第26話 秘密の相談部屋
いつもの個室へ入り込んだサイオンは、椅子へと静かに座り今日起こったことの考察を始める。
サイオンは同世代の中でも非常に高い知略を持つため、大抵のことは思考などせずとも直感でだいたい判断できてきた。
にもかかわらず、そのサイオンですら真剣な表情を浮かべているため、横に控えるレベルカは不安気な想いを抱いてしまうのだった。
やがて、サイオンは自分の思考を整理するかの如く言葉を発していく。
「体力測定は足切りの足切り。この測定は相対評価ではなく絶対評価であるため、他者を蹴落とさずとも、自身が一定の水準をクリアしていれば問題を生じない。おまけに内申点には影響しないため、体力測定で策謀を仕掛けても効果が薄い」
「はい。現に名だたる同期たちも今回は普通に測定を受ける者ばかりです」
「だが、そんな中で最下位を二回取ってからの、歴史的にも獲得不可能と言われていたフラッグの獲得。どう見ても目立つ行動だ。意味が分からない」
前回の実習において、ミュリナ・ミハルドは自身の内申点が低くなるように偽装していた。
この行為は、まず間違いなく、内申点競争における皆の目算を誤らせるためであろう。
ならば、今回もなりを潜めておいた方がよいはず。
「そういえば、一つ気掛かりなことがあるんだが、ミュリナさんは途中でメイリスと衣類を交換していたな。あれは普通の事なのか?」
「いえ、あまりないかと思います」
「その……念のため確認しておきたいんだが、女性というのはパンツを見られるのは嫌なのではないのか?」
「普通は……いえ、絶対に嫌だと思います。……が、メイリス・リベルティアがあそこまで堂々と脱いでいたので、そういうものなのかと疑心暗鬼になっていました」
「ふむ……。だとするとやはり理解できない。なぜあんなところで彼女らは服を脱いで、おまけにパンツを見せたのか……」
「パンツを見せることで何かの隠語や暗喩等のメッセージがあったと考えるべきでしょうか?」
「あるいは誰かに向けた何らかの警告か」
二人して思案を巡らせるもこれだという結論にたどり着かない。
「わからないな。下着の隠語など考えたこともない。今度専属部隊に調査を依頼しておくべきか。……よし、視点を変えよう。一般的にパンツに関連する情報は何かないか? 例えば、流行の物とか」
「そういえば、メイリス・リベルティアが履いていたものはクシャール製のパンツです。貴族女性の間で流行っております」
「クシャール……たしか、女性衣類のブランドだな。詳しいのか?」
「それはもう。クシャール製のものはただの絹でできているわけではなく、ハイベルドの毛を編み込んだ特殊な布地でできておりまして、吸湿性、弾力性、伸縮性、耐久性に富み、何よりデザインが非常に可愛くレパートリーも多いです。わたくしめも多数手持ちがありまして、万が一にもお慕いしている方からのお誘いがあったときのためにと毎日着用を――」
途端にレベルカは口をつぐむ。
「ん゛ん゛ん! ととと、とにかく! とても良い品なのです」
「そ、そうか。ずいぶん詳しいんだな。ところで、また変なことを聞くようだが、女性というのは同性の下着を見つめるものなのか? 少なくとも、男性同士ではあまりしない」
「い、いえ、そんなことはありませんが」
「だとすると、あの時のミュリナさんの行動は不自然だ。ずいぶんと熱心に彼女のを眺めていた。やはり下着になにかメッセージがあったと考えるべきか……」
「ですが、そうなると最初の命題に戻ります」
八方塞がりなっていく状況へサイオンは苛立ちを募らせる。
「くっ! ミュリナさん、やるな。一体どんな情報戦が行われているのか全く読めない。だが、あの直後彼女の動きは鬼神のごときものへと変わった。何かしらの隠されたやり取りがあったと見るべきであろう」
「その……、的外れとなるかもしれないのですが、よろしいでしょうか」
「言ってみろ。今は何でもいいから情報が欲しい」
「はい。あの、もっと思考を単純に考えると、男性が女性の下着を見つめるときというのは、単純な下心からです。彼女もそれだったという可能性は……?」
その瞬間、サイオンに雷が落ちた、と錯覚するほどに彼は目を見開く。
