第23話 智者の誤算

 集合場所に戻って来て、まずはメイリスさんとサイオンさんの姿を探す。

 幸いにも二人はすでに戻ってきているようで、状況の報告を行うことにした。


「ミュリナ! そっちはどうだった?」

「メイリスさん、見つけられましたよっ! 弟さん」


 二人とも安堵の笑みを浮かべてくれる。


「ホントっ!? よかったぁ。怪我は? 魔物に連れ去られてたんでしょう?」

「怪我もなく無事でしたよ。先ほど村に届けてきました」


 ホントは二人にも合わせたかったのだが、下手にイビルビーストの話をされては困る。

 この魔物の難度は知らないが、メグちゃんの反応を見るに、それなりの高さと考えるべきだ。

 万が一にも自分の身元を調べられるような行為は慎んだ方が良い。


「そっか……。ところでミュリナ、あなた実習の方は?」

「時間切れですのでパニッシャーの角を提出しておきます。念のためと思ってとっておいてよかったです。あっ、でもメイリスさんこそどうなんですか? もしなければ、この角を使って下さい」

「ううん、あたしは弟さんを探しているところで偶然セメルカーターに出くわして、それを狩ったわ」

「僕の方も同じだ。シオスレと遭遇してね」

「そ、そうなんですね。す、すみません、私の我儘に付き合わせてしまって……」


 構わないとばかりに二人とも手を振って来る。


 よし、後は隠し持っているイビルビーストの角をバレないように提出すればいいだけ。

 幸いなことに、この実習は誰が何を狩ったかが教師も含めて原則的わからないようになっている。

 もちろん内申点を出す段階ではわかるようになるのだが、過去に教師と結託して内申点を偽装する事件があったためこういった措置をとっているとのこと。

 それと推測になるが、情報収集能力も評価の内というわけなのであろう。


 私は敢えてパニッシャーの角を見えるように持ちながら、提出用のツボがある天幕に入っていく。

 このツボは特殊な魔道具となっていて、誰がどのアイテムを入れたかが紐づくようになっている。

 年末までこのツボは封印されて、内申点を計算する段階で中身が取り出されるらしい。


 こっそりと収納魔法からイビルビーストの角を取り出して提出する。


 よしっ!

