第25話 体力測定

 今日は体力測定の日だ。

 普通の学園における体力測定は、どちらかというと非日常的かつ自分の実力を知る楽しい機会となるらしいのだが、勇者学園における体力測定は大変ピリついた空気となっている。

 なぜなら―――


「勇者一行に体力があることなんて前提中の前提よ。ここで最低限のボーダーをクリアできなかった者はいくら他で内申点を獲得していたとしても最終選考に残れないの」


 いつものようにメイリスさんが丁寧に説明をしてくれる。


「結構複雑な競技なんですね」

「ええ。ただ、体力測定はどうやっても私たち女が不利よ。魔法は使用禁止だし、勇者一行の選別は男女差別をしないからどちらも同じ土俵で戦わなきゃいけない」

「大丈夫です! 私、体力には結構自信があります!」


 なにせビーザルさんに鍛えられたのだ。

 魔法の補助がなくとも、一日中全力疾走したり大岩を片手で持ち上げるくらいのことはできる。


「それはいいけど……あなた、その恰好で受けるの?」

「え?」


 何か変だったかと思ったのだが、そこで気付いてしまった。

 超高性能を誇る自作の下半身衣類。

 だが、この衣服には一つだけ大きな弱点がある。


「ももももも、もしかして、体力測定ってみんなで受けるものですか……?」

「当たり前でしょ。そんなの」


 しまったぁぁぁぁ!!!


 大急ぎで着替えに行こうとするのだが、


「おし、みんな揃っているなぁ。体力測定始めるぞ。今から抜け出した者は記録なしになるから、気をつけろよ」


 なんて絶望的な一言を先生から放たれてしまった。


 あぁ……馬鹿、私。

 なんで今日もいつもの恰好で来ちゃったの。

 これじゃあ絶対見えちゃうじゃん……。


「まあ別に気にするようなことでもないわね。どうせみんな自分のことに必死だから見てる余裕なんてないだろうし」

「私が気にするんですよぉぉ」

「ただの下着でしょ? 勇者一行になれるか否かが関わってるんだから、裸でも気にしてられないわ」


 いやいや、絶対気になるから。

 裸でも体力測定やるって、メイリスさん馬鹿なんですか!?


「次! ミュリナ・ミハルド、早く位置につけ!」


 思考している間もなく私の短距離走の番がやってきてしまって、スタート位置につく。

 短距離走とは言っても、曲がりくねったルートや断崖絶壁が用意されているなど、どちらかというと障害物競走に近い。

 ここを全力疾走なんてしようものならスカートがどうなるか目に見えている。

 普段魔物と戦っているときは全く気にしないで戦えているが、いざクラスメイトたちが見ていると思うと、そちらにばかり意識がいってしまってまったく集中できなかった。


 結果は――


「あぅぅぅぅ。最下位でした……」

「あんたねぇ……。そんなにパンツ見られんの嫌なの?」

「嫌ですよぉ! メイリスさんはズボンだからいいじゃないですか!」

「……もしかして好きな男がいるとか?」

「いないです! 今はとにかく男性がいなくなって女性だけになればいいって思ってますっ!」


 次の競技は幅跳びや高跳びを兼ねた飛翔に関連するモリモリの競技だったが、こちらも最下位だった私を見かねたのであろう。

 メイリスさんがこんなことを言ってくる。


「はぁぁ……。まったくもう。ズボン貸したげるわ。代わりにあなたのスカート貸して」

「え゛!? いや、え? か、貸す? い、いいんですか? というかどこで着替えるんですか!?」

「ちょっとこっち来て」


 彼女につられて木陰の方へと入っていく。

 とは言っても、だいぶ薄めの木陰で全然隠しきれてはいなくて、周囲からは割と見通せるような場所だ。

 なのに、メイリスさんときたら何の頓着もせずズボンを引き下ろしていった。

 何人かはこちらに注目している気がするも、メイリスさんはそれを一切気にせず私へと脱いだズボンを放ってくる。

 対する私は、メイリスさんのズボンの下にあった絹製の綺麗な布地へと視線がいってしまった。


 ……あんな可愛いパンツあるんだ。


 ちょっと欲しいなと思ってしまう。


「早くしてよ。寒いんだけど」

「あ、え、えと、ごめんなさい」


 恥じらいながらも彼女と衣類の交換を行う。

 これは果たして普通のことなのだろうか……。

 世間常識に疎い私にとって、何が普通なのかがいまいちわからない。


「このスカート……なんかすごくない?」

「す、すみません、丈が短くて……」

「いやそうじゃなくて、付与されている機能がものすごいような気がするんだけど」

「い、いちおう自信作です。丈が短いのが玉にきずですが」

「ふーん……。そしたら、今度あたしに何か作って? それでこの貸はチャラにしてあげる」

「そんなことでいいんですか? わかりました」


 むしろメイリスさん相手ならば貸がなくとも何かつくってあげたいくらいだ。


「次は障害物競走よ。大丈夫そう?」

「はい! ズボンを得た私は百人力です!」

「むしろこのスカートの方が身体強化の効果があっていいと思うんだけど……。体力測定は魔法は使用禁止だけど、衣類の付与効果に限っては使用制限がないの。だから比較的財力のある人が有利に設計されているわ」


