第7話 常識外の巨虫
それは巨大な水槽だった。
かつてゆっきーの祖父が古代魚の飼育に使っていたもの。
幅、160センチ。奥行き、75センチ。高さ、80センチ。
容量、900リットルを超える超巨大アクリル水槽。
一般的なサイズのお風呂の四~五倍はあろうかという大きさだ。
飼っていた古代魚が死んだあとは、そのメンテナンスの大変さのため祖父も持て余し、水を抜かれて放置されていた代物である。
今、そこには満杯の土が盛られていた。
「あそこにも、魔界のがいるの?」
「そう」
ゆっきーは大仰にうなずいてみせた。
「見てみる?」
おもむろに水槽に近づき、おいでおいでをした。
「な、なになに? なに?」
桜子が声を震わせながら近寄ってくる。
「こんなに土を入れて、いったいどんなのがいるっていうの」
そう言いながらピンク色の唇が片方だけゆるやかに持ち上がっており、緊張と興奮が伝わってくる。
「『インゲンス・マンモスオオカブト』。魔界で最大のカブトムシの幼虫」
ぐるりと水槽を回り込んで、姿が垣間見えないか探してみる。
裏側に行くと、そいつはいた。
おあつらえ向きに、横向きで壁にぴったり沿っている。
「ほら、こっちこっち」
桜子は、のけぞって絶句した。
そこにいたのは人間大の超巨大幼虫。
もはやここまでくるとバケモン。
青くぶっとい胴体は大人が手を回しても届かないほど。
黄色い頭部は工事現場のヘルメットぐらいでかく、横っ腹に整然と並ぶ気門はいくつもの目に見つめられているかのよう。
六本の脚は節くれだった竹のようで、タカアシガニの脚を思わせる。
アゴはさながら高枝切りばさみだ。こんなものに噛まれたらケガじゃすまない。
「ひええええ」
「こんなかに、全部で三頭いる」
「ひええええ」
「ここまで大きくするのは大変だった。とにかくマットを喰うんだ。マット交換が一ヶ月ごとにいる。量が量だから一日仕事」
「ひええええ」
「向こうの山で育てようかとも思ったんだけど、それじゃ人工飼育にならないし。せっかくおっきな水槽があるんだから、これでやってみようって思った」
「ひええええ」
「桜子みたいな極太好きにはたまらない……って、桜子、聞いてる?」
桜子はかくんかくんと首をたてに振った。
「いやあ、さすがのあたしも、ここまでおっきいのはちょっと……こわい」
不意にインゲンスの幼虫が体をくねらせた。
マットの表面が盛り上がり、上に張った金網がガシャンと音を立てる。
「ひぎぃっ」
「そんなにこわがんなくていいよ、性格はおとなしいから。ヘラクレスやコーカサスみたいに威嚇したりしない。万が一逃げ出したらヤバイから金網を張ってるだけ」
「そ、そう。でもマット交換のときとか大丈夫なの」
「全然。隅っこでおとなしくしてるよ」
「ふ、ふーん。大きくておとなしいの。ジンベエザメみたいな感じ?」
「あ、いい例え」
桜子はいくぶんか安心したようだ。
「この子、今、何齢?」
「少なくとも二回脱皮したから、三齢かな」
「じゃあ、もうすぐサナギになるのね」
前述のとおり、カブトムシやクワガタの幼虫は卵から孵化したあと脱皮をくり返して一齢、二齢、三齢と成長していく。
そして三齢幼虫からサナギになり、羽化して成虫となる。
もっとも、それはあくまでこっちのカブクワの話。
「サナギになるのはまだ先みたい。マジョルカの話だと、インゲンスの幼虫は最終的にこれの倍くらいになるらしい。ひょっとすると四齢とか五齢になるかも」
桜子は両手をばんざいして、「ひょえー」と感嘆の声を上げた。
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