第22話 森の悪魔

 ミュリナ、サイオンと別れたメイリス・リベルティアは森を探索しながら、この後の行動方針をどうしたものかと迷っていた。

 やること自体は明確に決まっているのだが、今回はどれをどの順番でこなしていくかが重要となる。

 ……とそこへ背後から気配を感じてすぐさま剣を引き抜いた。


「だれ!?」


 振り返ると、そこにはサイオン・レイミルが両手をあげて立っていた。


「……サイオン」

「相変わらず、君はずば抜けた五感を持っているなぁ」

「暗殺歩行で近付くの、やめてくれる?」

「悪いね。つい癖で」


 メイリスが指摘した通り、サイオンは暗殺者としての訓練を受けている。


「で? こんなところで何をしているの? 弟さんを探すんでしょう? 用がないなら別のところを探して欲しいんだけど」

「念のため、確認しておいた方がいいと思ってね。君、ミュリナさんのことはどう思っている?」

「……質問の意図がわからないわ」

「彼女の素性をどう見ている? ミュリナさんは明らかにおかしい」


 探りを入れるような質問にメイリスは仏頂面を返す。


「別に、どうとも思っていないわ。個性的だとは思っているけど」

「脅威だとは思っていないのかい? 勇者一行の競争は熾烈だ」

「実力があるかないかでしょ。私の実力が及ばなければ彼女が選ばれる。それだけよ。私忙しいから、用がないなら話しかけないで欲しいんだけど」

「ふーん、そうかい。忙しい、ねぇ……。君、本当に弟さんを探しているの?」


 そんな風に述べるサイオンを、メイリスは殺意の眼差しで射抜く。


「おいおい待ってくれ、別に君とここでやり合う気はないよ」

「喧嘩売ってんのはあんたでしょうが。あの女の子、あんたが用意したんでしょ?」

「……ああ、その通りだ。小銭で雇った兄弟だよ。弟は何もいない洞窟に隠してある」

「案外素直に白状するのね?」

「君にはすぐにばれると思っていた。あそこに行くまでに一体僕たちはどれほど魔物を倒したと思っているんだ。遊んでいた子どもが迷い込めるような場所じゃないよ、あそこは」

「あたしを邪魔したいならどうぞご勝手に。勇者一行は姑息な手段でなれるほどあまくはないわ」

「勘違いしないでくれ。ミュリナさんが狩った魔物に便乗できれば、たしかに君はこの実習で間違いなく上位になれる。だから、あの少女によってミュリナさんが実習に専念できなくなったのは君にとっての妨害だ。けど、君の邪魔はあくまで副目的だよ。僕の主目的はミュリナさんだ」

