第9話 冒険者登録

 ようやくメイリスさんが言っていたレングリアの街にまでやって来た。


 道中なぜだか得体の知れない雲に襲われて魔王になってしまったが、そんなことは一切気にせず勇者を目指していくつもりだ。

 ……と思っているものの心のどこかに「私魔王だったんだ」という黄色い感情は眠っていた。


 いずれにしても、財布の中が心許ないので、この辺りで少しは稼いでおかねばならない。

 そのためにはやはりギルドに行くのが手って取り早いであろう。


 もはや角無しであることを隠す必要もなくなったため、フードをかぶらずに堂々とギルドの中へ入っていく。

 すると、男どもの何人かは私に下劣な視線を向けてきた。

 自分の容姿が良いのは喜ぶべきことだが、魔族とか人族とか関係なく、どこの世界にもいるものだなと思ってしまう。

 気にしないでそのまま進んでいくと、幸い受付嬢さんは人の良さそうな方であった。


「こんにちは。新顔ね? 冒険者になりたいの?」

「あ、えっと、こここ、こんにちは。その、依頼を探していまして」


 ギルドは魔族領でも何度か利用していたため、受付での話し方はある程度わかっている。


「依頼? もう冒険者なの? あなたランクは?」

「へ? ラン……ク?」


 わかっているつもりだったが、どうもシステムが違うらしい。

 そんなもの魔族領ではなかった。


「やっぱり新顔じゃない。まずは登録からよ?」

「えっと、ごごごめんなさい、よくわかってませんでして」

「冒険者はランクがFからSまであるの。言ってしまえばあなたの信用度ね。駆け出しはみんなFランクからで、信用度が低い状態よ。実力があるかもわからないし、責任をもって依頼をこなしてくれるかもわからない。けど、依頼をやっていけば、冒険者としての信用度――つまりはランクがあがっていくわ」

「えっと、つ、強い魔物とかを倒せばいいってことでしょうか?」

「まあそれもあるけど、着実に依頼をこなすってのも重要よ。実力がある人って往々にして自分の強さを鼻にかけているの。そういう人は責任感がないから、依頼を最後までやってくれるかわからない。そうなると信用度の低い人と評価せざるを得なくなるわ」


 なるほど。

 つまり実力があって、ちゃんと最後までやり通せる人が高ランクになれるというわけか。


「ランクは人族領の全地域で共通よ。あなたを知らない人でも、あなたのランクプレートを見せれば信頼に足るかどうかを判別できるってわけ」

「な、なるほどぉ~」

「じゃあ、まずは登録からね。手数料は20デルよ」

「あっ……は、はい……」


 そっか、登録料なんてかかるんだ……。

 さらに出費は痛いなぁ。


「はい。これがあなたのFランクプレートよ。そしたら、依頼はどういったものがご希望?」

「討伐系の依頼ってあったりしないでしょうか? 欲を言うと報酬が高いのが望みなのですが」

「……。あるにはあるけど、さっき話したでしょう。まずは着実に依頼をこなすべきよ?」

「えっと、私、討伐経験が3回ありまして。そのときはベッコウとシュウガを討伐しました」


 いずれも大型犬くらいの大きさの魔物で、駆け出しの冒険者が相手にするような魔物だ。


「ならベッコウの討伐依頼があるから、それでどう?」

「あの、できれば、もう少し難度の高いものがいいのです」


 ベッコウ討伐の報酬が大した額でないことはもう知っている。

 正直ベッコウはかなり弱かったので、もう少し強い魔物でも問題ないであろう。


 だが、それを聞いた受付嬢さんの顔色が曇っていった。


「あなた、他にメンバーは? ソロなの?」

「は、はい。そうです」

「うーん、ソロで討伐経験が三回ねぇ。……あのね、討伐クエストってあなたが思っている以上に難しいのよ。悪くすると大けがを負ったり、死んじゃうことだってあるのよ? それでもいいの?」

