第10話 凶悪な魔獣

 二人して街はずれの森にやって来て、目的のバパルの群れを発見する。

 バパルは首の長い犬のような魔物で、鋭い牙と群れで連携してくるところが脅威となる。

 が、私は何度も戦ったことがあり、目を瞑っていても倒せるような相手だ。


「しかし、珍しいわね。バパルがこんな人里にまでやってくるなんて」

「そうなんですか?」

「ええ。普通は森の奥地でしか見ない魔物よ。とりあえずミュリナは後方から魔法を撃っていて。私が前衛を受け持つ」

「わ、わかりました」


 そのまま彼女は剣を引き抜いて魔物の群れに突撃していってしまう。

 人族の彼女は魔法があまり使えないのであろうか。

 剣技のみでバパルたちの相手をしているが、腕前レベルは相当高いように見える。

 しっかりと訓練された剣という印象があり、彼女は日々の鍛錬を怠っていないのであろう。


 私はメイリスさんの死角に回り込もうとする敵のみを適当な魔法で排除していき、メイリスさんの負担が増えないように立ち回る。

 すると三十匹近くいたバパルはあっという間に排除されてしまうのだった。


「あ、ありがとう、ございます。ぜ、前衛を、受け持ってもらって」

「構わないわ。ただ――」


 メイリスさんが訝し気な表情を浮かべる。


「ねぇ、あなたって相当強い?」

「い、いえ! そ、そんなこと、ないですよ。ふふふ、普通です」


 世の中における自分の強さがいかほどであるかはわからないが、可能な限り実力は隠した方がよいであろう。

 万が一注目を集める存在になってしまった場合、魔王であることがバレてしまうとも限らない。

 そうなってしまえば、勇者学園への入学はおろか、入学試験すら受けさせてもらえないであろう。


「……そう。気のせい、か。いえ、何でもないの、気にしないで。そしたら帰りま――」


 グォォォォォォ!!!


 その瞬間、地を揺るがす咆哮が鳴った。


「なに!?」


 木の影から姿を現わしたのは、長剣六本分はあろうかという巨体。

 全身を黒毛でおおわれたそれはデイゼルアと呼ばれる凶悪な肉食獣であった。

 コイツの存在は、私も本の中で見たことがある。


「デイゼルア!? なんでこんなところにっ!?」


 殺人的な牙と爪もさることながら、ヤツの真価は防御力にこそある。

 あの黒い体毛は鋼よりも硬いものとなっており、まともな武器では歯が立たない。

 では魔法攻撃が有効かというとそういうわけでもなく、ほとんどの攻撃は弾かれてしまうのである。


 エルガさんに本の中で教えてもらった凶悪魔獣を目の当たりにして、私は足がすくんでしまった。


「くっ! あれから逃げて来てバパルの群れが現れたってことかっ! ミュリナ、振り返らずに今すぐ逃げなさい!!」

「で、でも、メイリスさんは?」

「私がここで時間を稼ぐ! 行きなさい!」

「そ、そんなっ! できませんよ!」


 そう述べると、メイリスさんが優しい笑顔を向けてくる。


「ミュリナ、私のことを優しい人間だと言ってくれたこと、本当にうれしかった」

「メイリスさん……」

「無力な私だけど、人々を守るべき立場の者として、まずは目の前にいるあなただけでも救ってみせる!!」


 剣を引き抜いていく。


「さあ魔物! 私が相手だっ! 命を賭してもここは通さない!!!」


 全身全霊の気迫と共にメイリスさんが突撃していく。


 無謀だ。

 デイゼルアに金属武器は通用しない。

 案の定、激しい打ち込みをデイゼルアへとお見舞いしていくも、ダメージが入っているようには見えない。

 対するメイリスさんは、戦えば戦うほどに生傷が増えていく。


 このままでは彼女がもたない――。


 なんて思っているのも束の間、デイゼルアの爪がまともに入って鮮血が舞った。

 左腕が使い物にならなくなって、それでも剣を振るっていくが、今度は足を負傷。

 メイリスさんが地面へと倒れしまい、それでも剣を振り続ける。

 僅かな時間でも、私が逃げる時間を稼ごうとしてくれているのだ。


 なんで。

 なんでそんなことするの?

 どうして私のために命なんて懸けられるの?


 尻尾攻撃により彼女の剣は粉々に砕け散ってしまい、おまけに彼女は叩き飛ばされて、地面へと倒れ伏す。

 もはや万策尽きた。

 彼女の余命は残りわずかだ。

 そんな彼女の余命を縮めるがごとく、デイゼルアの牙が迫っていく。


 風前の灯火となる彼女の命を目の当たりにして、走馬灯を見るかの如く時間が止まっていった。


 命を懸けて私を助けようとしてくれている。

 なのに、私はどうなの?

 竦んだ脚は未だに一歩も動いていない。


 エルガさんの言葉が脳裏をよぎる。


『人生は踏み出さない一歩よりも踏み出す一歩の方が価値があります』

『どうか悔いのない人生を送って下さい』


 私の人生。

 私のなりたいものって、なに?

