第4話 訓練の日々

 エルガさんの家に来てから半年ほどしたころ、私とエルガさんの住む山奥の家に、とある男性が訪問してきた。


「おお、来てくれましたか。わざわざ申し訳ありませんね」

「何をおっしゃいますかエルガ様。あなた様の頼みとあらばこのビーザル、一肌でも二肌でも脱いで見せますとも」


 そんな風に笑顔を向けるビーザルと名乗った男は四十代くらいの魔族であろうか。

 騎士を思わせる凛々しいたたずまいをしており、エルガさんに向かって礼儀正しい挨拶をしている。


「それでこの子が例の子ですか」

「はい。ミュリナさん、ご挨拶をしてもらえますか?」

「あっ、は、はいっ。 ミュリナ・ミハルドと申します」


 対外的に、私はエルガさんの養子ということになっており、エルガさんの性であるミハルドを名乗っている。


「ビーザル・デルスケンだ。よろしく頼む。俺の訓練は厳しいから覚悟しておけよ!」

「へ? く、訓練?」


 私がキョトンとしていると、エルガさんが補足してくれる。


「失礼しましたミュリナさん。彼にはあなたに魔法以外の戦闘訓練をつけてもらおうと思っています。魔法と一般常識でしたら私が教えられるのですが、近接戦闘技術ですと私に教えられることがなくて」


 エルガさんがそう言うと、なぜだかビーザルさんはぎょっとした表情となっていた。


「そ、そうなのですか」

「むろん、戦闘などしないに越したことはありません。ですが、例えば将来、私が天寿を全うして先だった時、あなたが一人で生きていくともなればきっと役に立つことでしょう」


 たしかに、エルガさんの正確な年齢は知らないが、老い先が何十年もあるようには思えない。

 一人で生きていくともなれば、この山には魔物も出るため戦える方が何かと都合がよいであろう。


「わかりました。ありがとうございます。いろいろとご配慮いただいて」

「いえいえ、構いませんよ。あなたにはただでさえお世話になっておりますからね」


 最近、私の魔法が上達してきたことで、家事全般とエルガさんが持つ畑の面倒のほぼすべてを私が見れるようになった。

 むろん作業自体は二人でやっているが、彼に対してこんな形で恩が返せるのであれば願ってもないことだ。


「それではミュリナ、早速始めたいと思う」


 そう述べて、ビーザルさんが木刀を放ってくる。


「身体強化魔法のみ使用して良い。まずは全力で俺に打ち込んでこい」

「わ、わかりました」


 とは言ったものの、どうやってやればいいのだろうか。

 私は木刀も含め剣を握ったことがほとんどない。


 だが、うじうじ考えたところで仕方がないので、適当に思いついた身体強化魔法を行使してまずはやってみることにする。


「ほ、本当に、これでビーザルさんを叩きに行っていいんですよね?」

「ああ、斬り伏せるつもりでこい」

「わ、わかりました。で、では行きます」


 集中して目を見開く。


「――【アクセルバースト】」


 その瞬間――、



 地面が爆ぜた。



 瞬き一つもしない間にビーザルさんの目の前にまでたどり着き、思いっきり剣を振るう。

 寸でのところでこれを避けられてしまい驚きの表情とともに返しの太刀が迫るが、それは何となく想定していた。

 なので――、


「【ワイドステップ】」


 俊足移動できるこの魔法でビーゼルさんをかく乱しながら死角方向へ。

 今度は横なぎに剣を振るっていく。


 だが、死角方向からというのが逆にわかりやすかったのであろう。

 木刀で受け止められてしまう。

 このままでは体重差で私が競り負けてしまうので対策魔法を。


「【リバースリコイル】」


 反動反転の魔法により、逆に相手を吹っ飛ばす。

 距離が空いたところでまたも突貫魔法。


「【アクセルバースト】」


 そうやって打ち合いになれば反動反転で吹っ飛ばし、アクセルバーストで奇襲をかけ、ワイドステップでかく乱していく。

 これならば負けることはないと思っていた。


 けど、相手はあのエルガさんが呼ぶ人物名だけあってやはり手練れだったのであろう。

 何回かそれをやったところ、突っ込んだところに合わせられて剣を弾き飛ばされてしまうのだった。


 肩で息をするビーザルさんが、呼吸を整えてからこちらにやってくる。


「見事な腕前だ、ミュリナ。剣を握ったのはいつ頃だ?」

「え、えっと、一か月前にエルガさんと訓練をしたときが初めてです」

「い、いっかげ……!? いや、そうか……」


 ビーザルさんがエルガさんの方を向く。


「相変わらずあなた様という方は意地が悪い」

「ほっほっほ。言ったではありませんか。私ではもう教えられることが何もないと」


 ……何の会話をしているのだろうか?


「はぁ、まったく……。ミュリナ、これから剣の訓練の際には、魔法の使用は一切禁止だ。剣の技術と魔法の近接戦闘技術は別の軸にある。剣の技術のみを磨くことに集中するように」


 その言葉を聞いて、ああ、そういうことか、と思う。

 魔法に頼った大したことのない剣だから、そこをまずは何とかしろ、という事なのであろう。


 推測ではあるが、エルガさんはビーザルさんよりも強いのではないだろうか。

 そのエルガさんが「教えることがない」というのは「まだ教えるに足るレベルではない」という意味にも聞こえる。


 ならば、まずはビーザルさんとの訓練でしっかり剣の技術を身に着けるべきなのであろう。

 他ならないエルガさんに失望されたくはない。


「ところでミュリナ、お前は将来なりたいものとかやりたい仕事はあるか? もしよければ、騎士なんて目指してみないか?」

「え?! そ、それは……」

「これこれビーザルさん、勝手なことをしないで下さい。彼女の人生は彼女が決めることです。我々が口を挟んでよいものではありませんよ」

「で、ですがエルガ様……。いえ、失礼しました。おっしゃる通りですね」


 その日から、私の訓練メニューには剣も加わることとなった。

 魔法をエルガさんに教えてもらって、剣をビーザルさんに教えてもらうといった具合だ。

 ちなみに、ビーザルさんは私たちが住む家から一番近くの村に宿をとっているらしく、そこから毎日訓練をつけにやって来てくれるのだった。

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