第38話 破れない壁はない!

「……んっ。うぅ……」

「おっ! 起きたか? ったく……突然倒れたりするから心配したんだぜ?」


 瞼をゆっくりと開くと、最初に目に飛び込んできたのは心配そうな表情でこちらを見つめるアキラの顔だった。


「アキ……ラ?」

「おう。具合はどうだ?」


 アキラは俺の顔を覗き込むようにしてこちらの様子を伺ってくる。どういう状況だよこれ……。どうなったらこんなアングルになるんだよ……。


「ごめんな……まさか倒れるとは思わなくって……マジでごめん」

「ああ、いや……。それはいいんだが、この体勢は一体……?」


 天井に広がるのは、一面の岩肌。しかし、後頭部に感じる感触は柔らかく、ほのかに暖かい……。そしてなによりも俺の視界に映るのは、アキラの顔と天井のみ……。


「あ~その……なんだ? こうすれば楽かなって思ってさ……」


 少し照れたように視線を逸らしながら、アキラは頬をぽりぽりとかく仕草をする。まさかこれはアレか? 俗に言う膝枕ってやつなのか!?


「な、なんだよ! 悪いか!?」


 何も言わずにじーっと見つめていたせいか、アキラは顔を真っ赤にしながら怒りだしてしまった。初めての膝枕が元男のそれも乱暴なバカになろうとは……。人生とはかくも残酷なものである……。


 だが、悪いか悪くないかと言えば……


「悪くない……むしろいい……」

「は、はぁ!?な、なに言ってんだオマエ!?」

「マシュマロのような柔らかさ……そして程よい温もり……。これがムチムチ太もm……」

「やめろやめろ! 変なこと言うなぁ!」

「ぶふっ!」


 俺の言葉をさえぎるようにして、アキラの鉄拳が顔面へとめり込む。その威力はすさまじく、まさしくメリッという鈍い音と共に、俺の鼻から血が噴き出してきた……。


「あ、すまん……つい……」

「い、いや……おかげで目が覚めたわ……」


 俺は鼻を抑えながら、ゆっくりと上体を起こす。どうやら倒れた場所とはまた別の場所のようだ……。岩肌はゴツゴツとしておらず、むしろつるっとしていて、まるで人工的に加工されたかのよう……。


「あ、師匠。お目覚めですか? 永眠なさらなかったようで何よりです♪」


 ひょこっと岩陰から姿を見せたのは、洞窟の中に似つかわしくない修道服に身を包んだキャラメル頭のエリオットだ。どうやら俺が起きるのを待っていたらしく、岩の上にちょこんと腰掛けている。


「永眠って……。そんな物騒なこと言うなよ……」

「いえいえ……頭を打った衝撃でくも膜下から出血して、生死の境を……」

「え……そんなにヤバかったの……?」

「彷徨ったわけではありませんけど、永眠しそうなくらい気持ちよさそうではありましたね。まあ、師匠の安らかな寝顔は、まるで天使のようで……。思わず見惚れてしm……」

「いや、その情報いらないから……」


 俺はため息をつくと、その場に立ち上がる。そして軽く伸びをしてみれば、体の節々からポキポキという小気味よい音が鳴った。どうやらだいぶ長い間寝ていたようだ……。


「それで? ここは一体どこなんだ?」

「中層手前の検問所ですよ♪」

「マジか……。そんなところまでよく来れたな」

「ええ。まあ、アキラさんの調子も戻りましたし、師匠の一番弟子として表層程度で足踏みしているわけにはいきませんから!」

「そうか。偉いな……育てた覚えはないけど……」


 自慢げに薄い胸を張りながら、えっへんとエリオットは鼻を鳴らす。そんな弟子の頭をわしゃわしゃと撫でてやれば、エリオットは嬉しそうにパタパタと耳を振るわせた。本当に俺の弟子は可愛いやつだな〜。育てた覚えはないけど……。


「はい♪ もっとナデナデしてくだs……じゃなかった! いいですか師匠? ボクみたいな優秀な弟子を持てたことを感謝してくださいね?」

「ああ、感謝感謝。エリオットは偉いな〜可愛いな〜」

「えへへ~♪ そうでしょう?そうでしょう♪ ボクはとっても優秀なんですよ!」


 俺はエリオットの耳の付け根を中心にわしゃわしゃと撫でまわす。すると向こうも真似するかのように俺の尻尾の付け根あたりを撫で始めた。まるでお返しだと言わんばかりに……。


「はわわ……。ししょ~の尻尾、もふもふです……」

「お、おいやめ……そこは……敏感だから……あふっ♡」

「いーやーでーすー♪ ボクが満足するまでやめません!」

「お、おい! そこは……あふっ♡ だ、だめだって……。はうっ♡」

「えへへ~♪ 師匠の弱いところは全部わかってますからね♪ ほらほら~もっといい声で鳴いてくださいよ~」


 俺とエリオットは互いにわしゃわしゃと撫であいながら、嬌声にも似た声を上げる。そしてそんな風に戯れていると……


「あ、あの……お取り込み中のところ申し訳ありません……」


 横から気まずそうに声をかけられて、俺たちは即座に離れた。そしてゆっくりと声のする方へと視線を移すと、そこには顔を真っ赤にしたマナちゃんの姿があり……。

 彼女はもじもじと体をよじらせながら、何かを伝えようと必死に言葉を探しているようだった。


「あ、マナちゃん……」

「そ、その……。お取込み中に本当に申し訳ないのですが、そろそろ今直面している問題について話しませんか?」

「問題……?」


 マナちゃんが言っているのはどういうことだ? 俺が意識を失っている間に何かあったのか? そんな俺の疑問に答えるかのように、エリオットがポンっと手を打ちながら口を開いた。


「あ、そういえば……そうでしたね。師匠、今ボクたちは結構面倒な問題に直面しているんですよ」

「と言いますと?」

「通れないんです! 検問が!」

「……は?」


 あまりにも突拍子もないその言葉に、思わず唖然としてしまう。しかし、エリオットが次に発した言葉で、俺は即座に全てを理解する。


「マナさんが発行した許可証は表層の探索しか許可されていないんですよ♪ だからあそこは通れません!」

「すみません……。そういう細かいことを知らなくて……。とりあえずダンジョンに入れればそれでいいと思ってて……」

「まあ、それは仕方ないよ。元々深層には強行突破する予定だったんだし、壊す門が一つ増えただけだよ」

「え、きょうこうとっぱ……」


 マナちゃんはその言葉を聞いて途端に顔を青ざめさせる。まあ普通はそういう反応になるよね。


「お、やっぱそう来るか。オレはもう準備万端だぜ相棒!」

「ボクもカメラの準備オッケーです! このexcitingな場面から配信を開始すれば、バズり間違いなしですよ!」

「ええ……えぇ!?」


 俺があっけらかんとしながら、マナちゃんの肩に手をポンッと置いてやれば、彼女はもう何が何だかわからないといった様子で困惑の声を上げる……。


「安心して♪ マナちゃんの顔にはモザイクかけるから♪」

「な、何も安心できないです!」


 頭を軽く抱えながら、しゃがみ込むマナちゃん。そんな彼女を脇に抱えると、俺たち三人は検問所に向けて挑戦の眼差しを向けた……。


「よぉ〜し! それじゃあ張り切って行こうか!」

「はい! 師匠!」

「ぶっ飛ばして行くぜえええ!」

「ひぇぇえ〜!!」


 そうして俺たちは、検問所に向けて勢いよく飛び出した。マナちゃんを脇に抱えながら……。

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