 ガッツポーズをつくって、メイリスさんの元へと帰っていくのだった。


 *


 実習が終わった後、サイオン・レイミルはレーメル村を訪れ、今回よく働いてくれた二人の兄弟に小遣いを渡しに来ていた。


「サイオン様、こちらです」


 サイオンには彼の右腕となるレベルカ・ヒルカンという同年代の女性がいる。

 彼女は元平民の孤児で、死に際をサイオンに拾われ、今はレイミル家に仕える侍女となっていた。

 褐色肌に鍛え抜かれた体を持つ彼女は、実力を重視するサイオンから高い評価を得ており、黒い手段であっても一切の躊躇をせずに遂行する冷酷さも兼ね備えた人物であった。

 今はサイオン同様、勇者学園の生徒となっている。


「しかし、何も直接サイオン様が謝礼に行かれずとも」

「いやいや、これは重要な確認だよ。ミュリナさんは僕たち同期の中で最も脅威だ。ちゃんと彼女の情報を得ておかないと」

「そうでしょうか? あのような田舎娘、簡単に排除できようかと思いますが」

「甘く見ていると後で足元をすくわれるよ。それに、メイリスがどうも彼女を使いたいみたいなんだ。さすがにメイリスと正面切って喧嘩したくはないなぁ」


 目的の場所に到着して、兄弟と再び対面する。

 弟は前会った通りだったが、姉の方はどうもこの仕事に嫌気がさしたと見える。

 こちらへわずかに敵対的な視線を向けていた。

 ミュリナさんを騙すという嫌な配役だったから、当然と言えば当然だ。


「二人とも、今回はよく頑張ってくれた。おかげで目的は達成できたよ」

「……いいから、報酬を下さい。言われた通りにやりました」

「貴様! サイオン様への口の利き方がなってないぞ!」


 暗殺ナイフを取り出そうとするレベルカをサイオンが制止する。


「まあまあレベルカ、少し抑えてくれ。……ところで、ミュリナさんと一緒にいたとき、彼女はどんな感じだった?」

「……別に。優しくしてもらいました」

「他には? 魔物とは戦ったのかい?」

「そ、それは……。いえ、とくには。言われた通りに時間を稼いで、洞窟にまでそれとなく誘導しました」


 サイオンはじっくりと彼女のことを見つめ続ける。

 やがてその顔は優しく微笑むのだった。


「そうか、わかった。これが約束の報酬だ。レベルカ、行くぞ」

「え? ……は、はい」


 しばらく歩いて二人になったところで、レベルカが早速とばかりに口を開く。


「あの子どもたち、消さないのですか?」


 通常こういった仕事を任せたものは使い捨てにすることが多い。

 下手に生かしておくと、あとで情報が洩れて逆にこちらが窮地に立たされてしまうからだ。


「いや、何もしないでくれ。将来的に使えそうだ」

「わかりました」

「さっ、洞窟に行こう」

「え? な、なぜでしょうか?」

「ミュリナさんがどんな魔物を倒したのか、見ておきたいからさ」

「先ほどの平民は何も倒していないと言っておりました……。それにミュリナ・ミハルドが提出したのはパニッシャーの角です。それよりも難度の高い魔物と戦っているとは思えません」

「さあ、どうだろうね。僕は間違いなく何かを倒していると思うよ。メグちゃん? だっけ? あの子の顔がそう言っていた」




 洞窟に到着し、中に置かれていた死体を発見して、サイオンとレベルカは開いた口が塞がらなかった。


「まさかっ、まさかここまでとはっ……」

「イビル……ビースト……!? 馬鹿な! Sランクの魔物です!」

「まず間違いなく、彼女が討伐したんだろう」

「で、ですが、イビルビーストは、人では存在を知覚することができません。いくら強力な魔法が放てても、見つけることができなければ倒すことはできません!」


 必死に否定しようとする彼女の口をサイオンが人差し指で封じる。


「レベルカ、本件の核心はそこじゃない」

「そこじゃ……ない……?」

「誰もがミュリナさんはパニッシャーの角を提出したと思っている。が、実際は違う。この誤情報は今後の内申点競争に大きな影響を与えるよ。みな彼女は競争から脱落しかけていると思っているからね。そして何より、その仕掛け人が彼女自身だということだ」

「ミュリナ・ミハルドが?! で、ですが彼女は元奴隷で――」

「だってそうだろう。じゃなきゃこんな偶然起こらない。……いや、待てよ! ……そういうことか!」


 ある真実に気付き、サイオンはくつくつと笑い出す。


「サ、サイオン様?」

「ふふ、ははは、あっはっはっは! ミュリナさん、とんだ食わせ者じゃないか!」

「ど、どうされたのでしょうか?」

「僕がこの実習で仕掛けてくることも、彼女からすれば想定済みだったというわけさ! それで僕の策にハマったフリをしながら、実際に踊らされていたのは僕たちだったと」

「そんな、そんなのありえません! サイオン様の策が破られるなど、そのようなこと――」

「彼女はもともと、この実習で隠れてイビルビーストを狩るつもりだった。が、僕が子どもを使って妨害してきたから、あえてその策に乗ることでこちらの手にかかったように見せかけたんだ。僕たちがこの場を確認しに来たからよかったものの、そうでなければ僕も彼女は競争から一步後退していると思うところだったよ」


 そん、な……、とレベルカは息を呑む。


「メグちゃんたちもその情報を隠していた。つまり、ミュリナさんは短時間であの子たちの心もしっかりと掴んでいる。普段ビクビクしているのは、人付き合いが苦手なのを装っているからだな」


 あまりの情報量の多さにレベルカは混乱し始めてしまう。


「し、しかし、本当にそのようなことが……」

「そうじゃなきゃすべての説明がつかない。ミュリナ・ミハルド、やはり同期の中で最も脅威だ。メイリスがあそこまで彼女に入れ込む理由がわかったよ」

「ど、どのように対処いたしましょうか?」

「ふっ。もちろん、こんな強力な手札、絶対に逃すわけにはいかない。僕たちの派閥に引き込む」

「排除ではないのでしょうか?」

「なにを言っているんだ。これほどの実力者でおまけに元奴隷。まさに僕の右腕にふさわしい!」


 レベルカが目を見開く。


「お、お待ちください。右腕はわたくしめがっ! わたくしめが務めて見せますっ! あのような小娘になど遅れはとりません!」

「レベルカのことはもちろん信頼しているし優秀だとも思っているよ。けど、君は圧倒的な火力――例えばグレドやメイリスなんかと正面切っては戦えないだろう? その点、彼女は戦闘能力も非常に高い」

「そ、それは……そう、かも、しれませんが……」

「安心しろ。お前を悪いようにはしない。ミュリナ・ミハルド、何が何でも手に入れて見せる!」


 決意を新たに、瞳を輝かせるサイオンに対し、レベルカはそんな彼を切なく見つめ続けるのであった。

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