第12話 第一次試験

 急に一人になって寂しい思いをしてしまうも、こればっかりは仕方がない。


 さて、ここからどうしたものか。

 他の受験生の札をどうやって奪えばよいかに思考を巡らせる。

 あそこにいた人たちは恐らく実力者揃いであろうから、可能な限り戦闘をしない方向で札をゲットしていきたい。が、そんな方法は思い浮かばないのでやっぱり戦うしかないであろう。


「あれ……ちょっとまって、そもそも――」


 この街の誰が受験生なのか、わからないじゃん……。

 会場にいた人たちの顔なんて全然見ていなかった。

 自分が知っている人と言えば、メイリスさんくらいしかいない。


「あぅぅぅ、どどどどどうしよう、これじゃあ合格できない……」


 ウジウジしながらも、立ち止まっていても仕方がないと思い、街を歩き回ってみた。

 だが――、


  *


「はぁぁ……。ダメだ。見つかんない……」


 歩き回っているだけでいつの間にか夕方になってしまい、焦りだけが募っていく。

 物は試しにと人通りがほとんどない裏路地を探索してみたが、何の成果も得られなかった。


 このまま、何にもできないで勇者になるって夢は終わっちゃうのかなぁ……。


 タイムリミットまであと二日あるが、それを有意義に過ごせるとは思えず、冷や汗だけが垂れてくる。

 けど、日が落ちると人そのものが見つからなくなってしまったため、仕方なく宿に帰ることにした。



 二日目。

 今日こそ受験生を見つけるぞ、と意気込んで街を歩いてみたのだが、


「あぅぅぅ。見つからない……」


 受験生千人に対して、この街の人口は十万人ほど。

 1パーセントに巡り合うには相当な運が必要だ。

 こうなったら、やっぱり人と話すしかない。

 私としてはかなりハードルの高いことだが、それでもここで勇者試験は諦められない。


 小さめの路地でそれっぽい人を探して、勇気を振り絞って声をかけてみることにする。


「あ、あのっ!!」

「ん? なんだこいつ」


 三人組の男たちがチラと視線を向けてくる。


「あの、も、もし違ったら、その、も、申し訳、ないんですが、ゆゆゆゆ、勇者学園の受験者さん、とかじゃ、ないでしょうか……」


 男三人が互いに顔を見合わせて肩を竦める。

 この段階でだいぶ違う。

 あまりの居たたまれなさに、彼らが返答を述べる隙も無くその場から逃げようとしてしまった。


「あ、おい、ちょっと待てよ」

「ひぃぃ!」

「俺らはちげぇんだけどさ、それっぽい奴なら知ってるぜ」

「……え!? ほ、本当ですか!?」

「ああ、こっちだ、ついてきな」


 男たちがにんまりと笑っている。


「あ、ありがとうございますっ!」


 よかったぁぁ。

 やっぱり話しかけて正解だ。

 すんごく怖かったけど、親切な人もいっぱいいるんだなぁ。


 小通りを抜けてさらに薄暗い裏路地を進んでいく。


「そういや、なんで受験生を探してんだ?」

「あ、いや、えっと、第一次試験が、その、受験性同士での札の奪い合いでして」

「なるほどな。それで探してるってわけか。ちょうどこの先だ。ちょっと覗いてみてくれ」


 男が唇を吊り上げている。


「あ、は、はい」


 曲がり角を除こうとしたのだが、途端に体が持ち上がった。


「え?」

「なっ! なんだこいつっ!?」


 男の一人が私の首を羽交い絞めにしようとして体が持ち上がったのだが、常時展開している防御魔法に阻まれて絞めるには至っていない。


「あ、あの、ななな、何をされているのでしょうか?」

「ちぃ! お前ら手伝え!」


 三人がかりで私を拘束しようとしてくるのだが、魔法を纏っていない状態で不用意に私に触れることはできない。

 ……もしかして……この人たち、私のこと、騙してた?


