第2話 うん◯の話

 全部のマット交換を終えるのに、結局2時間以上かかった。


「ふぅー。おつかれ、桜子」


「いえいえ、とっても満足だったわぁ」


 桜子は疲れも見せず、心底うれしそうに答えた。

 気のせいか肌もつやつやしている。

 ヘラヘラの幼虫との初めての遭遇、よほど楽しかったのだろう。

 ゆっきーは冷凍庫からアイスを取り出して彼女へわたした。


「あん、ありがと」


「今日は手伝ってくれて助かった。今度またお礼する」


「お礼なんていいわよ。むしろジャマだったでしょ」


「そんなことないない」


 実際、桜子はいろいろと手伝ってくれたのだ。

 はじめはどうしていいか分からない様子だったが、次第に慣れてきて新しいマットに水を加えてかき混ぜてくれたり、古いマットを同じビニール袋にまとめたりしてくれた。

 そんな雑事がいっとう大変なのだ。助手がいるとこんなに楽かと思ったほどである。


「もしお礼してくれるって言うんなら、今度また何か手伝わせて」


「ん、オッケー」


 桜子はアイスをなめながら質問した。


「ところでゆっきー、どうしてこの部屋に冷凍庫があるの? しかもあんなデカイの」


「ああ、あれはね、こいつを凍らせるの」


 ビニール袋に詰めた古いマットを指さした。


「へっ?」


「古いマットを凍らせておけば滅菌になる。そのあと庭で天日干しする。これで処分は完璧」


「へえー、なるほど。でも、どこに捨てんの、それ」


「捨てない。カブトムシの『うんこ』は植物のいい栄養になるから」


 古いマットは、最終的に母親が育てているトマトやらオクラやらの肥料となる。


「うんこ……そうね、うんこ、すごかった」


「そだね。ヘラクレスともなれば、うんこもすごい」


 カブトムシの幼虫のうんこは、黒い方形をしている。

 小粒のチョコレートみたいな感じだ。

 ヘラクレスの幼虫のうんこは国産のものよりでかく、大人の爪の先くらいある。

 これがいい肥料になるのである。


「あんなにボロボロたまるもんなのね。うんこ」


「そりゃ、マット食べてうんこしてるわけだから。それで三ヶ月たてばうんこでいっぱいになるのは当たり前だよ」


「カブトムシの幼虫って、まちがえて自分のうんこ食べたりしないのかしら」


「どうだろ。うんこって、ほら、マットの上にたまってただろ。わざわざマットの上に出てきてうんこするみたい。だからうんこ食べることはないんじゃないかな」


「でも、土の中にもうんこあったじゃない。あたしはまちがえてうんこ食べてると思うなー」


「たしかにそう言われるとありえるかも。それならよりいっそう分解されて、いいうんこになるんじゃない?」


「なるほど。ダブル焙煎みたいな」


「飲めんのか」


 ふたりして、ぶははっと笑った。

 しかし虫とは言えうんこの話をしながらアイスを一緒に食べる高校生男女とは、一体いかなるものか。

 自分でも変に思うが、桜子とは昔っからそういう間柄なのだ。

 着替えだってコンテナハウスの中でするし、要するに遠慮がない。

 一度は疎遠になったが、ゆっきーの祖父がいなくなり、虫たちの世話をゆっきーが引き継いだ頃からまた一緒に遊ぶようになった。


「じゃあ、あたし帰るわ」


「うん。また明日」


 桜子は学校指定のセーラー服に着替え、踊るような足取りで出ていった。

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