第12話 星になって……。

「……ん、これもメスみたい」


 菌糸ビンからまろび出た幼虫を、ゆっきーはスプーンでそっとすくった。

 計量器に乗せて重さを測定し、新しい菌糸ビンに穴をうがって投入する。


「あたしのもまたメスかな」


「どんどん続けて。まだまだ菌糸ビンあるから」


「了解」


 桜子はラックに積まれた菌糸ビンを取ろうとして、手を伸ばした。


「……ゆっきぃ」


「ん」


「このビン、なんか真っ白なんだけど」


 ゆっきーは顔を上げて、桜子が示す菌糸ビンを見た。


「ああ、それね」


 菌糸ビンの壁には、文字通り虫喰いのあと――『食痕』がある。

 通常、幼虫のいる菌糸ビンは、焦げ茶色の食痕が白い菌糸部分を浸食しているものだ。

 ところが、桜子が示す菌糸ビンは白いままだった。

 時間経過による黄色い変色は見られるものの、壁のどこにも食痕が見られない。


「これって、どういうこと」


「ビンのなかで、星になってるかも」


「えぇっ」


 ――『星になる』。

 それは死んでしまうことの隠語。


 虫は生命力が強いが、それでも何頭かに一頭は幼虫のときに命を落とす。

 菌糸ビンに投入した幼虫のうち、星になる個体はどうしても出てしまう。


「あきらめるのはまだ早い。案外、中のほうで生きてることもある」


「そうなの?」


 壁沿いは食べず、内部だけを食べ続ける場合がある。

 いわゆる『居食い』である。

 コタツに入ったまま動かず、手の届く範囲で食事している感じと言えばわかってもらえるだろうか。


「生きてると信じて掘ってみるしかない」


「もし星になってたら……、その、それ……が出てくるわけよね」


「うん。体のかけらとかね」


 桜子の目元にかげりがかかった。口が真一文字に結ばれる。

 星になっていた場合、幼虫の状態はさまざまだ。

 ひからびて小さくなっていたり。

 頭だけ残っていたり。

 菌糸にまかれて白くなっていたり。

 溶けて姿形がなくなっていたり。


「それ、ぼくやろうか」


「……ううん、あたしやる」


 桜子は気丈に答えた。

 ゆっきーは手を止めて、彼女の様子を見守ることにした。

 はじめて星になった個体を見たときは自分もショックだった。虫の飼育をするのであれば、避けて通れない経験かもしれない。

 命を落とす個体は普通のペットに比べてはるかに多い。

 少しくらいドライにかまえていたほうがいいと、ゆっきーは思っている。

 その点、桜子は気持ちが強すぎて、かえってショックが大きいかもしれない。


 ガリッ、サクッ。


 スプーンでほじる音が続く。


 ガリッ、サクッ、メコッ、メキッ。


「ゆっきー……」


 桜子が突然泣きそうな声を出した。黒目がみるみる潤んでくる。

 ああ、ついに見てしまったか。

 だけど桜子には知って欲しかったのだ。こういうこともあるのだ、と。


「なかに、茶色いところがある……」


「……って、え?」


「ほら、これ」


 見ると、たしかにビンの内部に茶色い食痕がある。


「それ、生きてるかも! 桜子、そこ、ゆっくり掘って」


 ゾリッ、ゾリッ、ゾリリッ。


「わ、いた!」


 一緒にビンの中をのぞきこむと、そこにはりっぱな太い幼虫がうごめいていた。


「ああっ、よかったぁ」


 桜子は菌糸ビンを抱えたまま、へなへなと崩れ落ちた。

 スプーンを持った手の甲で、涙をぬぐう。

 ほっとして気が抜けたのだろう。見た目以上に緊張していたようだ。

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