第5話 パンケーキの世界

 『世界の階層構造』が明らかになったのが、およそ三年前。

 ゆっきーたちが中学に上がった頃のことである。

 人類は世界に対する認識を、大きく変えざるを得なくなった。

 世界はひとつではなく、いくつも存在していることが分かったのだ――。


 それぞれの世界は何段も積まれたパンケーキタワーみたいに何層にもわたって積み重なっており、各層は無数の『穴』によってつながっているらしい。

 ゆっきーたちが住む世界は第二階層にあたり、現在確認されている最深部は第六階層とされている。

 その最深部の第六階層にはドラゴンや魔神が住んでおり、そのため『魔界』と呼ばれるようになった。

 かつては大きな階層の穴を通って、ドラゴンや巨人のような大きな生物も別の階層からやって来ていたようだ(それが世界各地の神話や伝承に登場する怪物たちだとされている)。

 今ではそこまで大きな穴はほとんどなくなった。

 せいぜい小動物が通れるくらいの小さな穴が、ぽつぽつと点在する程度である。

 そしてそんな小さな穴でさえ各国政府によって厳重に管理されており、もし生き物が穴から出てきた場合は、すぐに元来た階層へ追い払われることになっている。

 だからゆっきーや桜子のような一般人が、別の階層の生き物と出会う確率は限りなく低いはずなのだ。


「ソンナノハ、建前ダ」


 マジョルカは肉厚の翼をバサバサと羽ばたかせた。

 宙へジャンプすると、コンテナハウスの奥へ飛ぶ。


「『穴』ハ、イッパイアル。簡単ニ通リ抜ケラレル。自分以外ニモ、タクサン来テイル」


 桜子はおどろきを隠せない様子だった。


「ほんとに?」


 そう言って、ゆっきーのほうを向いた。

 どんぐりお目々がぐぐっと見つめてくる。


「らしいよ。ぼくはこいつ以外、知らないけど」


 しかし実際、あり得る話だとゆっきーは思う。

 別の階層の生き物は、基本的に見つかったら保護され穴を通して帰される。

 もしくは駆除される。

 偶発的に穴を通ってくるのは大抵、本能に基づく生き物ばかりだ。

 仮に、入ってきたのが知性のある生き物だとしたらどうだろう。

 知識や技術を持っている生き物なら、監視をすり抜けられるのでは?

 言語をたくみに使える生き物なら、だましたりごまかしたりできるのでは?

 高度な社会性を持つ生き物なら、人間の組織と取引できるのでは?

 こっちの世界に入り込む方法はいくらでもあるはずなのだ。


「私ヲ見テ、驚イテイルヨウデハ、話ニナラナイ」


 マジョルカは、奥に設置されたドアに飛びついた。


「ユッキー。ココ、開ケテ見セテヤレ」


「だめだ。それはまずい」


「イイデハナイカ。コッチモ手伝ッテモラエ」


「いや、だから」


「ココマデ話シテオイテ、隠スナ。クケケッ」


「うーん……そうだよな。しょうがない」


 ゆっきーは渋々うなずくと、ポケットからキーホルダーを取り出した。


「え、なに、なに」


 桜子が目をパチクリさせて、ゆっきーと鳥を交互に見る。


「ごめん、桜子。悪気はなかったけど、ずっと内緒にしてた」


 ガチャンと鍵を開けて、ドアノブをひねる。

 外開きのドアを開けると、向こう側にうす暗い部屋が見えた。


「あれ? そこ、物置じゃなかったの」


「中、入って」


 ゆっきーとマジョルカが連れ立ってドアをくぐった。

 遅れて桜子も入る。


「ここ、段差があるよ。ちょっと高いから気をつけて」


「わかった」


 ただの段差というには高い、腰くらいの高さの段だった。


「手、貸そうか」


「だいじょーぶ、自分で上がれる」


 中に入って明かりを点けた。


「わ、けっこう広い」


 そこは、『秘密の飼育部屋』だった。


「うわ、すごい。奥行きはあんまりないけど、幅はあっちの部屋とおんなじくらいあるじゃん」


 桜子は興味深げにきょろきょろ見回した。

 部屋の至る所に、土の入った衣装ケースや、プラスチック製のビンが並んでいる。

 小型の冷蔵庫、それに大型のワインセラーもある。

 遠目には飼育ケースがいくつも置かれ、何やらガサガサと蠢いている。


「ここでなに飼育してるの? いや、待って。まさか……」


「うん、そう。そのまさか」


 マジョルカがゆっきーの肩に止まり、クケェッと鳴いた。


「こ、こ、これ、これ全部? 魔界のカブクワっ?」


 田舎町の山に面した住宅の、一角。

 そこで別世界の生物が、数多くひしめいていたのだった。

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