第7話 山菜娘

「これ全部付けていけ、どうせだから」


 じいちゃんはそう言って、自分が使っていた熊鈴をジャラジャラとあたしの背負籠に結わえ付けた。山に入るときには、熊鈴。これ、とても大事。


 以前は、このあたりでは熊など年に一度も見かけることがなかったのだが、近年では割と頻繁に目撃情報が寄せられている。そしてその度に、律儀に「熊の目撃情報がありました」と防災無線放送で報じられているのだ。


 正直なところ、あたし自身は野生の熊など一度しか見たことがないので、そうそうお目にかかることもないと思うのだが、できる備えを怠っていて万が一があったら、これは非難されても仕方がないであろう。あたし自身は、熊に襲われて命を落とすというのは、割と理想的な死に方だとさえ思っているが、残された家族はそうは思うまい。いたづらに、悲しませるリスクを負うこともあるまい、と……改めて装備を確認する。

 と言っても、車で2~3分、歩いても30分もかからない行程だ。山自体も、ごく浅い……里山と言っても過言ではないような、近所の山である。飲料用のペットボトルを一本だけ持って、後はスマホがあれば充分だろう。雨が降ったら帰ってくればいいだけのことだ。


 もっとも、この空模様では……当分降りそうに無いのだが──。


 湿り気が全然足りないため、水田の準備の一つである畦塗りが出来ないと言って、じいちゃんはぼやいていた。早いとこ、一雨降ってもらわなければ、本格的にまずいことになるだろう。春先は、風も多い。山火事も頻発しているのでそっちの心配もあるのだ。


 ────今日のあたしは、山菜採りに行くことにしていたのだ。

 新緑のこの時期の、ささやかな楽しみだ。


「んじゃ、いってくるね」

「あぁ、熊に気をつけてな」


 だから、そうそう出ないって……熊なんて。


 一応、若い女ではあるため、どっちかと言うと人間のほうが危ないような気もするが……、まあこんな貧弱な身体を見て欲情する男もおらんだろう、と自虐的な安心を得て出発することにする。恰好も、ぼろぼろの作業服姿のため、遠目には女にすら見えないかも知れない。


 山菜採りというのは、ここいらではメジャーな趣味であり、田舎にあっては生業でもあった。しかし最近では、これで収入を得ている人は……とんと見かけなくなってしまったが───。

 もちろん、若い女がやるようなメジャーな趣味ではないと思うが……、あたしは子供の頃からこれに慣れ親しんでいたため、今でも趣味と実益を兼ねて行っている。

 

 ………………………


 一口に『山菜採り』と言っても、その種類は多岐にわたり、狙う山菜の種類で派閥が分かれてさえいるのだ。


 一大派閥であり、また一般人の趣味としても浸透しているのが「タラの芽」である。これは、本格的に山に入らずとも道端で見つけることが出来、採取も簡単、おまけに美味いとくれば、これに勝るものはないだろう。山菜に興味の無い人でさえ、見かけたら採らずにはいられないほどである。


 逆に、最もマニアックと云うか採取人口の少ないのが「タケノコ」である。ここでいうタケノコは、いわゆる孟宗竹の根元に生える、スーパーで売っているようなではなく、「根曲がり竹」と呼ばれる細い竹の子である。自生地域さえ知っていれば、ほぼ確実に採れるが、その場所はとても少なくまた、場所も秘密にされていることが多い。なにより、その生育場所は山深い場所にあり……その場所までの道のりは険しいの一言で、素人が思いつきで採れる対象ではないのだ。あたし自身は採ろうと思ったことがない。


 山菜の王様と呼ばれるのは、「行者ぎょうじゃ大蒜にんにく」であろう(アイヌネギとも)。これも、見かけたら誰でも採りたくなるが、残念ながら近年ではその生育場所は激減してしまい、滅多なことではお目にかかれない。幸運にも場所を見つけられたなら、誰にも知られないようにして……採りに行っても立ち入った痕跡を残さないようにしておかないと、あっという間に他人に取り尽くされて枯渇してしまうだろう。ちなみに我が家では、じいちゃんが良い生育場所を知っているので採取には困っていない。


  「蕨(ワラビ)」も結構な採集人口がいるであろう。広域にわたって生育しておりその採集期間も長いため、こちらは素人さんでも簡単に始められる獲物である。


 そして最後が、私のお目当てでもある「薇(ゼンマイ)」である。

 これは、ワラビと似たような物なのだが、圧倒的に生育場所と生育期間が狭いため、よほどいい場所を知っていないと採ることが出来ない。おまけに、採ってからの下ごしらえの手間が恐ろしくかかるのである。それができるなら、かなりの上物である対象なのだが、その手間の多さの為……取らない人のほうが多い。逆に、いい場所を知っているなら対抗馬が少ないため、狙い目と成りうるのである。


 ………………………


 ───お目当ての山に、早々と到着して車を降りる。道路脇の少し奥まった林道に車を隠すように止めて、支度をする。道路脇でも、通行の邪魔になることは無いのだが、目立つ所に堂々と車を止めてたりしたら「ここが山菜ポイントですよ」と喧伝しているようなものだ。良いポイントは極力知られないようにする。山菜採りは、周りの目にも注意が必要なのである。……逆に、これが遭難した時に捜索を困難にする原因でもあるのだが。