「あ、で、ですが私なら大丈夫です」

「あなた、身なりから魔法使いね。適性は?」

「あ、あぅぅ」


 私は適性がない。

 けど、それをこの場で言おうものなら間違いなく依頼は受けられなくなってしまう。


 この受付嬢さんは冒険者のことをよく観察しているようだ。

 止めるべきところはちゃんと止めに来ている。

 今回に限っては困ってしまうが。


「やっぱり討伐向きの適性じゃないんでしょ!? ならギルドとしても依頼を出すわけにはいきません。我々だって、いちおう冒険者の方々の生命には配慮しているんですよ」


 ど、どうしよう……。

 このままだと依頼がこなせなくてお金が足りなくなる。

 今のお財布状況で勇者学園があるミストカーナの街にまで行くのは不可能だし、それどころかここで宿を取るのも大変そうだ。


 ヤバい、とりあえずベッコウの狩りだけでもして、この受付嬢さんからある程度認められるようになった方がいいかなぁ。

 でも、勇者学園の入学試験まであんまり時間もないだろうし……。


 そんな風に私がウジウジ悩んでいると、背後から聞いたことのある声が聞こえてくるのだった。


「ならば私が同行するわ。それで構わないかしら?」


 振り返ると、そこには関所で見た女性が立っていた。

 相変わらずの綺麗な金髪をたなびかせながら、優し気な微笑みを浮かべている。


「メ、メイリスさん!? どうしてここに?」

「メイリス・リベルティア……様!!?」


 受付嬢が悲鳴に近い驚愕の声をあげている。

 様付けで呼ばれているということはやっぱりこの人は偉い方なのであろう。

 それどころか、周囲にいる冒険者たちもヒソヒソ声で彼女のことを話している。


「ごめんなさい、やっぱり気になって、追いかけてきてしまったわ」

「気になって……?」

「ええ。元奴隷だったあなたではまともな職に就けないだろうと思って」


 メイリスさんが受付嬢の方を見る。


「で? 私がついていれば構わないでしょう?」

「も、もちろんです! では……バパルの討伐などでいかがでしょうか? 群れで近隣の農地を荒らしているらしく、急ぎの依頼となっておりますので報酬も割高です」

「わかった。それでいい?」

「あっ! は、はい。すみません、お気遣い頂いて」

「構わないわ。じゃ、行きましょう」


 歩き始める彼女に連れられて、街の外へと出かけていく。


「しかし、いきなり魔物討伐の依頼をしていくとは思っていなかったわ。下働きもあったのに、どうして魔物討伐を?」

「え゛!? あぅ、えと、それは……」


 まずい……。

 ずっと奴隷だったって設定なのに、討伐依頼をこなそうとするのは不自然だ。

 背中を冷たい汗が伝っていく。


「え、えっと、それは、その――」

「いえ、ごめんなさい。嫌な思い出を掘り返してしまったわね」

「……へ?」

「奴隷の時に無理矢理戦わされていたのでしょう? たしか肉体労働と言ってたわね? 戦うことしかわからないってわけね……」


 全然違うけど、渡りに船だ!


「あっ! そ、その通りです!」

「安心して。この依頼は私が主にこなすわ。報酬はあなたが全額もらっても構わない。それでしばらくは生活できるはずよ」

「そ、そんなっ! 二人でやるんですから、私もちゃんと戦います。それに報酬も二人でやるんでしたらちゃんと半分ずつですよ!」

「でも、お金に困っているんでしょう? もうバレているかもしれないけど、私は貴族なの。金銭は必要ないわ」


 やっぱりそうだったのか。

 でもそれとこれとは別の話だ。


「で、ですが、何もやらないで報酬だけもらうなんて、そんなの私が納得できません」

「その……罪滅ぼしだと思って受け取って欲しい。私は……わかっていながらあなたを送り出してしまったの」


 メイリスさんが顔を大きくしかめる。


「わ、わかっていながら……? な、なにがでしょうか?」

「関所には逃亡奴隷が多く来るの。けど、その者たちのほとんどは人族領で幸せになれない。残念ながら、難民のすべてを救えるほどの財政的な余裕はないの。せっかく逃げて来たのに、野垂れ死んでしまう者も多くいる」

「でも、私のことを助けてくれているじゃないですか」

「それは私が貴族だからよ! あなたたちを守るべき立場にある。……身勝手な話だけど、同い年くらいの女の子が辛い思いをするのを見たくなかった。あなたくらいの年齢だと、生きていくためにはほぼ間違いなく体を売るしか手がなくなる。そんな現実から私は目を背けてしまっていて、それがすごく後ろめたいことに思えた」


 メイリスさんは目を伏せてしまう。


「至らない貴族で、本当にごめんなさい……。本来なら私たちがちゃんと政策をつくって、然るべき備えをして、不幸な人間が出ないようにしなければならないのに……」


 私に向けた言葉というよりは、自分に向けた言葉であろう。

 俯きながら力不足を呪うかのように手を握りしめている。

 彼女のそんな姿を見てしまったから、私は黙っていられなかった。


「そんなことないですよっ! 私のこと、ここまでして助けてくれているじゃないですか!」

「で、でも、私は――」

「後悔したからここまでしているんですよね?! それができるのはメイリスさんが貴族だからじゃなくて、メイリスさんが優しい人間だからですよ。全然至らなくなんてないです!」


 彼女は出会った時からそうだった。

 人を助けるのを当たり前のようにやろうとしている。


「……。ふっ、本当は私があなたを慰める立場にあると言うのに、慰められてしまったわね。ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ」

「あっ! い、いえ……」


 途端に恥ずかしくなってしまい、明後日の方を向いてしまう。

 自分は一体何を語っているんだ。

 そもそも私は元奴隷どころか人族ですらなくて、彼女のことを騙している。

 自分が嘘をつかなければ、メイリスさんがここまでのことをしないで済んだというのに。


 けど、この嘘を話してしまったら、たぶん私とメイリスさんは敵対しなければならなくなる

 魔族と人族はそれほどまでに仲が悪いとエルガさんから教えられていた。


「ところで……。あなたその荷物はどうしたの?」

「あっ……」


 あー!!

 ヤバいっ!

 身分証以外何も持っていなかったというのに、これは明らかに不自然だ。

 なんと言い訳したものか……。


「こ、これは、その、メ、メイリスさんと同じように、すごく親切な方がいらっしゃいまして……」

「そうなのね! 我が領内の民に心優しい人間がいることは喜ぶべきことだわ!」

「あぅぅ」


 ごめんなさい、嘘です。

 元々私が持ってたものです。


「さっ。そろそろ目的の場所につくわね。周囲に気を配りながら歩いて」


 苦い顔となりながら、私たちは森へと入っていくのだった。

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