第17話 私のなりたいもの
~第二次試験が終わる少し前~
「ベルメイア学園長、二次試験の突破者がおおよそ出そろいました。暫定の対戦表はこちらになります」
教員は学園長に対戦表を渡して内容を吟味してもらう。
この試験は一見公平性を期したものに見えるが、実際には様々な思惑が入り込んでいる。
というのも、受験生の多くは名のある貴族の子弟であり、貴族たちからの寄付金で財政を成り立たせている学園はそれを無視するわけにもいかない。
一方で、勇者一行の実力が大したことはないというのも問題で、入学試験で最低限の実力を試しているのだ。
「おおよそ当初の予想通りの者が残りました。唯一困ったのは987番でしょうか」
「987番ですか……。身元はわかりましたか?」
「記録によると、つい一月前までは奴隷の身で、魔族領から逃げてきています。恐らくは元平民かと」
うーむ、とベルメイアは腕組みをしてしまう。
できれば出自のよくわからない者を学園へ入学させたくはない。
ゆえに、第二次試験では手違いを装って危険度の高い犯罪者を彼女の経路に配置した。
にもかかわらず、彼女はそれをクリアしてきてしまったのだ。
「たしか、隠蔽魔法が得意なのでしたね?」
「ええ。第一次試験ではこのミストカーナにある広域魔法探査システム『鷹の目』を掻い潜り、第二次試験ではあの皮剥ぎニックまでもを倒しております。ニックは熟練の騎士でも苦戦するような相手です。恐らく987番は姿を消したり、魔法痕跡を消すことに長けた者なのではと予測しております」
「ふーむ……。それで、第三次試験では――」
「殲滅のグレドを当てました。どれだけ隠蔽魔法が得意であったとしても、彼の範囲殲滅力からは逃れられません」
勇者一行の選定は百年に一度の重要なイベントだ。
いくら隠蔽魔法が得意とは言っても、ある程度の実力者なんて金を積めばいくらでも見つけられる。
ならば、今重要視すべきは能力ではなく出自であろう。
「そうですね。それが無難でしょう。彼が負けてしまった場合には?」
「グレドは出兵経験もある本物の実力者ですよ?」
「ですが万が一ということもあります」
「……。では、第三次試験はあくまで『戦闘様相の評価』としておきます。勝者のみが合格できるのではなく、見事な戦いをしてみせた敗者であったとしても合格できるようにしておくのはいかがでしょう。むろん、この情報は後出しにする予定ですが」
「なるほど。では問題ありませんね」
*
青い顔となりながら、私は他の対戦者たちの決闘を茫然と眺めてしまう。
間もなく私の番だというのに、グレドさんとどのようにして戦うべきかの方策が立っていない。
彼がメイリスさんの言う通り人族の中でも上位に位置する相手であれば、私が勝つ見込みはゼロであろう。
「ミュリナ……」
メイリスさんが気遣うように声をかけてくれる。
「うぅぅ。グレドさんって、すんごく強いんですよね?」
「ええ、そうね。殲滅のグレド。広範囲を破壊する魔法が得意で、逃れるのは不可能って言われているわ」
メイリスさんがややも逡巡したのち、私の両肩を抱いてくる。
「ミュリナ、悪いことは言わないわ。戦いを棄権しなさい」
「……え?」
「グレドはたしかに気に食わない野郎だけど、実力は本物なの。あいつ、さっきあなたが言い返してから、ずっとあなたのことを睨んでるわ。たぶん、殺す勢いで挑んでくると思う」
殺す気で……。
「あいつが本気を出したら灰すら残らないわ。普段のあいつなら殺さない程度の手加減はするんだけど、この試験は相手を死傷させてもいいルールよ。さっきの一件でグレドはたぶん容赦して来ない」
「で、でも……、この試験を辞退したら勇者学園には……」
「命の方が大切に決まってるでしょうが!」
「う、ぅぅぅ」
また俯いてしまったところで、試合終了の歓声が響いた。
もはや考えている時間はない。
「次、987番ミュリナ・ミハルド対、12番グレド・レンペルード」
未だに手足が震え続けているが、ここで進まなきゃ私は一生後悔する。
そんな思いからか、自然と足が台座の方へと向かっていった。
