第20話 討伐実習

 メイリスさんの助言に従って、私は入学以降同級生たちを観察していたのだが、彼らの中には派閥のようなものが存在する。


 一つ目は入学式で話しかけてきたサイオンさんを中心とする実力派閥。

 能力のある者が多く、どちらかと言うと貴族位の人たちや平民出身者がここに属している。


 二つ目がニア・サートンバゼルというサートンバゼル家の令嬢さんを中心とした家柄派閥。

 家柄がいい人たちの集まりで、貴族位の高い人たちで固められている。


 三つ目が第三次試験で対戦したグレドさんのグループ。

 ここは派閥というよりもグレドさんとそのお仲間たちの集まりみたいなものだ。


 あとはどの派閥にも入っていない小さなグループがいくつかで、私とメイリスさんもその一つとなる。

 多分メイリスさんは家柄もよく実力もあるため、入ろうと思えばどこの派閥にも入れるだろうが、「そういうのは面倒くさそうだから関わりたくない」と言っていた。


 私も派閥なんてめんどくさそうだし、可能な限り関わりたくないと思っていたのだが、


「おはようミュリナさん。今日も元気そうだね」


 なんて具合にサイオンさんが話しかけてきた。

 取り巻きも一緒だ。


「あ、ぅ。お、おはよう、ございます」

「ミュリナさん、もしよかったら今日のお昼を一緒にどうかな? 君と話したいっていう友達がたくさんいるんだ」

「い、いえ、お昼は、そのメイリスさんと……」

「連れないなぁ。君は相当な実力者だろう? 僕としては君にすごく興味があるなぁ」

「あ、えっと、私、そのは、派閥とか、そいうのはちょっと――」

「そう言わないでくれよ。普通に君と友達になりたいだけなんだ。君は貴族ではないのだろう? けど、僕たちはそういった家柄は気にしない。むしろ、家柄に固執する無能どもはさっさと消えた方がいいと思っている」


 わざとであろうか。

 家柄を重視するニア・サートンバゼルに聞こえるような声で言いのけた。

 すると当然、彼女もこの言葉を見過ごせないわけで。


 取り巻きと共につかつかとやってきて、ニアさんがサイオンさんを睨みつける。

 ちなみに彼女は金髪縦ロールのいかにも貴族といった見た目をしていた。


「はんっ。誰かと思ったら子爵家の三男坊が犬のようにキャンキャンと吠えておりますわね」

「ふっ、歴史の勉強不足のようだね。そのキャンキャン吠える子爵家が魔族との戦いでは一番活躍してきた。君たちのように貴族位に固執する者たちはみな戦争では役に立たない」

「人族の国の成り立ちがよくわかっていらっしゃらないようですわね。あなた方子爵ごときが戦争で活躍できる土壌を一体だれがつくっているのか、まるでわかっていらっしゃらないよう」

「その土壌とやらの既得権益に浸かり続ける者はいなくともいいんじゃないのかな」


 あぅぅ。

 私を挟んで喧嘩しないでよぉ……。


 存在を隠すようにできる限り小さくなっていたのに、あろうことかサイオンさんは私の肩を持って巻き込んできた。


「おかしいな。君たちの理屈であれば、貴族の爵位が高いほど能力は高いはずだ。例えば、もし彼女が魔王だったりしたら、君たちは彼女に勝てるのかな?」


 魔王!?

 バレてるの!?


「わ、私、魔王じゃありません!」

「ん? ああ、いや、それはわっているよ。そうじゃなくて――」

「私魔王じゃありません!!」

「ミュリナさん、えっとね――」

「私魔王じゃありません!!!」

「わかった! わかったから! 僕の例えが悪かった! 魔王じゃなくて勇者だとしよう!」


 サイオンさんが若干やけくそになって訂正してくれる。

 よかった。

 変な誤解はなさそうだ。

 格好のつかないサイオンさんにニアさんは呆れた表情となるも、しっかりと反論を返す。


「はんっ。それこそ、単発の魔法を『強さ』だとでも思っているのでしたら、あなたには何も見えていらっしゃらないですわね。そんなことでは魔族との戦争には勝てませんことよ」


