第36話 揺れ動く魔の手
レベルカさんと二人してメンバーを探してみたのだが、結局私たちは三人目のメンバーを見つけることができなかった。
「二人で受ける? 勝てたらボーナス入るし」
「ボーナス……? なんてありましたっけ?」
「勝てる前提だけど、団体戦を二人で挑戦して勝利したらボーナス点が入るの。作戦を綿密に立てれば勝てなくはないと思う」
「そ、そしたら、一旦それで考えてみましょうか」
「わかったわ。えっと、そしたら――」
とレベルカさんは言い淀んだ後、顔を赤らめながら、
「うち、来る?」
なんて言ってきた。
「レ、レベッカさんの家?」
「うちって言うか、サイオン様の別宅の一室だけど。学園だと誰に聞かれるかわからないし、作戦はバレたくないから……」
「あっ、そっか。って、え? ちょっと待って下さい。レベルカさんってサイオンさんと同棲されているんですか!?」
「べ、別にそういう関係じゃないのよ! そうじゃなくて、使用人っていうか。他にも使用人はいっぱいいて、その内の一人っていうか」
「そ、そうなんですか」
びっくりした。
年頃の男女が一つ屋根の下なんて、間違いが起こらないとも限らない。
「じゃ、じゃあ行こっか」
「はい」
そのまま彼女に連れられてサイオン・レイミル家の別宅へとやって来る。
ニアさんのところと比べると少し小さめの家だが、それでも私からすれば十分立派な家だ。
これで別宅というのだから実家はさぞすごい屋敷なのであろう。
「えっと、そしたらまずはルールの確認からだね。知ってると思うけど団体戦は自陣の石碑を守りながら相手陣の石碑を壊すという競技ね。チームを攻め手と守り手に分ける必要があるんだけど、ミュリナさんはどっちをやりたい?」
「私はどちらでもできると思います」
「そしたら守り手をやってもらえる? 実は、私はあまり守備が得意じゃなくて。どちらかというと身を隠して相手を闇討ちする技術に特化しているの」
「闇討ち技術!? ですか?」
「ええ。分身術なんかも使えたりするわよ。【影身分体】」
スキルの詠唱をすると、なんとレベルカさんが二人現れた。
「ほへぇ……」
「とまあ、こんな感じなの。守備よりも攻撃に使いやすいと思うわ」
「わかりました。そしたら私が守備を担当します。作戦は――」
二人して、今回のフィールドとなる場所の簡易の地図を書きながら、相手がやってきそうなことやこちらが仕掛けられそうな戦術を組み立てていく。
あらかたその議論が終わって一息ついたところで、レベルカさんは紅茶とお菓子を出してくれるのだった。
「あ、ありがとうございます。お気遣い頂いて」
「構わないわ。サイオン様から頂いたものだし」
「サイオンさんとはその後どうですか? うまく行っています?」
「べ、べつに普通です。む、むしろ、あなたのせいで何回も告白することになったというか……」
後半はボソボソとなにやら言っているがよく聞き取れない。
「え? なんですか?」
「なんでもない!」
「ふふ。そうですか。レベルカさんはサイオンさんのどこが好きになったんですか?」
「なっ!? べ、別に好きってわけじゃないわ! 私はサイオン様の隣に入れればそれでいいってだけで――」
と必死に言い訳をしだしたのだが、私がニヤニヤしているのを見てレベルカさんは諦める。
「はぁ……。そんなにわかりやすかった?」
「ええ。だってべったりじゃないですか」
「そうね。どこがって……全部よ。サイオン様は私を地獄から救い出してくれた王子様なの」
「王子様?」
意外だ。
てっきり答えてくれないかと思ったら、彼女はすんなり自分のことを語ってくれた。
「私ね、昔は孤児だったの。食べ物がなくて、家もなくて、家族もなくて。何度も死にかけた。お腹が空いて、辛くて、苦しくて、もう死ぬってときに彼が私を救い出してくれたの」
私と似ている。
「本当に王子様みたいに見えたわ。誰か、私をこの地獄から救い出してって何度も願ったもの。彼はそんな中で現れた――さながら、白馬にまたがる王子様ってところね。一目で惚れちゃったわ。だって、才能も財力も容姿も全部持っている御方よ。不敬かもしれないけど、ずっとあの人の御傍にいたいって思うようになった」