「あ! ちょっとミュリナ! ホントにやるの!? 待ちなさいってば!」
メイリスさんの忠告を横目に背を丸めながら台座へ上がっていくと、他の受験生からヒソヒソ声が聞こえてきた。
「おい、あいつがグレドに喧嘩を売った奴らしいぜ」
「マジかよ。死んだじゃん」
「棄権しねぇのかよ」
「殺しはしないとか高を括ってんじゃねぇの」
「それかよほどの馬鹿だな」
なんて具合に。
床との睨めっこを続けながら所定の位置につくと、グレドさんが話しかけてきた。
「おい、今ここで棄権すんなら見逃してやっていいぜ。所詮平民は平民だ。てめぇらは悪になんて立ち向かわない。そんな奴が勇者なんて笑わせる」
「悪に立ち向かわない……?」
「そうだろうが。目の前に困ってる奴がいて、てめぇは何をする?」
「それは――」
思わず二次試験の後に出会った少女のことを思い出してしまう。
何の期待もしていない瞳。
私はそれを変えることができなかった。
「面倒事は見て見ぬふり。悪には陰から口を叩くだけ。決して矢面に立ったりはしねぇ。そんな奴らが勇者なんて反吐が出るぜ」
胸の中をどろどろとした何かが渦巻いていく。
そうじゃない。
私は、そんなんじゃない。
と。
なのにあの少女の瞳が、お前に何ができるのかと問いかけてくる。
「ほら、なんも言えねぇ。言い返せねぇ。さっさと帰って畑でも耕してな。それがお前ら家畜の仕事だ」
私とエルガさんが過ごした家の畑を思い返す。
手入れしてないのできっと雑草が生え始めているだろう。
勇者にならないで、あの畑を……?
エルガさんの言葉が脳裏に蘇った。
『人生は踏み出さない一歩よりも、踏み出す一歩の方が価値があります』
踏み出す一歩……。
「それで満足だろうが。税だって悪代官でもいなけりゃまともだ。それに悪代官がいりゃ貴族の俺が成敗してやるよ。好きな男と結婚して、子どもをこさえて、家族に見守られて死ぬ。それで平民は満足だろうが!」
『困っている人に手を差し伸べる。悪に立ち向かう』
「対する勇者ってのはな、誰のためでもねぇ戦いを一生し続ける。ただただ戦って、戦って、戦い抜いて、そんで誰にも知られずに死ぬ! それが勇者ってやつだ!」
『私は、人とはそうあるべきだと考えています』
「さもなくば真の意味で『戦う』なんてできねぇよ!」
『人を助けるのに、理由など必要ありません』
世界のすべてが灰色だった。
苦しくて、辛くて、悲しくて。
でも今はどうだろうか。
夢に向かって走っているつもりだった。
なのに、周りで起こる事象のすべてが問いかけてくる。
私がなりたいものって、本当はなんなの? と。
エルガさんが亡くなって、苦労しながらも一人で旅をして、人族領に来て。
自分が魔王だとわかって、でも勇者になるという夢を追いかけた。
救いの手を差し伸べられなかった魔族の女の子は今どうしているだろうか。
私はどうしたかったのだろうか。
『ミュリナさん、自分の人生を生きなさい』
自身の手を見つめ、そこにあるべき信念を握りしめる。
私がなりたいもの。
それは――。
グレドさんのことを強く睨み返す。
「……おいおい、ここまで言ってやったのに、やる気かよ? 真正の馬鹿か? 手加減しねぇぞ?」
それに返答しないで、収納魔法に格納しておいた杖を取り出す。
白金色に輝くその杖は、いくつもの浮遊魔導体を周囲にまとう異質なもの。
私が生成魔法により創ることのできた最高傑作だ。
収納魔法は入れておくだけで常に魔力を使ってしまうが、この杖だけは自分の想いを成したいときにまで隠しておきなさいとエルガさんに言われていた。
「っ!? 生成魔法? いや空間魔――」
「もう時間だ! 始めるぞ!」
いつまでも会話をし続ける私たちをさすがに待てなくなったのであろう。
レフェリーが腕を掲げてくる。
グレドさんの顔には驚きの色が混じるも、いざ戦うとなったら目つきが本気のものへと変わった。
「これより第三次試験、第十二試合を開始する。それでは二人とも見合って! ――はじめ!!」
「【ワイドエクスプロージョン】!!」
ドガァァァァン!
