第3話 無適性者

 ある朝、朝食を済ませたあと、私はエルガさんに呼ばれた。


「ミュリナさんは魔法に興味はございませんか?」

「え゛!? えっと、きょ、興味はありますが、私は適性が……」

「これまで、魔法を使ったことはございますか?」

「いえ、一度も。家では使おうとすると酷い罰を受けましたので」

「では何かしらの教育を受けたことは?」

「ありません」


 そうですか……と言いながら、エルガさんは考え込んだ後、私の手を引いてくる。


「では、少し訓練をしましょうか。外に出て来てください」


 適性がないので、訓練もなにもないであろうに。

 私は小さくなりながらも彼に連れられてとりあえず外に出る。

 すでに金属製のまとが木に吊るされていた。


「まずは私に倣って魔法を行使してもらえますか?」

「え? で、でも……」

「では、行きますよ。【ファイヤーランス】」


 炎の槍が出現し、見事的に命中する。


「何も考えず、まずは詠唱してみて下さい。人生何事もやってみないとわからないものですよ」


 目を伏せながら、断るわけにもいかず、唱えることにする。


「……【ファイヤーランス】」


 蚊の鳴くような声とともに現れたのは七色に輝くの大量の火花であった。

 それが手から噴き出して、想定外の事態に気が動転してしまう。


「うわっ! えっ!? な、なにこれっ!? えぇ!?!」

「落ち着いて下さい。魔法はじきに収まりますよ」


 長いと思える時間が過ぎて、火花は収まっていく。


「やはり、あなたはちゃんと魔法が使えそうですね」

「えっと……これは?」

「幼い子どもが魔法力を試すときに使う魔法です。ファイヤーランスは通常炎の槍を飛ばす魔法ですが、魔法の制御が不十分ですと今のように火花となります。ですが、魔法力のない方はそもそも火花すらでません」

「で、でも、私、適性検査では何の適性も……」

「やはりあれを気にされてましたか。適性検査はあくまで検査に過ぎませんよ。あまり気にされる必要はありません」


 気休めを言われているのであろうか。

 そんな私の表情を読み取ったのか、エルガさんがさらなる補足をしてくれる。


「そうですね……。例えば、ある方の炎の適性が110でそれ以外の魔法適性が0だったとします。すると水晶は、この方の適性は炎だと言ってきます。一方、炎の適性が110でそれ以外の魔法適性が100だった場合。この時の水晶はどうなると思いますか?」

「……炎の適性を示す?」

「その通りです。どちらも確かに炎の適性者ですが、前者は炎しか扱うことができないのに対し、後者はあらゆる魔法を扱えるオールラウンダーとなります」

「オール……ラウンダー……」

「では、このオールラウンダーの方が炎の適性も100だった場合どうなると思いますか? すべての魔法適性が100の場合です」

「えっと…………?」

「水晶はなんの適性も示さないんです」

「それって、つまり――」

「水晶の適性検査はあくまで相対評価にすぎないんですよ。魔力の絶対値は示してくれません。極端な話をすれば、炎の適性が10しかない者にも炎の適性を示し、全属性が10000の者には何の適性もないと評価します。相対的に最も優れた適性を明示するので、全属性が同じ適性値の者には適性を示さないんですよ。むろん、そういった方は稀ですがね」

「じゃあ、私は……」

「はい。お察しの通り、あなたは全ての魔法に適性のある非常に稀有けうな方となります。通常、そんな方はいないため、水晶が適性を示さないと、魔法適性がないんだと誤解されてしまっているんですよ」


 エルガさんの言葉に希望が湧いて来る。

 その表情の変化を読み取ったのであろう。

 エルガさんはしゃがんで私と目線の高さを合わせてきた。


「あなたはきっと魔法に天賦てんぷの才を持っております。どうか自信を持って下さい」


 素直にその言葉が嬉しかった。

 エルガさんは優しいので、きっと私を持ち上げるための言葉であろうが、それでも褒められるなんて人生で初めてのことだったから。


「さて、そうしましたら、今日は魔法の基礎を少し勉強してみますか?」

「はいっ! 是非お願いします」

「では、もう一度ファイヤーランスを唱えてみてください。その際に手の先にいつもとは違ったピリピリとした感覚があるはずです。それを感じとるところから始めてみましょうか」


