第24話 頭脳戦

「ミュリナさん、おはよう」

「ひぅ! お、おはよう、ございます……」


 学園に登校すると、今日もサイオンさんが早速とばかりに話しかけてきた。

 私に話しかけることを日課にでもしているのであろうか。

 彼は事あるごとに私へと話しかけてくる。


 今日は同級生の女性を引き連れている。

 たしか名前は……レベルカさんだったはずだ。


「ミュリナさん、今度こそ一緒に食事をしようよ。僕としては、君と二人っきりがいいな」


 二人っきりという言葉に、後ろにいるレベルカさんが殺意の眼差しでこちらを睨みつけてくる。


 なんでそんな怖そうな目で見てくるの?

 私がサイオンさんといると都合が悪いのかな……?


 そう言えば、レベルカさんっていっつもサイオンさんの傍についていた。

 あっ、これって、もしかしてそういうこと?

 レベルカさん、サイオンさんのこと好きなのかな??


 ならば彼女を安心させてあげた方が良い。

 私はサイオンさんに対してそんな気なんて一切ない。


「あの、お、お誘いは嬉しいのですが、え、遠慮させていただきます」


 と断ったのだが、サイオンさんは私を壁ドンして逃すまいと迫って来る。

 プリンスと言われるだけあって、顔はとてもいい。


「そんな連れないこと言わないでさ、君と話せればそれでいいんだ。この前だって人見知りを治したいって言ってたじゃないか」

「そ、それは……そうなんですが……」


 レベルカさんの睨みが殺意を通り越して悪魔的にまでなっていた。

 むしろサイオンさんよりもこちらの方が怖そうだ。

 なので、どちらかと言わなくとも彼女への対処をすることにする。


「あ、あの、レ、レベルカさんと少しお話をさせてもらえないでしょうか?」

「レベルカと……?」


 わずかに目を見開くも、彼はすぐにそれを認めてくれた。


「レベルカ、頼んだぞ」


 彼女の肩に手を置いて、何か含みを持たせたようだ。

 サイオンさんはそのまま席に戻っていく。


「……なに?」

「あ、あの、えっと……ろ、廊下で話しませんか?」

「廊下で? 別に構わないけど」


 レベルカさんはサイオンさんと違って非常に冷たい声色だ。

 下手なことでも言おうものなら暗殺ナイフで刺し殺してやると言わん勢いである。

 もちろんレベルカさんがそんなものを持っているとは思えないが。


「あのレベルカさん。あなたってその……サイオンさんのこと、好きですよね?」

「なっ!!? べ、別にそんなことないわ! サイオン様には恩義があるというだけで、それ以上の感情なんて一切持ち合わせてない!!」


 どうやら図星のようだ。

 先ほどまでの暗殺者のような顔は、恋する乙女のものへと変わっていた。

 喋り方も言い訳染みていてすごく早口である。


「レベルカさん、私、決してサイオンさんのこと取ったりしませんよ」

「だ、だから私は別にそんなんじゃ――」

「先ほど、ものすごく私のことを睨んでました」


 そう述べると、何か大きな失態でも犯してしまったかのように顔をしかめてしまう。


「ふふっ、やっぱりそうなんですね。私からサイオンさんに言っちゃってもいいですよ?」


 なんてイジワルで言ってみたりする。

 もちろんそんなことをするつもりはない。


「ま、まって! ……やめて。お願い」


 まるでそれを言われたら自分のすべてが終わりを迎えてしまうといわん表情だったため、少しだけ反省してしまう。

 本気で恋をしているのであろう。


「大丈夫ですよ。言ったりしないので」

「……。交換条件ってことね。何が目的?」

「え? いえいえ、別にそんなつもりじゃないですって。私はただ、サイオンさんが無理に私へと話しかけているような気がして、そんなお気遣いはしないで欲しいと思っているだけです」