「そうだったんですね」
「今ではこうしてレイミル家の使用人。彼の右腕になるために、何でもやったわ」
「この家、使用人の方が多かったですね。それってもしかして――」
「全員似た者同士よ。サイオン様は平民にとても慈悲深いの。レイミル家の領地って税率が一番低くて、それでいて生産性も幸福度もすごく高い。全部サイオン様の手腕によるものよ」
あの人、やっぱりすごい人だったんだ。
「ミュリナさん、サイオン様のこと、あんまりよくは思っていないでしょう?」
「え゛!? な、なんでですか?」
「だって、サイオン様は時として手段を選ばないもの。あなたから見れば、非情に思えるかもしれないわ」
あんまり思い当たる節がないんですが……。
「私、サイオンさんのことを悪い人だなんて思ってませんよ」
「そうなの?」
「悪いことをされた覚えがないですし、むしろ積極的に話しかけられて、たまーに困っちゃうこともあるんですが、それでもありがたく思っています」
そうですか……、とレベルカさんは何やら熟考してしまう。
だが、やがて居住まいを正して、いつになく真面目な表情をこちらに向けてくる。
「ミュリナさん、私たちの派閥に入らない?」
「……え?」
「サイオン様は貴族位の廃止を掲げている。教育を普及させて、民主主義による統治を進めるべきだと主張してるわ。そのために今はとにかく力が必要なの。お願い力を貸して」
「えっと……それ、は……」
上手く答えが出せず、声にならない声が漏れ出て、回答に苦心してしまう。
その心意気や思想自体は素晴らしいことだと思うが、私のやりたいことかと問われると疑問がある。
そんな私を見て、レベルカさんは優しい笑顔を浮かべてきた。
「答えを急がなくてもいいわ。お茶、足してくるわね」
彼女は部屋を出ていき、一人の時間をつくってくれる。
私では彼女の言っていたことが良いことなのか悪いことなのかが私には判断できない。
けど、国のことを憂いて行動しているという点では賞賛すべきだ。
少なくとも言えることは、メイリスさんもグレドさんもニアさんも、そしてサイオンさんも自分の考えをしっかり持ってそのために行動を起こしている。
じゃあ、私のやりたいことってなんなんだろう。
かつての私やエルナのような悲しい人がいない世界になって欲しい。
世界がエルガさんのように優しい人で溢れていて欲しい。
そのために私ができることってなに……?
思考に没頭していると、レベルカさんがお茶を持って帰って来た。
「それで、答えは……出た?」
「まだでてないですけど……。ごめんなさい。今はまだサイオンさんの派閥には入れないです。自分の考えをちゃんと持ててなくて、それをしっかりと決めてからの方がいいと思うんです。進む道が同じだと思えたら、必ず私から声をかけるから、それまで待っていてほしい」
「……そう。わかったわ。ごめんね、変な事聞いちゃって。もう作戦はだいたい決まったし、じゃあ、今日の要件はこれで終わりかな。お茶、飲んでいって。せっかく暖かいのを入れたから」
「私こそ、色の良い返事ができなくてごめんなさい」
「いいのよ、私からぶしつけなことを言ったわけだし」
彼女から勧められたお茶を口にする。
「今日はありがとう、レベルカさん。団体戦、頑張りましょうねっ」
「ええ、こちらこそ」
そう述べて立ち上がった瞬間、視界が歪んで倒れそうになったところをレベルカさんに支えられた。
「あ、れ……?」
身体が思ったように動かない。
それどころか、私が倒れているというのに、レベルカさんは無表情のまま、さもその結果が当然だという顔をしていた。
「どう、なって。レベ、ルカ、さん?」
意識が混濁し、抗い様のない眠気が襲って来る。
必死にそれへと抵抗したのだが、私の身体はやがて眠りへついてしまうのだった。
そんな中、私はレベルカさんの「ごめんなさい」という声を聞いたような気がした。
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