 それについては先ほど気になっていたところだ。

 ファイヤーランスを唱えた際に、まるで指先の内部を風が通り抜けていくような感覚があった。


「それをどういう風に制御するんでしょうか?」

「ふふ、ミュリナさんはせっかちですね。まずは感じるところからですよ。感じ取れるようになったら、次はその流れ出る量を細くしたり太くしたりして魔法量を制御していく。最後に槍の形状をイメージしながら魔力を打ち出す感覚を養う、と言ったステップになりますでしょうか。まあ、今日は感じとるところからでいいですよ。だいたいこの感覚を掴むのに二年を――」

「【ファイヤーランス】」


 言われた通りに詠唱すると、炎の槍を本当に顕現することができた。


「うわぁ! すごいですエルガさん! 本当にできました! 次はこれをどうするんですか!?」

「え゛!? ……あ、ああ。えっとですね。それを的に目掛けて打ち出す感覚で放ちます。まあ、最初はあらぬ方向に――」


 ダァン!!


 私は反動で吹っ飛ばされてしまった。

 放ったソレは的から逸れる方向へ飛んだというのに、誘導性能でもあるかのごとく的へと吸い寄せられ、見事それを貫いたのである。


 けど……、


 一連の結果を目の当たりにし、エルガさんの顔が強張っていくのを見て、的へと視線が行く。

 的には大きな穴が空いてしまっており、もはや再生は不可能だ。


 おそらく、本来であれば威力をちゃんと制御した上で、壊れないように練習するに違いない。

 背筋が凍っていく中で、すかさず頭を下げて謝る。


「ああっ! ご、ごめんなさいっ!!」


 今までだって何度も頭を下げてきたが、他ならぬエルガさんには嫌われたくないと思えたので、必死に謝罪を行っていく。


「……どうして謝られるのですか?」

「わ、私の魔法制御が不十分で、ま、的を……壊してしまって……。べ、弁償しますっ! いつになるかはお約束できないですが、ちゃんと、お金を溜めて……」


 尻つぼみになる私の言葉に対し、エルガさんの手がこちらに向かって来る。

 反射的に殴られると思って、目をぎゅっとつむってしまった。

 だが――、


「気にしないで下さい。そもそも、他に用途のなくなった金属端材です。そんなに怯えないで下さい」


 殴られると思っていた私の頭はエルガさんによって撫でられていた。


「で、ですが、エルガさん、顔が強張っていました。エルガさんは優しいので、私に気を遣って嘘をついているんじゃないんですか?」

「いえいえ、そうではありませんよ。ミュリナさんの魔法が私の想像を遥かに超えるレベルだったものですから、それに少し驚いてしまいました。どうやら、ミュリナさんは他の方とは違った訓練をした方が良さそうですね」

「そ、そうなのですか……?」


 今度は大きな木の板のような物を取り出してきて、そこに魔法の文字で学術的な系統を記載していく。


「あなたには魔法を基礎からしっかりと教えていきます」

「基礎……ですか?」

「属性魔法は炎、水、雷、氷、土、光の六つ。これとは違う系統として治療魔法、身体強化魔法、生成魔法、支援魔法、封印魔法という系統があります。あとは極稀に空間魔法、重力魔法、環境魔法の系統を扱える者がおります。それと、魔王のみが扱えると言われている暗黒魔法なんてのもありますでしょうか」


 属性魔法以外はいくつか知らないのがあったし、後ろの四つも初耳の情報だ。


「あなたはこのすべての系統をほぼ同じくらいのレベルで扱えるはずです。もっとも、暗黒魔法はさすがに扱えないかと思いますが」

「空間魔法、なんてのも扱えるんですか?」

「わかりません。私は詠唱を知りませんし、使える者すら知りませんので、ミュリナさんが扱えるかをこの場で検証できません」


 まあ、それに関してはおいおいでいいであろう。


「あなたはどうも飲み込みが非常に早いようです。ですので、そんなあなたこそ魔法の基礎的な学問をしっかりと習得しておくべきかと思います」

「そうなのですか?」

「はい。たしかに魔法は詠唱と魔力制御さえできれば扱うこと自体は可能です。ですが、基礎をしっかりと理解しておけば、魔法を応用し新たな魔法をご自身で生み出す、なんてこともできます」

「新しい魔法を……!?」

「はい。ですので、基礎をしっかりと修めておく方が結果的には近道となります。幸いなことにあなたは才能がありそうですので」


 そんな言葉を送られて舞い上がってしまう。

 これまで自分に向けられてきた言葉は、角無しか、愚図か、役立たず、のどれかであった。

 自己を肯定できることなんて一度もなかったので、こんな風におだてられると嬉しくなってしまう。


 その日から、私は訓練を欠かさず行うようになり、事あるごとにエルガさんから魔法を教わることになった。

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