第58話 殿下が私を好き?
「ルージュ嬢、こんばんは。14歳のお誕生日、おめでとう。どうか僕とも、踊って頂けますか?」
私達の元にやって来たのは、クリストファー殿下だ。スッと手を前に差し出してきたのだ。婚約者だった頃は、私がいくらダンスに誘っても踊ってくれなかったのに、どうして?
正直踊りたくはない。でも、さすがに殿下の誘いを無下にする訳にはいかない。
「ええ、よろこんで」
すっと殿下の手を取り、一緒にホールの真ん中にやって来た。そして音楽に合わせ、ゆっくりと踊る。まさか2度目の生で、殿下と踊るだなんて思わなかったわ。
「ルージュ嬢はとてもダンスが上手だね。随分練習をしたのかい?」
「ええ…昔猛練習していたことがありまして…」
1度目の生の時の、デビュータント前の事だけれどね。都合の悪い事は、心の中で呟く。
「そうか…あの時はすまなかった…」
ポツリと殿下が何かを呟いたのだ。一体どういう意味?
「殿下?」
「いいや、何でもないよ。今日君と踊れた事、とても幸せだよ。僕と踊ってくれて、ありがとう」
「こちらこそ、殿下と一緒に踊れた事、光栄に思いますわ」
正直気持ちはものすごく複雑だ。私は1度目の生の時、あなたにダンスを拒まれたせいで、ずっと惨めな思いをしていたのに。それなのによりによって2度目の生では、ダンスに誘ってくるだなんてどういうつもりよ。そんな怒りがふつふつと湧いて来た。
ただ、私は公爵令嬢だ、そんな怒りを表面に出すほど愚かではない。さっさとダンスを終わらせ、この男から離れよう。
この男を見ていると、いい意味でも悪い意味でも、1度目の生の事を思い出すのだ。特に辛かった思い出は、私の心を深く傷つける。思い出したくもない思い出を、どうしても思い出してしまう。
私にとっては苦痛でしかないのだ。やっぱり殿下にはあまり関わらない方がいい。この男といると、1度目の生の時の記憶が蘇って辛いのだ。
早く終わって、早く!
そしてやっとダンスが終わった。これで解放される!
「殿下、ダンスを踊って頂きありがとうございました。それでは私はこれで」
2曲目は踊りませんという意味を込めて、殿下に挨拶を済ませると、足早にその場を立ち去ろうとしたのだが。なぜか殿下に腕を掴まれ、ホールの隅に連れてこられたのだ。一体どうしたのだろう。
「14歳のお誕生日おめでとう。君への誕生日プレゼントだよ。よかったら受け取って欲しい」
そう言うと、ポケットから小さな箱を取り出したのだ。まさか殿下がプレゼントをくれるだなんて。
「ありがとうございます」
「よかったらこの場で開けてみてくれるかい?」
殿下に促されて箱を開ける。すると中に入っていたのは…
「これは、時計…」
この時計、見覚えがあるわ。1度目の生の時、私が殿下の14歳のお誕生日の時に渡した時計にそっくりだ。
“これからもずっと、殿下と同じ時を刻んでいきたいです”
なんていうメッセージを付けたのよね。ただ、既にヴァイオレットに心を奪われていた殿下は、1度も時計を付けてくれることはなかった。悲しい思い出の時計だ。
どうしてこの時計を私に?
「ルージュ嬢、知っているかい?時計の意味を。“ずっとあなたと同じ時を刻んでいきたい”という意味があるんだよ。大切な人に教えてもらった言葉なんだ。迷惑かもしれないと思ったが、どうしても渡したくて」
「私は…その…」
「君が僕の事を苦手に思っている事は知っている。でも僕は、君の事が好きだ。たとえ君に振り向いてもらえなくても、僕の気持ちは変わらない。だから、どうか受け取って欲しい。それじゃあ、僕はもう行くね」
そう言って、去っていく殿下。
今、私の事が好きといった?何となく好意を抱かれている事は分かっていた。でも、面と向かって言われると…
ふと時計を見つめた。時計の外枠には、私の瞳も色の宝石と、殿下の瞳の色の宝石が交互に詰めこまれている。私が職人と何度も何度も話し合い、考えたデザインなのだ。
まさかあの時の時計と同じデザインの物を、贈ってくるだなんて。やっぱり殿下は…
でも、このデザインは複雑だし、殿下は1度も時計を身に付けていなかった。下手をすると、私が贈った時計を開封すらしていないかもしれない。そんな殿下が、あのデザインを覚えているとは思えない。
きっとたまたまなのだろう。
もしかしたらこのデザイン、よくある形なのかもしれない。きっとそうよ。
とはいえ、まさかあんな風に殿下に気持ちを伝えられるだなんて…
殿下は私に気持ちを伝えて、何がしたいのだろう。私と婚約をしたいのだろうか?それなら、お父様に王家から打診があってもいいはずだ。
でも、そんな話は聞いたことがない。お父様が一方的に話しを止めているとも思えない。あの人は自分の意思で、勝手に行動をする人ではない。必ず私に確認をするはずだ。
だとすると、本当に何を考えているのだろう…
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