 お金の力で高性能な衣類を持つ方がいいというわけか。

 まあ私には関係のない話だ。


「いえいえ、このくらいサポートなしでもこなして見せますよっ!」

「障害物競走は体力測定でも一番難度が高いわよ」


 目の前にある巨大アスレチックに視線をやる。

 障害物競争というか、もはや完全に殺しにかかっている。

 ルート上には多数の罠や武装したスタッフが配置されていて、それを避けながら五階建てのアスレチックの頂上を目指すというものだ。


「頂上には一応フラッグがあって、フラッグを取れると記念メダルがもらえて学園長と話すことができるって伝統になっているわ」

「伝統……なんですか?」

「だって誰もとったことがないんだもの。かなーり昔に、フラッグを取れた人にはメダルを授与するって定めたものの、取れた人が一人もいなくて、そのまま伝統的にその決まりだけが残っちゃってるの。メダルが本当に用意されているのかも怪しいわ」

「そんなに難しいものなんでしょうか……」


 この手の訓練はビーザルさんが鬼のような形相でやってきたのを覚えている。

『一度でいいからミュリナを負かしてやりたいっ!!』とか言って、最後のあたりはどう考えても人間業ではクリアできないような訓練をさせられたものだ。

 それと比べれば、目の前にあるギミックはだいぶ可愛く見える。


「障害物競争は武器も魔法もなしにすべてを避けなきゃダメなのよ。攻撃は掠ってもいけないの。普通は途中で脱落しちゃうから、どこまで移動したかの距離で点数が決まる」


 なるほど。

 とにかく避けて進めばいいというわけか。

 万が一にもクリアしちゃったら目立つ行動となって、引いては魔王とバレてしまうかもしれないが、今回に限っては絶対にクリアできないのであれば問題ないであろう。


「では次、ミュリナ・ミハルド! 位置について……はじめ!」


 ほぼ全力疾走に近い速さでルートを走り抜ける。

 矢が飛び、落とし穴があって、妨害役から魔法や矢を射かけられるが、それを全て紙一重に躱していく。

 この程度の攻撃は魔法のサポートなんてなくたって余裕で回避できるものだ。


 私が一階部分を難なくクリアすると、生徒たちから歓声が上がった。

 同じ勇者一行を目指すライバルではあるものの、障害物競争のクリアには皆興味があるようだ。


 二階部分はやたらと罠が多く、床面積も少ないため避け方を毎回考えさせられる。

 が、私にとってこれは序の口。

 体捌きも妨害頻度も人の処理能力を超えないレベルだ。

 余裕をもってルートを進んでいくと、気付いたときには三階部へと到着していた。


 次の階では主に人間による妨害役がたくさん配置されていた。

 フェイントや不意打ちなど、人間ならでは知性を生かした攻撃を避けなければならない。

 武器はないがこちらが攻撃してはならないというルールではないため、体術のみで相手を確実に倒していくことでルートを進んでいく。


 三階をクリアしたところで、歓声が一際大きくなった。

 四階部をクリアすればゴールなためか、皆が私のことを応援してくれている。

 多くの人たちに応援されるというのは初めての経験であったため、少しだけ気分が昂ってしまった。

 けど――、


「はぁ…‥、これは骨が折れそうね」


 使役魔法で飼い慣らされた魔物であろうか。

 四階部全体を埋め尽くす巨大な四足獣がこちらをねっとりとねめつけていた。

 普段ならば倒して進めばいいが、素手で倒すのは無理であろう。

 では、倒さずにただ攻撃を避けるだけで先へ進めるかというと、それも難儀に見える。


 けど、応援に応えるためにも諦めるわけにはいかない。

 必死に地を蹴り空中機動ですり抜けられないかと試していく。

 だが、相手は巨体を生かした攻撃に加え、火のブレスまで吐いてくるのだ。


 頭の片隅にビーザルさんのイジワルな笑顔が浮かぶ。

 あの人が考えそうなレベルの悪魔的な配置だ。

 こんなの運を天に任せて突っ込むしか手立てがない。


 ……いや、わずかにある。


 魔物の攻撃は頭部からの火のブレス、四足の爪、それと尻尾。

 これ以外の部分は比較的安地となる。

 なら目指すは――、


 低姿勢のまま駆け抜けて、ヤツの腹下へと何とか潜り込む。

 当然奴は掻き出そうとしてくるが、それは狙い通りだ。

 ここから一気に腹下を抜けて行ってもいいのだが、相手だってそれを読んでいるはず。

 だから、私はヤツの頭部側へと抜けて行った。


 そのまま思いっきり飛び上がってアッパーをかまして脳を揺さぶる。

 誰だって頭部をいきなり不意打ちされれば隙は生まれる。

 そして、今回は相手を倒さずともよいのだ。


 すかさずゴールを目指して駆ける。

 私はもう既にゴール側へと抜けており、距離も空いているため、奴の打てる手立てはブレスのみ。


 間に合え。

 あと少し。


 ブレスが迫る。

 間に合え!


 瞬き一つ分の差であろう。

 五階部へと飛びあがったところで真下を炎が通り過ぎて行った。

 五階に着地したところで思わず体にかすり傷一つないかを確認してしまう。


 頭も腕も体も、そして、メイリスさんに借りたズボンも無傷のまま、私汗だくとなってフラッグのすぐそばにまで到着しており、気付いたときには大歓声に包まれているのであった。

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