 まだ喧嘩続けるのだろうか、なんて思っていたところに声がかかる。


「おい、邪魔だ! どけ! 通れねぇだろうが!」


 誰かと思ったら、グレド・レンペルードがイラついた表情でサイオンさんとニアさんを睨みつけていた。

 二人は彼のことをチラと見たあと、サイオンさんは肩を竦めて道を開け、ニアさんはため息を一つついて、取り巻きと共に席へと戻っていった。


「おいちっこいの、てめぇも邪魔だ! さっさと席につけや!」


 わ、わたし、ちっこくないし。

 平均よりちょっと背が低いくらいだし……。


 とは思っていても声には出さず。

 これを機に大急ぎで自分の席へと急ぐ。


「お疲れ、さっそく大変な目に合ってるわね」

「メイリスさ~ん。怖かったですよぉ~」

「まあ仕方ないわ。あなたは今まで貴族社会にいなかったわけだし」

「むぅ。なんで皆は入学早々こんなにギクシャクしてるんですか?」

「家同士でいろいろあるのよ」


 そういうものなのだろうか。

 唇を尖らせていると予鈴が鳴る。


「あっ! ミュリナ、急いで、今日学外実習よ」

「そ、そうでしたっ!」


 二人して校庭に移動していく。

 たしか今日は転移陣でレーメルの村にまで飛んで、その近くの森で実戦訓練をする予定だったはず。

 レーメルの森の奥地は凶悪な魔物が多いことで有名らしく、しばしば実戦訓練に使われる場所らしい。


「さて皆さん、今日は魔物の討伐を行ってもらいます。今日の夕刻までに討伐の証として魔物の体の一部を持ってきてください。それが皆さんの内申点となります。なお、より難度の高い魔物を倒して来た者ほど高い得点を与えますので、それをお忘れなきように」


 手あたり次第に強い魔物を倒せばいいというわけか。

 どちらかというと私向きな気がする。


「そういえば、ミュリナってどんな人が学園で勇者一行に選ばれるかわかっている?」

「え゛? えーっと、うーんっと、が、がんばった人、とか?」

「そんな抽象的なわけないでしょう……。勇者学園では授業で基礎を学びつつ、実習を随所で執り行っていくの。この実習が一番カギになるわ」

「今日のこれも実習ですよね?」

「ええ。この実習では毎回内申点が設定されていて、その合計点でまず足切りラインを決めるの。上位十名くらいなはずよ」

「ってことは一割くらいってことですね」

「まあなんにしても、今日は難度の高い魔物を倒すに越したことはないわ」


 なんて話していたら、横からサイオンさんが声をかけてきた。


「ミュリナさん、もしよかったら僕と組まない?」

「え゛! あ、いや、え、えっと、わ、私は――」

「ごめんなさい今から私たちで狩りに行くのサイオンはついてこないで」


 メイリスさんが棒読みをしながらきっぱりと断っていく。


「僕はミュリナさんに聞いているんだ。君にじゃない」

「ミュリナは人付き合いが苦手なの。今だってあなたを怖がっているわ」

「へぇ。とか言って、君が彼女を独占したいだけなんじゃないの?」


 わずかにメイリスさんの表情が歪む。


「だってそうだろう? 彼女の強さはこの前見た通りだ。傍にいれば難度の高い魔物を倒せる可能性が高い。彼女のおこぼれに預かろうって算段だろう?」

「あたしはそんなつもりないわ! そういうあんたこそ、ミュリナのおこぼれ狙いじゃない!」

「違う違う。僕は単純にミュリナさんとお友達になりたいだけなんだ。狩りは自分でやるよ。それに、他力本願で点を稼がなければならない者が勇者一行になんてなれるわけがない」


 メイリスさんからの反論が止んだと思ったら、サイオンさんが顔を近づけてくる。


「それでどうかなミュリナさん、僕としては君と会話ができるだけでもいいんだ。魔物狩りは自分でやるよ」


 自分にボールが回って来て、覚悟を決める。

 普段の私ならば回避する方向で動いていたであろうが、今回はサイオンさん一人だし、そばにメイリスさんもいてくれる。

 ならば、少しはこの問題に向き合うべきだ。


「あ、あの……えと、い、一緒に、と、討伐、してくれるでしたら」

「あは! いいの!?」

「ちょっとミュリナ! ホントにいいの!?」

「……わ、わたし、メイリスさんの言う通り、人付き合いが、苦手、なんです。でも、克服したいって、思ってて」


 顔を蒸気させながら、そう告白する。


「うん! いいね! 僕も力になるよっ!」

「……っ。はぁ、わかったわ。じゃあ一緒に行きましょう。言っとくけど、あたしはあんたのことあんまり信用していないからね」

「それはお互い様だろ?」


 そんないがみ合いを聞きながら、私たちは森の中へと入っていくのだった。

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