 私は――。


 体が勝手に動いた。



「ダメェェェ!! 【ファイヤーランス】!」


 無我夢中で初級も初級の炎魔法を放ってしまった。

 デイゼルアには魔法がほとんど効かない。

 おまけに、こちらが攻撃をすれば、当然ヤツも私を敵視してくるであろうに。

 ならばこれは自殺にも等しい行為だ。

 それでも、彼女を死なせたくないという想いが私を突き動かした。


 思わず手慣れた初級魔法を出してしまったが、これは意味がない。

 ならば私が思いつく最強の魔法で――


「キャヒィぃン!!」

「……へ?」


 ファイヤーランスが激突すると、まるで犬があげる悲鳴のような鳴き声を発して、デイゼルアは地面に倒れてしまった。

 そのまま、動かぬ屍となってぐったりとしている。


「ぇ……? あー……。え? うーん……」


 頭をポリポリと掻いてしまう。


 ……。

 しばらく考えて、合点が行く。


 そっか、効いてないと思ってたけど、メイリスさんの攻撃ちゃんと効いてたんだ。

 もう瀕死だったってことかな。

 ってことは、トドメだけ私がかっさらっちゃったって感じ……?


 頭の上にクエスチョンマークをいくつも浮かべながらも、今は他にやるべきことがある。

 メイリスさんの元へと駆け寄って、さっそく回復魔法をかけていく。

 出血こそ酷いが、傷さえ塞いでしまえば死ぬようなケガではない。


 その後、どうしてデイゼルアが倒れたのかに未だ疑問を持ちながら、生成魔法で担架をつくって気を失っている彼女をレングリアの街へと運んでいくのだった。


  *


 ギルドに着くのとほぼ同時にメイリスさんは目を覚ます。

 戦闘の記憶が残っていたのか、ガバッと体を起こして周囲を確認していた。


「ここは……、ギルド!? デイゼルアは!?」

「あっ、メ、メイリスさん。か、体の方は大丈夫ですか?」

「そんなことよりもデイゼルアはどうした!?」

「あ、えと、その……」


 私を問いただしてくる彼女のところに受付嬢さんから声がかかる。


「メイリス様! ご無事ですか?! 一体どうされたのですか?」

「あ、ああ。バパル討伐していたら、デイゼルアが現れたんだ。それで……」

「デイゼルア!? あの勇者や魔王でなければ倒すのも難しいと言われるデイゼルアですか!?」


 魔王!?

 マズい!

 デイゼルアを討伐したなんて言ったら私の身元が調べられちゃうかもしれないっ!


「ああ。そうだ。だが、今ここにいるということは……ミュリナが倒したのか!?」

「あぅ」


 多くの視線がこちらへと集まってきて、額に脂汗を浮かべてしまう。

 私はとどめを刺しただけで、デイゼルアを瀕死状態にまで追いやったのはメイリスさんだ。

 それにここで私が倒したなんて言ってしまおうものなら、コイツ実は魔王なんじゃね? と疑われかねないっ!

 なので、適当な嘘で誤魔化すことにした。


「お、覚えていませんか? メ、メイリスさんが、意識を朦朧もうろうとさせながら、デ、デイゼルアと刺し違えたんですよ?」

「え? ……そう、なのか。私が……倒した?」

「は、はい。そ、そのまま気を失って、しまって」

「だ、だが、私はどうやって助かった?!」

「あ、あの、私、回復魔法はだいぶ得意な方でして」

「回復魔法が……?」


 未だ釈然としていない彼女のところに受付嬢さんから声がかかる。


「やはりメイリス様が討伐されたのですね! さすがはここリベルティア領で最強の御方ですね!」


 周囲には冒険者たちが群がってきており、口々に彼女へと賛美の言葉を送っていく。

 たしか、リベルティアとは彼女の苗字だったはず。

 さしずめ、彼女はここの領主の娘といったところであろうか。

 その本人は、倒した実感がないからかぽかんとした表情を浮かべていた。


 みなの注目が自分から彼女へ移っていくのを感じ取り、息を吐き出してしまう。


「もしデイゼルアが街にまで来ていたら、我々はなす術なく全滅していたところでしょう。我らをお守りいただき、誠にありがとうございます」

「あ、ああ……」


 メイリスに対する尊敬の眼差しは分厚いもので、彼女は相当民衆から信頼されているのであろう。



 その後、受付嬢さんからデイゼルア討伐も含めた高額報酬を受け取って、二人でそれを分けることとなった。


「ミュリナ、約束通り半分だ」

「い、いえ! デイゼルアはメイリスさんが倒されたものです。私はバパルの報酬の半額だけでいいです」

「そう言うな。私を治療してくれなかったら、私はあそこで死んでいた。この報酬は君のものでもある。それか治療に対する謝礼ととらえてもらっても構わない。どうか受け取ってくれ」

「あぅぅ……。じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」


 当初の想定よりだいぶ財布が膨らんだので、ここでの目的はおおよそ達成だ。


「ミュリナはこれからどうするの? ここレングリアの街に居を構えるの?」

「あ、いえ、その、行ってみたいところがあって」

「行ってみたいところ?」

「は、はい。ミストカーナに行こうと思ってまして」


 ミストカーナの名を出すと、メイリスさんが目を光らせる。


「ミストカーナに行くの!?」

「えっ、あ、はい」

「そっか。その……よかったら、一緒に行かない?」

「い、いえいえ! さすがにこれ以上お世話になるわけにはいきません!」

「そうじゃなくて、私も実は三日後にミストカーナへ発つ予定だったの。良ければ一緒に行けたらと思って」

「そ、そうなんですか。ですが、ミストカーナには一体何を?」

「決まってるじゃない! この時期にミストカーナに行くなんて目的は一つ! 勇者学園に受験するのよっ!」


 同じだったんだ。


「あなたもそうなんでしょう!? あなたの回復魔法ならきっと受かると思うわ! 一緒に行きましょう!」

「あぅ、え、ええと、そ、それでは、よ、よろしくお願いします」


 誰かと一緒に旅するというのは何とも気を遣いそうではあるが、メイリスさんはとてもいい人そうなので問題ないであろう。

 私は小さくなりながら彼女と握手を交わし、行動を共にするのだった。

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