第6話 これが魔界のカブクワ!

「なにこれ! トゲトゲの鉄球みたい!」


「それは『ドゥオモ・オオカブト』。垂直に伸びる七本の胸角と、白く堅い上翅が特徴」


「きゃあーっ、なんなのこの綺麗なやつ!」


「それは『イリスルミナス・オオツヤクワガタ』。二十四色に発光する器官を持ってる。あまり長く見ると精神汚染されるから気をつけて」


「うわ、すっごい妙ちくりんな形! これカブト? クワガタ? 胸がひし形で、頭と腹が反っくり返ってる。ツノゼミみたい!」


「あ、それはぼくも思った。『クラドノータ・ミカヅキクワガタ』。形が奇抜で面白い。個体によって微妙に形がちがうんだよ。近縁種でもないのに交雑する節操なしだ」


 桜子はひとしきり大騒ぎすると、ゆっきーのほうへ向き直った。


「これをブリードしろって頼まれたの?」


「そういうこと」


「あんた、よく引き受けたわね」


「まあね。興味あったし」


「ユッキーハ優秀ダゾ。スデニ3種ヲ羽化、2種ヲ産卵サセテイル」


「全然うまくいってないのもいるけどね」


「え、これって別世界のカブクワでしょ、どうやって育てたの?」


「いや、どうって、普通に『マット』と『菌糸ビン』で」


 ゆっきーは部屋に並んでいる衣装ケースやビンを指し示した。

 カブトムシやクワガタを育てるには通常、腐葉土を発酵させた『マット』や、キノコ菌をまわしたオガクズを詰めた『菌糸ビン』が使われる。


「ええ、うっそぉ」


 桜子は歌舞伎の見得を切るまねをした。


「疑うわけじゃないけど、こっちのやり方でうまくいくわけ?」


「まあ、一応、それぞれ工夫は必要だったけど」


 分かっている限りの生態をマジョルカから聞いてヒントにした。

 どこに住んでいるのか。

 住んでいる場所の一年を通しての温度変化は。

 季節は、降水量は、標高は。

 どんな植物が生えているか。

 幼虫や成虫は主にどこで見つかるか。それはどの季節に見つかるか。

 幼虫や成虫は何を食べているか。

 幼虫と成虫の期間はどれほどか。

 いつ交尾するのか。越冬はするのか。天敵は何か。

 エトセトラ、エトセトラ……。


「聞いたうえで、たぶんこっちのやり方でもいけると思った」


「だ、だって、栄養とか、ちがうんじゃないの?」


「うん、ちがうかも。でも外国産のカブトやクワガタでも、現地とまったくおんなじにする必要はない。日本で売ってるマットや菌糸ビンで飼育できるわけだし」


「そう言われてみれば、そうだけど」


 まだ納得のいかない様子の桜子に、ゆっきーは質問してみた。


「ねえ、桜子。カブトムシやクワガタって、森や林があるとこなら世界中にいるけど、どうしてだと思う?」


「なんなの、やぶからぼーに。そりゃまあ、暮らしやすいからじゃない? エサになる枯れ木とか落ち葉とかたくさんあるから」


「そうだね、カブトムシやクワガタの幼虫は、朽ちた木とか落ち葉を含んだ土を食べて大きくなる」


「そうね」


「幼虫が食べた木や土は細かく砕かれる」


「うんうん」


「うんこは土に混じっていい肥料になる」


「んふっ、さっきその話したわね」


「その土は次の世代の木を育てることになる」


「まあ、そうよね」


「それはつまり『森林の再生サイクルに、カブトやクワガタが組み込まれている』ってことだと思う」


「なるほど……。えっと、それは分かったけど、さっきの話とどうつながるの」


 桜子は要領を得ない感じだった。


「魔界のカブクワも、森に住んでるらしい」


「…………あっ」


 健全な森林の再生に、カブトムシやクワガタなどの甲虫は大きくかかわっている。

 だからこそ世界中の森林にカブトムシやクワガタはいる。

 森林の維持に彼らは必要なのだ。


「森に住んでいるなら、基本的な生態は変わらないはずだと思ったんだ」


 それならこっちと同じ方法で飼育できると考えたわけである。


「こっちと極端に気候が違っていたら無理だったよ。でも聞いてみるとそうでもない。多少ファンタジックなところはあるけど、対処できないほどじゃない」


「あ、あんた、すごいわ。それでできちゃうわけ?」


 桜子は大きく目を見開いて、両手で髪をかきわけた。

 ゆっきーは手をひらひら振って「たまたま、うまくいっただけ」と謙遜した。

 実際、自分の実力かどうかは半々といったところだ。

 マジョルカが持ち込んだ種のうち大半が『2齢幼虫』の状態だった。

 ある程度大きくなって丈夫だし、エサを食べる力もついているため、試行錯誤も比較的楽だったのだ。

 こっちのマットやキノコ菌糸との相性も悪くなかった。数頭ごとにグループ分けしてちがうエサを試してみたが、意外とバクバク食べてくれた。

 交尾や産卵もさほどの苦労は感じなかった。こっちのカブクワのほうがまだ扱いにくいくらいだ。

 絶滅危惧種ということだったが、おそらく種それ自体の適応力や繁殖力は高いのだろう。

 ゆっきーが一番苦労したのは『温度管理』だ。

 それを今ここで桜子に説明しだすと、どれだけ時間があっても足りないので、あえて言わないでおく。


「でもうまくいってよかった。全然できなかったら、マジョルカになんて言い訳しようかと思ってた」


「失敗シテモ、ベツニ文句ヲ言ウ気ハナイ。コッチハ、オ願イスルホウダ」


 ん、と桜子がうで組みをして、マジョルカをジト目ですがめた。


「鳥さん、あなた、自分たちで繁殖させてみようとか思わなかったの?」


「私ハ使イッ走リダ。言ワレタコトヲヤッテルダケ」


「魔界の話、こいつから聞いたけど、どこもかしこも戦国時代なみに戦争ばっかで、『絶滅危惧種の保護』なんて考え、新しすぎたんじゃないかな。きっとそんな知識や技術を持ってる人材がいないんだよ」


「ソウソウ、ソノトーリ」


 しゃべる鳥が人を食ったかのように軽快に答えた。


「あ、あのさ、ゆっきー」


「ん?」


「それで、そのぅ……この部屋にいるのは、みんな魔界のなのね」


「うん」


「じゃ、さ。あの……あそこ。あれ……も?」


 桜子はおそるおそる、後ろを振り返って人差し指を伸ばした。

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