私を広範囲に覆う大爆発が起こり、土煙にまみれた。
メイリスさんの叫び声が皆の歓声にまみれながら聞こえてくる。
「はんっ。大層な武器を持ってるようだが、経験の差ってやつだな。決闘はいかに魔法を素早く展開できるかが勝負のカギだ。俺の魔法からは逃れられねぇぜ」
後ろを向いて帰っていこうとする。
「おいレフェリー、死体はたぶんバラバラだ。掃除は任せたぞ」
「勝者、グレド・レンペルード!」
勝者のコールが入って歓声が響く。
彼を応援する者は多く、それだけ有名人なのであろう。
だが――、
煙が晴れていく中で、私の青白いシールドが皆の目に留まっていった。
「私、困っている人を見捨てたりなんて、絶対にしません」
勝手に諦めていた。
自分の力では、あの女の子の瞳を変えることができないって。
心のどこかで、第三次試験があるから今は構っていられないって。
でも、違う。
「……ああ゛!?」
「たしかに私は、未熟で、無知で、人を一人救う事すらできないかもしれないです。でも――」
その目を見開く。
「私はもう、絶対に逃げません!」
「はっ! 防いだか!」
瞬時にグレドさんが臨戦態勢を整える。
「田舎娘にしては上出来だ! 【ブラストランサー】!」
周囲を炸裂魔法が埋め尽くし、台座が
レフェリーはたまらず退避。
受験生たちも台座の防御結界がなければ被害が出ていたであろう。
グレドさんは魔法を連発しながらこちらへ走り込んでくる。
「硬さには自信があるようだな! 【ホーリーラプチャー】」
彼から降りかかる魔法をすべて防御魔法任せにして、新たに二十三の魔法陣を展開し、意識を集中させる。
「私、勇者になりたいんです。たしかにあなたの言う通り、私は漫然と勇者になれればいいって思ってました。でもそうじゃないんです」
私は、私のような子どもがたくさんいることを知っている。
私のような思いをしている人がいっぱいいることを知っている。
世界が未だに、灰色にしか見えていない人たちがいることを。
「世界が怖くて、辛くて、悲しくて――」
グレドさんからの魔法が降り注ぐ中、光の礫が舞い始める。
「それでも私は、そんな灰色ばかりじゃないんだってことを見せてあげたい。世界にはもっと、楽しいこととか、嬉しいこととか、優しいことがいっぱいあるってことを」
かつて、私の大好きなあの人が見せてくれたように。
周囲の瓦礫が重力に反して浮かび上がり、魔力収束により体が光り輝く。
「……っ!? なんだっ! 魔法なのかっ!? これがっ?!?」
「だから……、だから……っ!!!」
膨大な魔力が魔法となって顕現する。
「私は勇者になりたいのよ!! 天空爆撃魔法【ヘブンズ・デストロイヤー】!!」
貫くは極大の光。
観客席を守るために用意されていたはずの防御結界と、その先にある建物の外壁と、さらにその遠く向こうにあった山を貫いて、宇宙の彼方にまでエネルギー収束砲が走っていくのだった。
そして、彼の頬を掠めたその光に、グレドさんは腰を抜かしてパタリと座り込んでしまうのだった。
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