第19話 入学式

 試験のすべてが終わって、私は無事合格者となった。

 なぜだかグレドさんも合格者になっていたのだが、どうも第三次試験は勝つことが目的ではなく、実力を試験官に見せることが目的だったらしい。

 それならそうと先に言って欲しいところだ。


 メイリスさんの助言に従って魔族の子を宿で匿っているが、問題なく過ごすことができた。

 そして、今日はようやく勇者学園の寮に入る日となったのである。


「エ、エルナさん、こ、こっちです」


 魔族の子の名前はエルガさんの『エル』とミュリナの『ナ』をそれぞれ取ってエルナという名にした。

 出会ったころはボロボロの恰好であったが、身なりを整えた今ではだいぶ可愛らしい女の子となっている。


 青みがかった髪には海色の瞳が良く似合っており、ガリガリだった体も食事をしっかり取ることでだいぶ普通のものに戻ってきた。

 口数が少ないのは相変わらずだが、これは彼女の個性のようで、感受性が失われているわけではないようだ。


「りょ、寮には、魔族の方も多くいます。き、きっとエルナさんも、楽しく過ごせるはず、です」


 学園の生徒はほとんどが貴族で、魔族奴隷を持つ者も多い。

 私がエルナさんを連れていても特段目立ったりはしないであろう。



 自室へとたどり着いて、目を輝かせてしまう。

 机にベッドに棚にと家具が充実しており、部屋もだいぶ広い。

 おまけに、共同の調理スペースや洗濯スペースがあるにも関わらず、私一人に部屋が三つも割り当てられているのだ。

 貴族の人たちは三つもある部屋を一体何に使っているのだろうか。


 私は一部屋あれば十分であったため、もう一部屋をエルナさんに、残りは空き部屋のままにしておくことにする。


「え、えっと、そしたら私はこれから講堂にいかなければならないので、し、しばらくはここにいて下さい」

「いってらっしゃい」


 無表情で小さくなる彼女を見て、本当に置いて行っていいのか迷ってしまう。

 宿ではほぼ付きっ切りで彼女のことを見れていたが、学園に入ってからはそういうわけにはいかない。

 あるいは、学園よりも彼女のことを優先した方が……。


「私、大丈夫だから」

「え? で、でも」

「むしろ、今までずっとついていてくれたから、逆に一人の時間がほしいっていうか……」

「あっ……、ご、ごめんなさいっ!」

「いいの。気遣ってくれてるの、伝わってるから。それに目と足も治してもらったし」


 彼女を助けに行った際、咄嗟にかけた治療魔法で彼女の機能しなくなっていた片目と片足は完全に元通りとなったらしい。

 エルナさん本人は「高位の術者でも治せないような状態だったのに」と驚いていたが、そんなわけないであろう。


「そ、そっか」

「そしたら、いってらっしゃい」

「うん! いってきますっ!」


 明るい気持ちとなって講堂へと足を向ける。

 この後、講堂で入学式が執り行われる予定となっており、途中でメイリスさんとも合流した。


    *


 講堂にたどり着くと、私は噂の的となっていたようで、多くの視線に晒されることとなった。

 メイリスさんの影に隠れながら、できる限り床の方を向いて歩くことにする。


「そんなにビクビクしなくていいじゃない。噂なんて、したい奴らにさせておけばいいのよ」

「そ、そうですけどぉ……」


 なんて話していると、一人の男が私たちの前に出てくる。

 高身長かつ金髪の彼は、どこか王子様のように見える優男であった。


「あっ! 見て、サイオン様よ!」

「きゃー! 今日もイケメンー」

「さすがは秀麗のプリンス。これから毎日あの御顔が見れるなんて」


 なんて黄色い声が聞こえてくる。


「これはこれはメイリス。久しぶりだね」

「こちらこそ久しぶりね、秀麗のプリンスさん」


 メイリスさんが皮肉めいた挨拶を返す。

 お互い名前で呼び合っているってことは二人とも知り合いであろうか。


「ふっ、やめてくれよ。君にそんな風に呼ばれたくない」

「あら? 実際のところ、顔は良いと思っているわよ?」

「まるで顔以外が良くないみたいな言い方だね」

「違うの?」

「ふっ。……無事学園に入学できたみたいだね。前の社交界では半分冗談のつもりだったが」

「私はだいぶ本気だったけど、サイオンは違ったの?」

「まあ君の実力であればそうであろう。ところで……」


 サイオンと呼ばれた男の視線が私の方へと向けられる。

 自然と私の体はメイリスさんの背中側に隠れていった。


「ミュリナ、自己紹介して」

「あぅ。は、はひぃ。え、えと、ミュミュミュ、ミュリナ、ミハルド、です」

「サイオン・レイミルだ。君があのミュリナさんか。第三次試験での戦いっぷりは見ていたよ。まさに魔王のごとき強さだったね」


 あぅぅぅ。

 なんで魔王が出てくるの?

