第8話 秘密の床下

「この水槽、どうして床下にめり込んでるの」


 桜子がふと口にした疑問に、ゆっきーはドキリとした。


「ああ、それはなんというか、構造上の問題」


「ふうん」


 さほど興味があったわけではないのか、気のない返事を返してきた。

 特に気にした様子はない。


「ね、もうちょっと魔界のカブクワ、見てていい?」


「あー、いいよ。好きなだけ見て」


 ゆっきーはそっと後ずさり、肩に止まる異形の鳥にささやいた。


「これくらいでいいだろ」


「ソウダナ。手伝ッテモラウダケナラ、コレデ十分ダ」


 一応見せはしたが、彼女にあまり深く関わらせるつもりはない。

 自分がやっていることは、グレーゾーンに踏み込んでいる。

 マジョルカのほうも全てを見せる気はないようだ。

 桜子はマットの入った衣装ケースをのぞき込んだり、菌糸ビンを持ち上げてためつすがめつしている。

 かと思えば再び飼育ケースの置き場に戻り、羽化した成虫たちを立ち位置を変えながら様々な角度で観賞している。

 自分がほかの雑事をこなしている間、桜子には思う存分堪能してもらうことにした。


 しばらくして窓から入る光が斜めになり、暗いオレンジ色を帯びてきた。

 桜子はどうしてるかなと探してみると、水槽の角から身を乗り出して「うげげ」と言いながらインゲンスの幼虫を見ている。


「もういい時間だよ、そろそろ帰ったら」


「えっ、もうそんな時間?」


 名残惜しそうな顔をした。


「また見せてあげるから」


「うん、また来る」


 桜子は帰ろうとして、「そうそう、忘れ物」と言った。


「そういや、そうだったね」


「あやうくまた忘れるとこだったわ。ちょっと衝撃が強すぎて」


「いったい、なに忘れたの」


「くつした」


 桜子がはだしなのはいつものことだった。

 おそらくTジャに着替えたとき、脱いだままだったのだろう。


「家では履いてないから忘れちゃった。どこにあるか知らない?」


「んーん。いつも着替えしてるとこにあるんじゃない」


「うん、そだね。拾って帰る」


「あ、待って。一応、この秘密部屋のことは内緒でお願い」


「オッケー、わかってるわよ。じゃね、ばいばい」


 桜子はパタパタと小走りで駆けていった。

 その直後、がたんっ、びたーーん! と大きな音がひびいた。


「桜子っ?」


「いったぁ……」


 あわてて行ったせいか、ドアの手前の段差で転げ落ちたようだった。


「だいじょうぶ? 頭とか打ってない?」


「だい……じょーぶ……」


 駆け寄ると、逆さまで段差に上半身を預ける形で倒れている。

 長い足が上に伸びてYの字になっていた。


「ごめん。一言、注意すればよかった」


「いやあ、これはあたしの不注意」


「ユッキーガ悪イゾ。作ルトキ、階段付ケロッテ言ッタノニ。オ前タチハ飛ベナインダカラ」


 ゆっきーは段差を降りて桜子を引っ張り起こした。


「作るとき……?」


 彼女はあたまをさすりながら、怪訝な表情を浮かべた。

 あっ、まずい。

 思わずゆっきーはマジョルカをにらんだ。

 奇鳥も失言に気づき、翼でくちばしを押さえる。

 桜子は後ろを振り返り、何か考え込むようにして目線を落とした。


「作るとき? ここ、もともと段差はなかった……? あの鳥が来てから作った?」


 電気が走ったかのように、びくっと小刻みに頭が動いた。

 ぎ、ぎ、ぎ、とロボットみたいに首を回して、大きな黒目でゆっきーを見つめる。


「ひょっとして、まだ、なんか隠してる……?」


「マジョルカぁ」


「ワ、私ハ悪クナイッ」


「やっぱりぃ。道理で不自然に段差があると思った!」


 ああ、バレてしまった。


「床下にもなんかあるのね!!」

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