第13話 続・うん◯の話

「おー、意外とでかい」


 居心地のいい住処を暴かれて怒っているのか、幼虫はアゴを振りかざし、キイキイと威嚇音を出している。

 ビンの外に掘り出してみると、明らかにこれまでのものより一回り大きい。


「ね、ね、これ、オスじゃない?」


「よくもまあ、こんなでっかいのが潜んでたもんだ」


 体重を測ってみると、


「53グラム!」


「まちがいなくオスだ。現時点でこれは期待できる。いずれ100ミリアップも夢じゃない」


「あ、見て、うんこしたわ」


 幼虫はぐにぐにと動いて、おしりから茶色いうんこをひり出した。

 これは、外気に触れさせたことによるストレスで脱糞しているらしい。


「外に出しっぱなしはストレスがかかる。早く新しいビンに入れ替えてあげよう」


「りょーかい」


 ワンサイズ大きな菌糸ビンを取り出して、桜子がリンゴの芯抜きで穴を空けた。

 幼虫も大きいから、空ける穴も大きくしなければいけない。


「古い菌糸ビンに入ってた茶色い土って、あれ、ひょっとしてうんこ?」


 ガリガリと芯抜きを回しながら、桜子は聞いてきた。


「そうだよ。キノコ菌のまわったオガを食べて、茶色いうんこをする」


「いろんな色があるのは? 明るい茶色とか、焦げ茶色とか、黒とか。それも全部うんこ?」


「幼虫がただ堀り進んだだけならオガの明るい茶色のままだけど、食べたあとはうんこが混じって濃い茶色とか、黒とか、焦げ茶色になる」


 桜子は芯抜きの動きを止めた。

 何がおかしいのか、口元にしまりがない。

 どうやら笑いをこらえているようで、ほっぺがプルプルふるえている。


「ねえ、それってさ、幼虫は自分のうんことオガの区別ついてるのかしら。ひょっとして自分のうんこ食べてるんじゃない?」


「まぁた、その話か」


 ゆっきーは思わず吹いてしまった。


「そうだね、クワガタの幼虫はうんこ食べてると思うよ」


「まじで?」


 桜子の目が爛っと光った。


「クワガタの幼虫は一度食べたオガ、つまりうんこになったオガをもう一度食べることがある。でも基本的には避けて食べてるはずだよ」


「じゃ、どういうときにうんこ食べるの」


「菌糸ビンの中を食いきったときとか」


 古い菌糸ビンに長いことほったらかしにしておくと、『二度食い』をすることがある。


「クワガタにはダブル焙煎があるのね」


「だから飲めんのかって」


「わ、わ! ちょ、ちょっと!」


「なに、騒々しい」


「この子、自分のうんこが顔にかかってる!」


 カブクワの幼虫は、エビのようにくるんと丸まっている。ちょうど頭のところに、おしりがくるわけである。

 その姿勢でうんこをすると、まあ、その……そうなる。


「なんか、かわいそうだから、顔のうんこ拭いてあげてよ」


「なんでぼくが。桜子がやったら」


「レディーはそんなことしないの」


「レディーがうんこうんこ言うか。第一そんなことする必要ない。幼虫にとって顔にうんこがかかるくらい日常茶飯事だ」


「まあ、そうね。考えてみれば、この子たちって自分のうんこがまわりにあるわけよね」


「サナギになるときは、自分のうんこで『蛹室(ようしつ、さなぎになるときの部屋)』の壁を作るんだぞ」


「それ、ほんと? かまくらみたい、あははっ」


「うんこかまくら」


「やめてよ、ゆっきー、あはっ、あはははっ」


 うんこの話が相当楽しいらしい。桜子は満面の笑みだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る