「あの、何をされているんですか? 離れてもらえますか?」


 暖簾に腕押し状態となっていた彼らは、やがて諦めたと思ったら顔を見合わせて逃げ出してしまった。


「あっ! ちょ、ちょっと」


 やっぱり、私、騙されてたんだ……。


 誰もいなくなってしまった通りでため息をついてしまう。

 騙されていたこと自体はあまり気にしていない。

 元々無茶なお願いをしてた身だし、もやもやとした気持ちがないかと言われたら嘘になるが、そんなことより今はやるべきことがある。


 はぁ……、結局振り出しか……。

 このまま、私落ちちゃうのかなぁ……。


 涙が出てきていたところで、背後から声をかけられた。


「ねえあなた、勇者学園の受験生?」


 話しかけてきたのは二十代の女性で、そのほかにも男が二人いる。


「え!? あ、は、はい、そうですけど……」

「ぶっ! あっはははは! まさかホントに「はい」って言う奴がいるなんてねっ!」


 三人になぜだか大笑いされてしまった。


「え? えっと? え?」

「はんっ、まったくどこの田舎娘よ。番号札を持ってるか否かが重要なのに、わざわざ正直に答える馬鹿がいるとは思ってなかったわ」


 あっ……、そっか。

 この試験は誰が受験生であるかがわからないところがポイントとなる。

 なので、たとえ受験生であったとしても、この問いかけにいいえと答えるべきだ。

 一般人も当然いいえと答えるから、はいと答えた段階で相手が受験生だとわかるのか。


「さっ、札を渡しなさい。素直に渡すんなら痛い目を見ずに済むわ。でも、抵抗するんなら――」


 三人とも武器を構えてくる。

 男の方はハンマーと剣、女の人は鞭のようだ。


「お、お断りします!」

「ふっ。どうやら本物の馬鹿のようねっ! あんたたち、行きな!」


 男二人がその言葉を待っていたとばかりに飛び出してくる。


 えと、殺しちゃダメだから、でも、札は――って考えてる時間ないしっ!


「【ブレスファントム】!」


 エルガさんとの訓練の賜物であろうか。

 思考せずとも、魔法を瞬時に発動できた。

 男どもが瞬き一つをする間もなく壁に激突する。


「へ?」

「あっ!」


 ヤバいーっ!

 壁にすんごいめり込んでるっ!

 死んでないよね??


 相手を死傷させた場合は失格だし、そもそも人殺しなんてしたくない。


「あ、あんたっ! 何もn――」

「【アクセルバースト】」


 待っている余裕がないと判断した私はすぐさま地面に倒れる男どもの元へと飛び寄る。

 幸いにも死ぬような状態ではないようだ。


 はぁ……。よかった。死んでない。

 しかし……まさか防御魔法もかけてないなんて……。

 油断が過ぎる気がするのだが……。


「はんっ! よそ見とはいい度胸だな! 喰らいなっ! 【マジックロック】!」

「封印魔法?」

「そうさっ! あんた魔法使いだろ? 残念ながらあたしは封印魔法の適性者。魔法の使用は封印させてもらったよ」


 そのまま女性が鞭を振り回しながらこちらへ飛び込んでくる。


「さっさと札をよこしなっ!」


 だが、私は彼女の振るう鞭を片手で受け止めた。


「へあ!!?」

「鍛練不足ですね。目をつぶってても音だけで追えそうな速さでしたよ。それに、封印魔法ってそういう魔法じゃないです。【アクセルバースト】」


 加速魔法で一気に女性の元へ。

 ビーゼルさんとの戦闘で鍛え上げた体術により、すぐさま腕を取って組み伏せることに。


「【ホールドクラスト】」


 拘束魔法をかけて身動きを取れなくする。


「くそっ! このっ! なんで魔法が使えるっ! 放せや! このガキがっ!」


 あぅぅ。

 この人怖い。

 でも、怖がってばっかりはいられないよね。


「ふ、札を頂きます。わ、悪く思わないで下さい」

「ふざけんなっ! てっめ! ぶっ殺してやるっ! 試験期間はまだあんだぞ! 必ずてめぇを見つけ出して殺してやるっ!」


 彼女の懐に札があるのを見つけて、それを大事に鞄へとしまう。


「こ、殺したらあなたも失格になりますよ?」

「知るかボケェ! 試験に受かんなきゃ全部終わりだろうがっ! 学園の試験は今年で最後。落ちたら終わりなんだよ! だったらてめぇも巻き添えだ!」


 意味もなく、そんなことを……?


「そ、そしたら、私も自分たちの身を守るためにあなた方に危害を加えることにします」

「はんっ! 田舎娘に一体なに――」

「【アストラルブレイク】」


 女性が手にしていた鞭に分解魔法をかける。

 すると鞭は砂へと変化してそのまま風に吹かれて飛んで行ってしまった。


「分解魔法と言います。人間にかけると皮膚がバラバラになって、肉が溶けていきます。それはそれは痛いそうです。一度だけ魔物に使ったことがありますが、のたうち回りながら長い時間をかけて死に絶えました」


 あまりの残虐性に、それをやったあとは一週間ほど、その魔物を供養しながら後悔したものだ。


「次来たらこれを使います。……それか、次でなくとも今ここで――」


 彼女の腕を掴んで、今ここでやってみせるぞと態度で示す。

 むろんそんなことをするつもりが、それだけで女性の顔は青くなってしまった。


「ひ、ひぃぃぃ! や、やめてくれっ! わかった、もう何もしない! しないからっ!」

「こ、これに懲りたら、悪いことはしないで下さいね」


 そのまま私は小走りでそこから逃げていくのだった。


 はぁぁ。

 そっか、気付いてなかったけど、札を取ったら残り期間も逃げ続けなきゃいけないのか……。

 ずっと逃げ続けるのは疲れそうだけど、頑張るぞ!

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