「ミュリナをどうする気?」

「時間を潰してもらって、魔物を狩らないでもらう。高い点を取って欲しくないんだ。幸いなことに、ミュリナさんは策謀の類に免疫が一切ない」

「あんたさ、ミュリナを学園から退場させる気なの?」

「さあ、どうだろうね?」


 おどける彼に、メイリスは睨みを強める。


「サイオン、あたしミュリナとの関係はもうしばらく続けたいの。邪魔するようならタダじゃおかないわ」

「僕がアプローチする分には構わないだろう?」

「度が過ぎたら、うっかり手が出るかもしれない。気を付けて」


 そう述べてメイリスはその場を立ち去っていく。


「ふっ、君の場合は手が出るじゃなくて策が出るだろう。民衆を騙し切るほどの人心掌握ができるんだから。なあ、仮面の令嬢メイリス・リベルティア」


 風に溶けていくその独り言を聞く者はいないのであった。


  *


 探索を始めてから半刻ほどが経ったであろうか。

 未だにリオル君の足取りは掴めておらず、進捗がないことに私は焦りを募らせていた。

 けど、その焦りは決して表に出してはならない。

 今一番不安を感じているのは隣を歩く少女のはずだから。


「メグちゃん、大丈夫だからね。お姉ちゃんが必ずリオル君を見つけてあげるから」

「う、うん」

「あ、ちょっと待って。この辺でもう一回。【ワイドソナー】」


 探査魔法を使って弟さんを探していく。

 人間や魔物は大なり小なり、微弱魔力を常に体から発している。

 これを頼りに周囲の探索を続けているのだが、いっこうに弟さんの見つかる気配がない。


「何をしているの?」

「探査魔法って言って、リオル君とさらった魔物の痕跡を探っているの。ただ、この魔物さんはなかなか隠れるのが得意みたいで……」


 一番気掛かりなのは、あの場から弟さんをさらったはずの魔物の痕跡が一切なかったことだ。

 魔物は魔法生物であるため、通常であれば歩いただけでもしばらくはそこに痕跡が残る。

 だが、それが全く見つけられないということは隠密能力に相当長けた魔物がいたということを示している。


「大丈夫だよ。絶対に見つける。心配しないで」


 そう言葉をかけるも、彼女は何かを酷く思い詰めているようだ。

 兄弟をさらわれたともなれば当然の態度であろう。


「あ、あのね、お姉ちゃん、その……」

「ん? どうしたの?」

「えっと、あの……」


 何かに悪いことをしてしまっているときのような深刻な表情だ。

 なので、私は彼女を抱きしめて安心させる。


「大丈夫よ。お姉さんを信じて、ね?」

「お姉ちゃん、あたしたちね、本当は……その、えっと……」

「あっ、見て!」


 私の驚く声にメグちゃんも振り返る。

 そこには少し大きめの洞窟のような場所があった。


「どう、くつ……?」

「……中を探索するわ。ここにいるかも」

「あっ、いや、でも――」

「ん?」

「い、いえ……なんでもない」


 何か気になることでもあるのだろうか。

 ただ、時間が経てば経つほど弟さんは危険にさらされる。

 私はそのまま気にせず中へと突入していくのだった。




 内部はだいぶ広めとなっており、大型の魔物が住んでいてもおかしくはない構造だ。

 暗がりの中を光魔法で照らしながら、慎重に先へ先へと進んでいく。

 ここには魔力痕跡を精密に隠蔽できる魔物が生息している可能性がある。

 いくら警戒してもし足りないであろう。



 だいぶ中へと進んだあたりで、奇妙な違和感を覚える。


 なにか……いる……!?


「止まって! 何かいるわ!」


 頷く彼女を見るや、途端に、正面に気配を感じ取った。

 それまで何もいなかったはずなのに、そこには――



 巨大な四足獣が居座っていた。



「なっ! どこからっ!?」

「……っ!!」


 メグちゃんが声にならない悲鳴を上げながら後退る。


「メグちゃん?!」


 一瞬彼女の方に視線を動かした瞬間、正面にいたはずの奴がまた消えた。


「んなっ!?」


 たしかに一瞬だけ禍々しい暗褐色の体毛を備えた魔物がいた。

 なのに、どこへ視線を動かしてもそれを見つけることができない。


「イ、イビルビースト……っ!」

「イビルビースト?! あれがそうなの!?」


 その名は私も聞いたことがある。

 高い隠密能力を兼ね備える狡猾な魔物で、暗殺者のごとく獲物を狩る生き物だったはず。

 イビルビーストは睨まれたが最後、五つの命があっても逃げ切れないと本で読んだ。

 つまり――、



 私なんかじゃ、絶対勝てない。



 その魔物の凶悪性を自覚するほどに、自分の足も震えていってしまった。

 けど、すぐ隣で縋り付いてくるメグちゃんを見て、震える拳を必死に握りしめる。


 大丈夫、落ち着け。

 ここで冷静さを失ったら相手の思うツボ。


 姿を隠せるのであれば、隠れたまま攻撃した方がいいはず。

 にもかかわらず、先ほど奴は敢えてこちらに姿を晒してきた。

 たぶんだが、どこから攻撃されるのかわからない恐怖を私たちに味わわせようとしているのであろう。


 恐怖は戦闘において一番の大敵だ。

 正常な判断ができなくなった者の方が簡単に狩り殺すことができる。

 奴はそれを熟知しているのであろう。


「も、もうヤダよ。こんなのっ! なんでっ! どうしてよっ! 簡単なお仕事だったはずなのにっ!」


 メグちゃんが錯乱状態に陥ってしまい、走って逃げようとするのを何とか押しとどめる。

 私だって逃げたい。

 怖くて、怖くて、次いつ自分が攻撃されていてもおかしくは――。


 ガキィン!!


 斜め後ろに火花が散った。


 攻撃された!?


