第25話 ヒトには知覚できないもの

 ゆっきーは、マジョルカの顔をじいっと見つめた。

 エメラルドのような緑色の羽に、アメジストのような紫のとさか。

 ほっぺの羽毛だけが白くふくらんでいる。目はぎょろっとして大きく、くちばしは太い。

 オウムそっくりなのに、どこか人間っぽい顔つきに見えるから不思議だ。


「なあ、マジョルカ」


「ンッ? ナンダ」


「パンテオンのブリード、成功したひといる?」


 不意をついた質問に、魔界の派手鳥は肩をビクッとさせた。


「ア、ウ~……」


「どうなの」


「グー、ギュルギュル」


「おーい」


「ピーチクパーチク、ピュールルル」


「こら、ふつうの鳥みたいな真似すんなって」


 マジョルカは目玉をぐるぐるさせたあと、観念したかのように頭を垂れた。


「……イ、イナイ」


 その返事を聞いて、ゆっきーは口をぱかっと開いて目をみはった。


「やっぱり、ほかにも頼んでたんだな。頼んだのはぼくだけ、とか言って」


「ウ、ウム……嘘ヲツイテ、申シ訳ナイ」


「いいよ。ほかにも依頼するのは当然だ」


「理解シテクレルカ。ユッキー、大人ダナ」


「成功したひとがいたら、なにかヒントでも教えてくれたらなぁって思ったんだけど」


 ほかに頼まれている人たちは、まちがいなく自分よりも経験豊富なブリーダーだ。


「マダ誰モ羽化ニハ至ッテイナイ。ダガ、『サナギ』マデナラ、成功シタ人間ガ三人イル」


「えっ」


 ゆっきーはおどろいてマジョルカの顔をまじまじと見た。


「本当か、それ? どうやったのか、何か聞いてたら教えて」


 ところがマジョルカは困ったようにうつむいた。


「ソレガ……何ガ良カッタノカ、サッパリ分カラナイノダ」


「う~ん。やっぱり秘密かぁ」


「違ウ、ソウデハナイ。本当ニ理由ガ分カラナイノダ。偶然、ウマクイッタトシカ思エナイ」


 ゆっきーは少し考え込んだ。

 ひょっとするとマジョルカたちでは、ブリード法を見ても細かい違いが分からないのかもしれない。


「マジョルカ、もしよければ、そのサナギまでいった人たちのこと、ブリードのやり方、分かる範囲で教えてくれないか」


「ウ、ウム」



 その日の夜遅く。

 ゆっきーはひとり、コンテナハウスの中で考えをめぐらせていた。

 パンテオンの繁殖形態は、まず大きな土だんごを作って、これに大量の産卵をする。

 そのあと、土だんごは親虫の手で地中深くに埋められる。

 土だんごの中で卵は孵化し、土だんごの土を食べ、また共食いをしながら成長する。

 やがて二齡ほどになったところで自ら土だんごを出てくる。

 その後はほかのカブトムシの幼虫と同じく、腐葉土を食べて大きくなるようだ。


 パンテオンをブリードするには、いくつか特殊な条件があるとゆっきーは考えた。

 温度や湿度、マット(土)の種類といった基本的なこと以外で、だ。

 その条件が何なのか。それが問題だ。

 ヒントとして思いつくことはある。

 

