔に表す。
「ごご、ごめんなさいっ! 私、えっとあれ? ど、どうしちゃったんでしたっけ?!」
「二人で今度の団体戦の作戦会議をした後、ミュリナさん、部屋で寝ちゃってたみたいで、寮まで連れていこうとしていたの」
「あ、そそそ、そうだったんですね。ご、ごめんさい、迷惑かけて」
「いいわ。その……ちょっと、私もいろいろあったから……」
いろいろ?
何の話だろう。
「いろいろ、ですか?」
「ええ……。ミュリナさん、今日よかったらあなたの部屋に泊めてもらえないかしら?」
「え゛!? べ、別に構わないですけど、なんでですか?」
「サイオン様と喧嘩してしまって……。私、いろいろ間違えちゃったの。今はあの家に帰るのが気まずくて」
なんて言いながら、レベルカさんは今にも泣きそうな表情を浮かべてしまう。
推測となるが、サイオンさんに対する想いを意図しない形で露見させてしまい何かがあったとか?
いずれにしても、傷つく彼女を匿うのになんの躊躇いがあろうか。
「そうなんですね。もちろん構いませんよ。ただ、私の部屋にはレベルカさんからするとちょっと変わった同居人がいるんですが、構いませんか?」
「変わった同居人?」
「魔族の女の子がいるんです。私の方で保護していて」
魔族という言葉に一瞬レベルカさんは嫌悪感を示すも、すぐにそれを受け入れてくれた。
「問題ないわ。最初は話しづらいかもしれないけど、慣れるつもり」
「わかりました。では行きましょうか」
寮に到着し部屋に入ると、エルナがいつも通り出迎えてくれる。
が、彼女も彼女でレベルカさんの姿を確認するや、警戒気味な態度を取っていた。
「エルナー、ただいま。ええっと、まずは、彼女はレベルカさんって言うんだけど、ちょっと訳ありでしばらくうちに泊めようと思っているんだけど、その……いいかな?」
エルナはレベルカさんのことをじっとりと見つめるも、やがてその視線をこちらに戻してくる。
「ミュリナがいいならいいよ」
「そっか! ありがとう。えっと、そしたら、自己紹介してもらえる?」
「……エルナ・ミハルド。よろしく」
「レベルカ・ヒルカンよ。こちらこそよろしく」
「そしたら空いてる部屋を使ってくれる? 服は――」
どうしよう。
私もエルナもほとんど持ってない。
「大丈夫よ。いざという時のために服やお金の備えがあるの」
そんな備えがあるんだ。
やっぱり貴族に仕える人っていうのは非常時の備えをしているものなんだなぁ。
「ミュリナ。この人とミュリナはどういう関係? ミュリナの彼氏?」
「え?」「は?」
二人して同時に疑念の声を上げてしまう。
「いやいや、そういうんじゃなくて、ただの友達だよ」
「今は友達なのね。じゃあ将来の彼氏?」
「あ、あのねエルナ。そうじゃなくて――」
「待って、ミュリナが彼氏ってこと? ミュリナは絶対ヒロインだと思ってたけど、そういうパターンもあるのか」
「いや、ないから。なんでそういう話になるの?」
「だって同棲しちゃうくらいこの人のこと好きなんでしょ?」
「う……、ま、まあ、レベルカさんのことは大切だけど、彼氏彼女ってのとはちょっと違うって」
「ちなみにあたしは彼氏枠狙ってるから」
「ええ!?」
「あ、間違った。旦那枠だった」
意味の分からないエルナの発言に困惑していると、レベルカさんが目を気まずそうにしてくる。
「ミュ、ミュリナさん。やっぱりあなた同性愛者だったのね。お邪魔だったら別のところを探すけど」
「ちょっと待って! 勘違いしないで下さい!!!」
激しい剣幕でツッコんで、とりあえずは誤解を解いておく。
「しかし不思議ね。魔族とこうして普通に話すなんて」
私もいちおう魔族なんだけどね。
「サイオンさんのところにはあまりいないんですか?」
「サイオン様は立場の弱い者を虐げることを酷く嫌われる御方よ。レイミル家に魔族奴隷は一人もいないわ」
「そうなんですね」
「よし。そしたら、とりあえず、家計と家事全般くらいには貢献するつもりよ」
それは助かる。
ただでさえ私たちのお財布事情は苦しいのだ。
稼ぎ手が増えてくれればその分生活も多少はマシになるであろう。
家事の領分に入り込んでくるとのことでエルナが警戒心を高めていたが、後で台所を覗いたら普通に仲良くやっていたので問題なさそうだった。
はぁ……。
しかし、明日サイオンさんにどんな顔で会えばいいんだろうなぁ。
そんな悩みを胸に抱きながら、この日は休むことにするのだった。
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