 常時展開している防御魔法が何とか攻撃を防いでくれたが、それで姿が見えるようになったわけではない。

 見えざる攻撃に、恐怖が増していく。


「たすえて! 助けてよぉ、お姉ちゃん!」

「だ、大丈夫、大丈夫だからっ!」


 考えろ。

 広い通路で姿を隠せる魔物と戦う方法を。

 相手はかなりの巨体であった。

 なら攻撃方法は必然的に……。


 そうだ、巨体だ。

 ならっ!


「メグちゃん! 私から離れないでっ!」

「う、うん」

「【ワイドロッククラッシュ】!」


 大量の破壊弾を四方へと飛ばし、洞窟を破壊していく。

 狙いは大量の落石を誘引すること。

 落石など凶悪なイビルビーストには効かないであろうが、あの巨体に石の雨が降れば位置くらいはわかるであろう。

 そこに私の最強魔法でたたみかければ――、


「ギャゥゥぅン!!」

「……へ?」


 私が大量にばら撒いた魔法の一発が偶然当たったのか、悲鳴のような鳴き声が聞こえて来て、イビルビーストが地面へと墜落する。

 そのままイビルビーストはピクリとも動かなくなってしまった。


「……え? えっと……。え?」


 頭の中が真っ白になって、思考が止まる。

 えっと、ロッククラッシュの魔法は洞窟の穴掘りとかに使う魔法で、これ単体にはさほどの威力はなかったはず。

 たまたま弱点だったってこと?

 いやでも、この魔法って基本属性ですらないし……。


「た、倒したの?」

「え、ええ。そう、なのかな……?」


 ……そういえば、魔物の中には防御能力が異常に低い者もいる。

 とくに、姿を隠したり偽ったりする生物は、防御能力が低いという弱点を補うためにそういった進化を遂げているとエルガさんが教えてくれた。

 もしかすると、イビルビーストもその類だったのかもしれない。


 思わぬラッキーで勝利できたことに息を吐き出してしまう。


「はひぃぃぃ。助かったぁぁ……」


 思わずその場に座り込んでしまい、それまでの緊張から解放される。

 デイゼルアの時と同様、本気で死ぬかと思った。


「あっ! でも弟さんは!?」


 二人して洞窟の奥を探索すると、無事弟の方も見つけることができた。

 幸い無傷なようで、二人とも無事を喜びあっている。

 その間にイビルビーストの角を剥ぎ取って、討伐の証も入手しておいた。


「よかったわね、リオル君が見つかって」

「あ、えっと、は、はい……」


 メグちゃんは未だに何か気掛かりがあるようだが、時間も差し迫っているのでとりあえず二人をレーメル村へと送り届けることにする。


「とりあえずこの森は危険だから村まで戻ろっか」


 そう述べて二人を村まで送っていく。


  *


「二人とも、もう森で遊んじゃダメよ」

「お姉ちゃん……。その、本当にごめんなさいっ!」


 よほど反省しているのであろう。

 メグちゃんが涙目となりながら謝って来る。


「みんな無事だったんだから、それを喜びましょう」

「そ、そうじゃないの。あたしたち、その……」


 なかなか言い出せない彼女の両肩を持って、おでこをくっつけ合わせる。


「人はね、誰でも間違いを犯すわ。もちろん間違えないことも大切だけど、間違えちゃったときに、ちゃんと自分を正せるかも大切なの。これからはしっかりするのよ?」

「……。うん。ミュリナお姉ちゃん。本当に、本当にありがとう。あたし、お姉ちゃんみたいな勇者様を目指す!」

「ふふっ、まだ勇者じゃないよ」

「でもでも、お姉ちゃんは勇者学園の生徒さんなんでしょ? なら絶対に勇者様に選ばれるよ!」

「ありがとう。がんばるわ。あ、それとね、イビルビーストの事なんだけど……」

「誰にも言わない方がいいんでしょう? 何となくそう思ってた」


 賢い子だ。

 私の態度でそこまでを察せられるとは。


「そうしてもらえると助かる。それじゃあ、またね」


 そう述べて、二人とはお別れをした。

 道を歩きながら、すべてをうまくやり遂げられたことに安堵の息をつく。


 あれ、そういえば、あの子たちには勇者学園の生徒だとは伝えてなかったけど、どこで知ったんだろう……。

 いや、よく覚えてないだけで、自己紹介の時に言っていたのかもしれない。


 そんなことを思いながら、集合場所へと帰っていくのだった。

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