第18話 救いの手

 未だ茫然とし続ける彼の元へつかつかと歩いて行って杖を向ける。


「終わりです」


 レフェリーの方へと視線を向けると、そのレフェリーも茫然としていて、ふと我に返ったのか、息を呑むような声で勝者のコールを行うのだった。

 それを聞き届けてから、私は建物を飛び出して街の中心へと魔法で翔けていく。


 まだ間に合う。

 まだできることがある。

 諦めるな。

 最後まで足掻いて見せろっ。


 ミストカーナの中心となる勇者学園の一番高いところへと登り、杖に魔力を収束させる。

 この街全体を覆うともなれば相当な魔力が必要になる。


 でもそれくらい――


「やってのける!! 【エクステンシブ・ソナー】!」


 超広範囲での魔力探索を行って彼女を探す。


 街には……いない。

 ならっ!


「【アルティメット・ソナー】!!」


 魔力を絞り尽くしてさらに範囲を広げる。

 街道を、森を、平野を、川を、私の死力を尽くして。

 血反吐を吐きそうなほどに魔力を絞ったあたりでようやく、


「見つけた! 【ブーストチャージ】」


 距離的には相当ある。

 でも彼女の身体は栄養失調で既に危機状況にあったはずだ。

 ならば悠長に歩いてなんていけない。


「今行くよ。今度こそ、助けてみせる! 【ジェットソニック・バーストォ】!!」


 音速を超える速度で自分の体を打ち出しあの子の元へ。

 空気摩擦で体がかなり痛むがそんなの知ったことではない。


 彼女は川のほとりにいるようだ。

 軌道を逸らして少し離れた場所へと突貫していく。


 ドガァァァァン!


 この魔法は着地が非常に難しく、そのまま突っ込めばあの子もただでは済まない。

 そのため、少し離れた地面に激突するという選択肢を選んだ。

 土埃にまみれながらも彼女の元へと走り寄る。


 川のほとりで何をしているのだろうか。

 大きな衝突音が響いたというのに、横たわったまま目を閉じて身動きも一切とらないで。

 目を……閉じて……?


 一気に冷や汗が溢れて、傍に駆け寄る。


「ね、ねえ?」


 その目は閉じたまま。


「だ、大丈夫?」


 身体も微動だにしていない。

 試しに体を触ってみると石のように冷たかった。

 あの灰色の瞳も、何の期待を抱いていない声すら、聞くことがもう……。


「あ、あぁ、あぁぁ……っ。そん、な……っ」


 崩れ落ちて泣き伏してしまう。

 間に合わなかった。


 あの時、私がちゃんと助けられていたら。

 あの時、私がしっかりと手を差し伸べられていたら。

 あの時、私が……。


 どれだけ後悔しても過去だけは変えられない。


 目の前に横たわる彼女のあの瞳がまたも私に問いかけている。

 瞳が……。


 あれ? 目が開いてる。


「って、うおぁぁ!!」

「……。はぁ……。最期くらい静かにさせてよ。やっぱり私で小銭が稼ぎたくなったの? もう死にかけよ?」

「よかった! えっと、そしたらっ! 【ヘルス・リカバリー】。それと、【ジェントリーヒート】。これ、食べて」


 健康異常を改善する魔法をかけた後、鞄に入っていたパンを微加熱して彼女に手渡す。


「た、食べれば元気がでると思うの。まずは食べてみて? ね?」

「もう私、生きたくない」


 彼女の言葉にまたも氷の棘が心臓へと突き刺さる。


 それでも諦めない。

 もう逃げないって決めた。

 信じろ、自分の道を。


「……うん。……そうだよね。生きるって苦しいよね。でも楽しいこともいっぱいあるんだよ。嬉しいことも、笑えるようなことも」

「一度もなかった」

「私が見せてあげる。約束する。世界ってね、結構不公平なんだ。神様はとってもイジワルで、不幸が偏っちゃうときがあるの。でも、あなたの不幸は今日でもうおしまい。必ず私が幸せにしてみせる」

「嘘よ。私、嘘しかつかれたことない」

「じゃあ、これが初めての本当だわ」

「……。どうしてあなたは、そんなことをするの?」


 そんなの決まっている。


「人を助けるのに、理由なんて必要ないわ」


 私を見つめ続ける彼女の瞳はやがて天の方へと向けられた。

 だが、そのまぶたはゆっくりと閉じられてしまい、またも冷たい汗が溢れる。


 信じろっ!

 私の道をっ!