「そう、か……。そうか、なるほど! 確かにミュリナさんだからと難しく考えていたが、単純な下心というのは納得できる話だ。とすると、ミュリナさんは同性愛者ということか! そして、隠されたメッセージはちゃんと体力測定を行えば、後でその類のご褒美を出すというもの! ミュリナさんはそれまで明らかにやる気のない様子だった。それがメイリスのを見た途端に態度を豹変させている」
「よくは聞き取れなかったのですが、そういえば競技の途中で『男性がいなくなって女性だけになればいい』みたいなことをミュリナ・ミハルドが言っていました」
サイオンの顔がこれだというものへと変わっていく。
「確定だな。ミュリナさん、そういうことだったのか」
「メイリス・リベルティアはそれを武器にミュリナ・ミハルドを縛っているということでしょうか」
「あいつならば十二分に考えられる。あいつは相手に合わせて様々な仮面を使い分ける魔女だからな。恋は冷静さを失わせる。いかに狡猾なミュリナ・ミハルドと言えど、メイリスの方がやはり一枚上手というわけだ」
ようやく結論にたどり着き、サイオンは安堵の息をつく。
「よし、あとは対策だな。レベルカ、お前がミュリナさんを落とせ」
その瞬間、空気が凍る。
「……へ?」
「僕がいくらアプローチしても見向きもしなかったのが理解できたよ。男性に興味がないからだ」
「え? わたくしが? ええ?!」
「そう言えば、この前ミュリナさんと二人で話していたな。脈ありなんじゃないか?」
「いいい、いえ、そそ、そんなことは」
「そんなに動揺するな。……いや、待てよ」
とサイオンは思考を回転させる。
「そうか、すまない。そうだったな」
「ええっと、な、何がでしょうか?」
「レベルカには異性――いや、今回は同性だが――の落とし方は教えてこなかったな。だが、貴族社会ではこれくらい朝飯前でこなせないとダメだぞ」
「あ、ぅ、そそ、そうかもしれないですが――」
「よし、僕で練習してみろ」
「えええ!!?」
レベルカは大声を上げてしまう。
「僕をミュリナさんだと思って告白してみるんだ。こういうのは何事も場数だ。やればやるほど上達できる」
「サササ、サイオン様を、ミュリナ・ミハルドだと思って、ここここ、告白するんですか!?」
「そうだ! この際僕だと思うな。目の前にミュリナさんがいると思え。さあ早く!」
「あ、あぅ、そ、それは……」
長居と思える時間を逡巡したのち、レベルカは覚悟を決める。
「……サイオン、様――じゃなくて、ミュリナ……さん。私、その……あ、あなた様のこと、お、おおお、お慕いして、おります」
頬を桜色に染め、蚊の鳴くような震える声で述べていった。
「おお! 上手いじゃないかレベルカ! まるで本当に好きな相手に言っているかのようだったよ! もう一回!」
「ええ!!? もう一回やるんですか!?」
「何を言っているんだ、場数が大事だって言っただろう! 今日は百回くらい練習しておこう!」
「えええええ!!!?」
そのあと、レベルカの地獄の特訓は夜まで続くことになるのだった。
訓練が終わりに近づいたころ、サイオン派閥の者が部屋を訪ねて来る。
「サイオン様、ご相談したいことが」
「ああ、もうこんな時間か。よし、この辺りにしておこう。レベルカ、練習は欠かすなよ」
「は、はひぃ……」
しおれて萎むレベルカを横目に、サイオンは訪ねて来た者の方を向く。
「今朝はずいぶん思い悩まれていたようですが、何か問題が解決されたのですか?」
「ん? ああ、まあそうだな」
「それはよかったですね。お二人で一体何を相談されていたのですか?」
なんて聞くと、サイオンは答えたくないとばかりにレベルカの方へと視線をやる。
彼女は彼女で、えええ!? 私が答えるんですかぁ!? と小動物のような瞳を浮かべるも、レベルカがサイオンに逆らうことなどできようはずもなく、仕方はなしに答えるのだった。
「え、えっと、その……パンツと同性愛のことを話していました」
「…………は?」
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