 まず一つ目は、わざわざ土だんごを作って卵を産みつけること。

 土だんごは単に卵と幼虫を守るシェルターというだけではないはずだ。

 土だんごの『土』に、何か幼虫にとって大事なものがふくまれている可能性がある。

 だが土だんごの成分は、こちらの腐葉土とほとんど変わらなかった。


 ――何かあるとしたら、微生物だ。


 おそらくは、親虫の『腸内細菌』。

 マジョルカから聞いた話では、サナギまで成功した三人はいずれも、土だんごの土をマットに混ぜて数日寝かせたものを使っていた。

 土や泥を材料にして産卵床や巣を工作する虫は、たいてい唾液か排泄物で固めている。

 確認できないので断言はできないが、こちらの虫と基本的なところは変わらないことから、パンテオンも同じような方法をとっていると思われる。

 そういった唾液などの消化管分泌液には、親虫の腸内細菌がふくまれている。

 幼虫は孵化してすぐ、土だんごの土ごと親虫の腸内細菌を摂取することになるのだろう。

 それがすこやかに育つために、絶対に必要なのではないだろうか。


 二つ目のヒントは、土だんごの中で幼虫同士が共食いして成長すること。

 こちらの世界のカブクワでも幼虫の共食いはある。いや、カブクワ以外でもある。

 昆虫だけではない、一部の魚や両生類、爬虫類でもそれはあると聞く。

 ……きょうだいを食べて大きくなる。

 それは自然界では普通にあることなのだ。

 そしてパンテオンはそれが特に顕著だ。

 なにせ三千個の卵が孵化しても、一、二匹しか残らないのだから。

 ほかは全部食われて、きょうだいの養分になっていることになる。


 ――もし、もし、幼虫にとって必要な栄要素が、土だけではないとしたら……。


 ゆっきーは机の引き出しから祖父ファイルを取り出した。

 カブクワ飼育のエッセンスが詰め込まれたそのファイルには、一番最後に『秘訣中の秘訣』が載っている。

 それは語るもおぞましい、暗黒の秘技であった。

 そのなかに『わざと幼虫を共食いさせる』ことが記されている。

 強い幼虫を選別し、育てるために、厳しい自然環境と同じことをあえてするのだ。

 だがゆっきーにはどうしても、その方法を受け入れることができない。


 要するに、必要なのは動物性のタンパク質だ。きっと一齢幼虫が成長するには不可欠なのだろう。

 自然にまかせて共食いさせてみるのもひとつの手かもしれないが、その前にほかのエサを試してみたい。

 幼虫期に動物性タンパク質を必要とする。

 たしかハナムグリの仲間でそんな生態のものがいた。

 祖父ファイルにも、それは番外編として載っていた。今はもう輸入が禁止されている種だ。

 その種の幼虫飼育には『ドッグフード』を与える、とあった。それも無添加の良質な。

 サナギまで成功した三人は、話を聞く限り故意に共食いさせたり、マット以外のエサを与えたりはしていなかったようだ。

 この点は自分なりの工夫がいる。


 無添加のドッグフードか。

 少々お高いようだが、ネットショップで探してみよう。

 ほかにも成虫に与えるような高タンパクゼリー、動物性ではないがバナナなどを試してみるのもいいだろう。

 相性のいいエサが見つかることを期待したい。


 ヒントの三つ目は、……にわかに信じがたいことだった。

 サナギまで育てたという三人の共通点。

 これが引っかかっていた。


 ――そんなことがあるだろうか。


 だが可能性はある。

 机の上に置かれたスマホを静かにながめる。

 気になってネット検索してみたら、ゆっきーの推測を支持する研究論文がいくつか見つかったのだ。


 ゆっきーはずっと、ずっとずっと考えていたことがあった。

 パンテオンの一齢幼虫は、極端にストレスに弱い。

 今まで音とか光とか、わかりやすいストレスばかりを想定していたが、それ以外にも何かストレスを与える物質があるのではないだろうか。

 あるとしたらそれは何なのか。

 ずっと悩み考えていた。


 それはひょっとしたら、ヒトには知覚できないものなのかもしれない。

 虫とヒトとはちがう。

 虫には虫のセンサーがあり、ストレスを感じるものも厳密にはヒトとは異なる。

 ヒトには知覚できないもの、それがパンテオンの幼虫にとって致命的になるほどのストレスを与えているのかもしれない。

 だとしたら、それは何だろう?

 一部のサメが獲物を探すときに感知するという、電磁波か?

 渡り鳥が長距離を飛ぶときの指標にすると言われる、磁場か?

 それとも魔界ならではの、魔力のようなものがあるのか?

 いや、たぶん、もっとシンプルで、ありふれたもののはずだ。

 魔界の森にもあるし、ゆっきーの身の回りにもある。

 ヒトが知覚できないだけで、それはきっとどこにでもあるもの。

 そして、命の危機を知らせるようなストレスを与えるもの。


 ――もし、仮に推測どおりだとしたら。


 ゆっきーは、小一時間考えて、考えて……。

 ある覚悟を決めた。

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