「あ、あのね、私――」

「じゃあ」


 と初めて彼女から呼びかけてくる。


「少しだけなら」


 そう述べて、彼女はやっとパンをかじってくれるのだった。


  *


 その後、試験会場へと戻っていき、隠れるようになりながら柱の影から傍聴席にいるメイリスさんを呼ぶ。


「メ、メイリスさん、ちょ、ちょっと」

「なっ! ちょ! あんたミュリナ! 今までどこに――」


 大きい声を出しそうになる彼女の口を塞いで無理矢理通路の方へと引っ張っていく。


「おおおお、お願いします。さ、騒がないで、下さい」

「一体どこに行っていたのよ、ちゃんと説明――」


 魔族の子に気が付いてメイリスさんが口をつぐんでしまった。


「……魔族? どうしたの? その子?」


 魔族と発したその言葉にはやはり負の感情が込められていた。

 敵対種であるので当然であろう。


「あ、あの、えっと、こ、困っていたので、助けて、あげたくて」

「……助けてどうするの? あなたの身の回りの世話でもさせる気?」

「い、いえ、そうじゃなくて普通に、保護したいなって、思って」


 恐らく、普通はそんなことをしないのであろう。

 メイリスさんが呆れた表情を浮かべている。

 けど、彼女はややも私を見つめた後、やがて天を仰いでからため息をついてきた。


「……はぁ。変わってるとは思ってたけど、まさかここまでとはね」

「ごめんなさい。その、私――」

「名目奴隷」


 メイリスさんが肩を竦めながら言ってくる。


「その子を人族の社会で一番弊害なく保護するなら、それが一番いいわ」

「名目奴隷……。で、ですが、私、この子のことを奴隷にしたいわけじゃなくて――」

「その子、奴隷紋がないから捨て奴隷なんでしょう? なら紋を入れておかないと悪さをする奴が出てくるわ。逆に言えば、紋さえ入っていれば誰かの所有物だとわかる。奴隷魔法を施すんじゃなくて、例えば偽装魔法で私のリベルティア家の家紋を入れておけば、よほどのことがないと手を出してはこないはずよ」


 彼女の家は辺境伯家として有名だったはず。

 そのリベルティア家の所有物に悪さをする者は少ないというわけか。


「じゃ、じゃあ――」

「うちの紋を使っていいわ」


 その言葉に顔を輝かせ、メイリスさんの手を両手で握りしめてしまう。


「ありがとうございますっ! メイリスさん!」

「あなたって子は。こんなことしてたのね」

「えと、本当は第二次試験が終わった後にこの子に会ってて、でも、そのときは何もできなくて……」

「ふーん。まあ、あなたらしいわね。ところで――」


 と、メイリスさんが私の顔を覗き込んでくる。


「え、えと、どうしたんでしょうか?」

「どうしたもこうしたもないわよ! あなたすごいじゃない! あんなに強かったのね!? まるで物語に出てくる勇者や魔王のようだったわ!」


 え?

 魔王……!?


 その言葉に背筋をピンと伸ばしてしまう。

 たしかにグレドさんとの戦いにおいて本気で魔法を放ってしまったが、魔王と呼ばれるほどであっただろうか?

 いや、問題は彼女が私のことを魔王かもしれないと思っている点にある。

 もし私のことを魔王だと疑い身元を調べられたら、私の勇者学園での生活は終わりを迎えることとなろう。


「あっ! ち、ちがっ! その、私は、別に……」

「そんなに焦らないでって。あの杖のおかげでしょ?」

「……へ?」

「だってすごい杖じゃない! エンシェント級のものに見えるわよ!?」

「あー……」


 よくわからないけど、とりあえずそれで誤魔化すことにしよう。


「バ、バレちゃいましたか」

「やっぱりね。ってことはあなたやっぱり貴族の生まれなのね」

「え?」

「両親から授かったその家宝を今の今まで大切に空間魔法に収納していたってことでしょ」

「あー……」

「貴族の中にはものすごく希少な武具を持っている者もいて、家の名前と同じくらい大切にしているわ。あなたの身元は結局わからず終いだけど、この武器を元に何か手がかりを掴めるといいわね」


 うぅぅ……ってことはやっぱり身元を調べられるんじゃん……。

 八方塞がりになりつつある状況に頭を捻らせてしまう。


 とりあえず、今後威力の高い魔法は禁止だ。

 人族は魔族と比べて魔法力の低い者が多い。

 私が普通に魔法を使っただけでも、彼女らからすれば高位のものと見えてしまうのかもしれない。


 それに、この杖を追及されるのも困ったことになってしまう。

 グレドさんの言い様に我慢ができず杖を取り出してしまったが、そもそも希少性の高い空間魔法が使えるというのもあまり知られない方が良いであろう。

 というわけで、メイリスさんの勘違いに便乗しておくことにする。


「メイリスさん。よ、よくわかりましたね……」


 目をキョロキョロとさせながら、そんな風に答える。


「やっぱりそうなのね!」

「……その、亡くなる前の両親からは、このことは可能な限り、他人には知られないようにしろって言われているんです。お願いですから、この情報を広めたり、私を詮索するようなことは、しないでもらえないでしょうか」

「そうよね。わかったわ。まあ、もう多くの受験生に見られちゃってるけどね」


 メイリスさんが肩を竦める。


 そうだった……。

 もはや絶望的雰囲気に包まれてしまう。


「そしたら、とりあえずその子に紋をつけて、しばらくは宿で一緒に過ごして。あなたは学園に合格してるはずだから、そしたら寮に入れるの。そこならその子の面倒も見やすくなるはずよ」

「わ、わかりました」


 その後、私は試験官に断りを得て、未だにボーっとし続ける魔族の子を連れて、とりあえずは宿に帰るのだった。

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