「気遣い……ね。わかったわ、伝えておく」


 よかった。

 この人、ただ純真な想いがあるだけですごくいい人だ。


「レベルカさん、私、あなたのこと応援してますので」

「……そう」


 そう述べて、彼女とは別れるのだった。


  *


 独り廊下に立ち尽くすレベルカは自分がこれからどのように身を振るべきかと思案する。

 ミュリナ・ミハルドが指摘した通り、レベルカはサイオンのことを単純な主とは見ていない。


 レベルカは元々孤児で何もない持っていない人物であった。

 それなのに、貴族であり才覚も容姿も財も全てを持ったサイオンがなぜだか彼女を拾ったのだ。

 そんな彼女にとってサイオンはさながら白馬にまたがる王子様のように映っていたのである。


 だがその気持ちは彼に拾われてからこの方、ずっと心の奥底に隠してきた感情だ。

 サイオンは能力を重視する人物であって、冷静さを失わせる恋心など無用な感情だと考えている。

 この気持ちを表に出そうものなら、おそらく自分はサイオンから捨てられるであろう。


「くそっ! ミュリナ・ミハルドっ! 最悪の手札を取られた!」


 サイオンの期待に応えるのであれば、彼女の言葉など無視して可能な限りミュリナ・ミハルドを取り込む方向で動いた方がよいのに、彼女の手にした情報が暴露されれば、心の奥底にしまってきた大切なものが失われてしまうことになる。


 ――つまり……、私はもう詰んでいる。


 それを自覚してしまうほどに、レベルカは自身が崇拝する主に貢献できないことへ強い嫌悪感を覚えるのだった。

 朝話しかけてから五分も立っていないというのに、これほどとは。


「やはり、サイオン様の目に狂いはなかった。あの女、相当頭が切れる」


 今後の対応に苦心するも、最良の手が思い浮かばない。

 今自分にできることと言えば、彼女の観察を続けて、決定的なスキを見つけるしかないであろう。


「くぅ。サイオン様……お役に立てず、誠に申し訳ございません。ですが、必ず彼女のスキを見つけてみせます」


 レベルカは唇を噛みしめながら教室へと帰っていくのだった。


  *


 昼休憩の時間に入り、サイオンとレベルカは二人して普段使用している個室へと入る。

 ここであれば盗み聞きされる心配はないため、細かな打ち合わせを行う時によく使っているのだ。


「それで? どういうことだ?」


 朝、レベルカとミュリナが二人で話したあと、サイオンが再度彼女へと話しかけようとしたため、レベルカはそれを制止した。

 今はその事情について説明を求められている。


「サ、サイオン様、彼女に性急な手を打つのは危険です。現状ではしばらく様子を見るべきかと思いまして」

「様子を見るべきねぇ。それじゃあ遅いよ。この前見ただろ。彼女は次々に僕たちをしのぐ策謀を張り巡らせてきている。常に先手で勝負をしないと勝てない」

「そ、そうではあるのですが……」

「そんなことを言うなんて、レベルカにしては珍しいな」


 サイオンがレベルカの頬に手を添えて彼女へと迫る。


「サ、サイオン様!? な、なにを?!」

「レベルカ、君は優秀だ。そんな君がミュリナさんに取り込まれるとは思えないが、相手はあの彼女だ。万が一ということもあり得る。彼女に何を吹き込まれた?」


 彼女との会話をどのように説明すべきか苦心してしまう。

 正直なことを言ってしまえば、それはもう自分の気持ちを彼に告白するも同然となってしまう。

 だが、その内容を回避しながら説明するわけにもいかないわけで。


「そ、その、それは……」


 なんて感じで言い淀んでしまう。


「ふっ、なるほどな。今の反応でだいたいわかった。さっそくミュリナさんに弱みを握られたってわけか。しかも、それを僕に説明できないということは、弱みを説明すること自体が僕たちにとって何か致命的な問題を引き起こすと。……さすがだなミュリナさん。もうここまでの手を打って来たか」

「あ、い、いえ、そういうわけでは――」

「安心しろレベルカ。僕が何とかする。しばらく彼女とは距離をとることにして情報を集めよう。何か弱みを握れるといいな」

「は、はい」


 幸いなことに、自分にとって一番都合のよい流れになりつつあるなと思いながらも、これも含めてミュリナ・ミハルドの筋書き通りに進んでしまっているのではと疑心暗鬼になってしまうレベルカなのであった。

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