 山菜かごを背負い直し、紐に熊鈴をジャラジャラさせて、山に入っていく。


 木々の間に若草色の景色が目に入り、今年の春が始まっていることを実感しながら、辺りの植生を確かめる。今年は春先が暑かったため、少し生育状況が乱れている感じがする。いつもより草が伸びていないのに、コゴミなどの早生の山菜は……もう食べられないほどに伸び切っている(うちの地方では、ほうけている、と云う)のである。

 ちょっと、不安要素を抱えながらも……あたしは目的のポイントまで山に分け入っていった。


 久しぶりに歩く山中の傾斜に、少しの鈍った身体を感じながらも、記憶を頼りに採集ポイントを目指す。がさがさという、藪をかき分ける音をたてながら黙々と歩を進めていく。


 五分ほど歩くと、すぐにお目当てのポイントが見えてくる。

 このポイントは、場所ごとに生えてくるタイミングがまちまちで、発生が始まったらほぼ毎日通って生育状態を注意しておかないと、採取時期を逃してしまうことになるのだ。


 地面から、くるりと巻いた肉感の強い植物があちらこちらから生えているのが見て取れる。


 一年ぶりだね、ひさしぶり。

 山の恵み……、いただきますね。


 指で探りながら、ポキリと折れる部分から折り取る。

 採ったゼンマイの折り口には、塩を付ける。

 古い茶筒に塩をたくさん入れて、腰に吊るしているのだ。

 茶筒の蓋を外して、そこに折り口を差し込んで、塩を塗りつける。

 こうすることによって、ゼンマイの木質化を抑えるのだ。


 ───────────────


 一時間ほど採集をして、背負い籠がやがていっぱいになる。

 まだまだ、採れそうではあるが……深追いは禁物。

 ゼンマイの本番は、むしろこれからなのだ。


 あたしは、帰途を決めて山を抜けていく。

 ちりんちりん、という熊鈴の音が歩調に合わせて───じいちゃんの持たせてくれた鈴と、あたしの鈴とが……不思議な和音を響かせる。

 敢えて、リズムを取るように足を運んで、熊鈴で音色を響かせながら……あたしは車に戻っていった。


 …………………………


 家につくと、すぐに火を起こしてお湯を沸かす作業に入る。

 古い薪ストーブに、煙突を付けて……地面に刺した鉄棒に針金で縛って固定。

 そうやって、庭に即席の調理用かまどを拵えてお湯を沸かし、そこに採ってきたばかりのゼンマイを投入する。


 茹で加減は、手で探ってちょうどいい塩梅を見極める。

 固いとだめだが、茹ですぎると歯ごたえが無くなってしまってこれもいけない。

 料理するときの湯で塩梅まで想像しながら、この下茹での加減を見極める。


 茹で終わったら、ざるに上げて冷水で冷やし、下処理に入る。

 くるりと巻いた先端部分の葉を指でしごいて落としていく。


 そして、ここが重要なポイントなのだが───。


 ゼンマイは採取した瞬間から所謂老化……「木質化」が始まってしまう。その為、採ったらなるべく早く熱を加えて木質化を止めてやる必要があるのだ。採ったまま放置して半日も経ったら、大部分が固くなってしまってとても食べられないものになってしまう。これは、ゼンマイ採りの「」とも言える部分だ。前述の、折り口に塩を塗るひと手間を加えることによって、この木質化を遅らせることができるのである。

 しかし、ここまでやってもなお……木質化は完全には止められない。その為、茹でた後でもう一度折り口の部分を指で探って、固くなっている部分を追加で折り、取り除いておく。この工程を省いている人も多いらしいが、ここで手を抜くと食べる時に固くて筋張った食感の美味しくないものになってしまう。


 ───もったいないが、一連の作業が終わる頃には採取したものは半分くらいしか残っていない事がほとんどだ。


 それが終わったら、枠の付いた網に広げて天日で干しあげる。

 天気が良ければ、一日で干せてしまうことがあるほどゼンマイは干しやすい。


 しかし、ここでも油断はできない。

 最後の、大事な仕上げがあるのだ。


 干し具合を確認しながら、丁度いいくらいになったところで、『揉む』必要があるのだ。揉むことによって、ゼンマイの繊維を蛇腹状にほぐしてやる。そうすることによって、干し上がったあとでも水で元に戻るのである。逆に、これを怠ると……最悪、干したものが戻らない、ということもあるのだ。


 揉むときの干し加減も、なかなか見極めが難しい。

 干しが足りないと、揉む時に潰れてドロドロになってしまうし、かといって干し過ぎると……もう取り返しがつかない。


 ………こうして、一連の面倒な工程を経て、ようやく干しゼンマイは完成する。

 はっきり言って、手間の割に見合うものではない。


 今では店で買うこともできるが、いざ買うとなるとかなり高いものになってしまう。手間を考えれば当然だ。だが、自分が売る立場であったなら───正直な話、こんな安い値段では売りたくないという値段でもある。


 ことに、ゼンマイは自分で採って食べるのが最上であり、それ以外には選択肢は無いと言っていいだろう。金銭的に余裕のある人なら、買って食べるのもいいかもしれない。

 山のものとしては、例外的にとても力のあるコクの強い味わいが魅力だ。

 これが食べられるというだけでも、田舎に住む価値はあると言っても過言ではないだろう。

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