 もしかして、もう魔王だって疑われてる……?


「しかし君は、名前はおろか、存在に至るまで今まで聞いたことがない。一体どこから湧いて出たんだろうね」

「そ、それは……」

「サイオン、彼女のことを詮索しないで」


 メイリスさんが庇うように立ち塞がる。


「リベルティア領と言えば、魔族領と国境を接する場所だ。逃亡奴隷も多いと聞くな」

「それが?」

「僕の家はギルドに顔が利いてね。実は少しだけ記録を調べたんだ。そうしたら、新規の身分証発行者なのに、すぐに冒険者登録をして、あろうことかバパルの群れとデイゼルアを討伐した者がいたとか」

「デイゼルアを討伐したのは私よ」

「それは本当の事かい? いや失礼。君の実力は疑っていない。メイリス・リベルティアの強さは本物だ。だが、デイゼルアは災害級の化物だ。さすがの君でも手に負えないんではないかと思ってね。その点――」


 私のことをなめるように見つめてくる。


「――君の魔法ならば倒せてもおかしくはないと思えた」

「ぁぅぅぅ」


 床ばかり見つめてしまう私ではあったが、メイリスさんが答える必要はないとばかりに私の手を引いてそのまま行ってしまう。


「いずれ学園にいればわかることだ。期待しているよ、ミュリナ・ミハルド」


 彼の言葉を無視して、そのまま適当な席を見つけて、二人してそこに座った。


「はぁ……めんどくさ。ミュリナ、ああいうのにいちいち構わなくていいわよ」

「は、はい……」

「どうせあんたを取り込みたいだけだから」

「と、とり、こむ?」

「勇者学園は卒業するだけで将来の選択肢がたくさんあるの。勇者一行になれなくたって、あなたほどの実力者ならまさに引く手数多あまたよ。そんなあなたを今の内に自分の勢力へ取り込んでおきたいって思う奴はたくさんいるはず」

「そう、なんですか?」

「そうよ。とくにミュリナは貴族じゃないから、既存の派閥がないでしょ? 格好の狙い目ってわけ」


 そっか。

 すでにどこかの派閥に所属している者よりも、どこにも所属していないフリーの者を取り込む方が簡単そうだ。


「その……。ミュリナ。もしあたしが嫌だったらあたしとも距離を取っていいからね。あたし、決してあなたをそんな風に見てるわけじゃないの。そうじゃなくて、ただ、友達として接したいってだけだから」


 そんな風に目を伏せるメイリスさんの手を思わず握ってしまう。


「だ、大丈夫ですよ! わ、わたし、メイリスさんのこと、すっごく信頼してますからっ! さっきだって守ってくれたじゃないですか!」

「そう? あなたを取り込もうとしているからかもよ?」

「メ、メイリスさんは私が逃亡奴隷だった時から助けてくれました! 絶対そんな人じゃないです!」

「……ふふっ、ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ。ただ、そんな風に両手で手を握られると、同性でもちょっと恥ずかしいわよ」

「あっ! こ、これは、その、ちがっ――」

「もう。ミュリナってお堅いのね。別に同性同士なんて割とよくあることやない。あなたがその気なら私は構わないわよ?」

「あ、あぅぅぅ」


 そんなやり取りをしている間に入学式が始まる。

 式自体は普通のもので、つつがなく終わりを迎えた。


 ちなみに、グレドさんは事あるごとに私のことを睨みつけて来ていて、その度に私はビクつくことになるのであった。


  *


 初日の予定を終えて寮の自室に帰ると、エルナさんが私を出迎えてくれた。

 メイド服で。


「おかえりなさい」

「……え? えっと、あえ?」

「どう? 似合ってるかな?」

「う、うん、すごくかわいいけど、ど、どうしてそんな恰好を……?」

「メイリス様に頼んでいただいたの。ミュリナの身の回りの世話、あたしがする」

「い、いや、いいってそんなの。全部自分でやるよ! むしろ私が面倒を見なきゃいけないわけだし」

「身の回りの世話、させてほしい」

「で、でもエルナは――」

「お願い、やりたいの。全部あなたにやられたら、私は何もできない人になっちゃう」


 その言葉でハッとなる。

 私はかつてどうしていただろうか。

 エルガさんと共に暮らすようになって、彼はやり方こそ教えてくれたが、実際にはいろいろと私にやらせてくれていた。


 やってあげるのではなく、できるようにしてあげることこそが、彼女を真に幸せにする道なはず。

 ならば、全部私がやってしまうのはたしかに間違っている気がする。


「そ、そっか、そう、だよね。うん。で、でも、私のことは私がやるよ?」

「やらせて。お願い」

「むぅ……。わかった。じゃあ、お願いしよっかな」

「うん」


 少しだけ後ろ髪を引かれる思いはあったが、これはこれでいい気がする。

 なにより、小さく微笑む彼女の顔が見れたので、正しいことのように思えた。

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