第39話 平和的にいきましょ〜♪

「おい!止まれ!」


 検問所を素通りしようとするや否や、巨大な肉の壁が俺たちの行く手を塞いだ。


 見上げるとそこには荒々しく鼻息を立てるミノタウロスの姿があった。その身の丈はゆうに3メートルを超えており、小さな俺の体などすっぽりと影に隠れてしまうほどに大きい。

 体付きはまさしく筋骨隆々きんこつりゅうりゅうと呼ぶにふさわしく、鎧の上からでも隆起りゅうきした筋肉がくっきりと見て取れた。

 極めつけは、その頭部。黒々とした角が二本、天を貫かんと雄々おおしく伸びている。たくましいその体からは、痺れんばかりのオスの匂いを垂れ流しており、あまりの匂いにお腹の奥がキュンッと疼いてしまうほどだ……。


「うひぃぃい……」


 その巨大な壁を前にして、マナちゃんは脇に抱えられながらもぐったりとうなだれている。どうやら本能的にこのミノタウロスを恐怖している様子……。


「えと……あの……」


 ミノタウロスは、ずしんっと大きな足音を立てながら、のしりのしりと歩み寄ってくる。そして俺たちの正面に立つと、まるで値踏みするかのように鋭い眼光をこちらへと向けてきた……。


「おいユヅキ! 強行突破するんじゃなかったのかよ!」

「い、いや……」


 確かにそのつもりだった。だが……これほどの巨体を前にすると、俺の意志がどうであれ体が勝手に委縮してしまう。


「きっとこれ以上無駄な罪を重ねないためにも平和的な方法を模索しているんですよ! 例えば、核融合爆弾で全てを吹き飛ばすとか♪」

「カクユウゴウ? よくわからんが、穏便に済むならそれに越したことはないな! おい、おっさん。ちょっと通してくんね?」


 アキラは馴れ馴れしくも巨漢の肩をポンッと叩くと、軽い調子でそう告げる。相変わらず肝が据わっているというか、なんというか……。


「だめだ。許可証のない者の通行は禁止されている。それに……」

「それに?」

「たとえ許可があっても、お前らのような女子どもをこの先に進ませるわけにはいかん。ここはな、お前たちのような者が遊び半分で足を踏み入れていい場所ではないのだ」


 ミノタウロスはアキラをそっと押しのけると、低く唸るようにそう告げた。その言葉からは明らかな圧力と威圧感が感じられ、俺たちを威嚇しているように見える……。

 だが同時に、この筋肉ダルマからは純粋に俺らのことを心配する気持ちもまた伝わってくる……。


「お気遣い感謝いたします。ですが、私たちにも引けない事情があるんです!」


 しかし! マナちゃんのことを思えば、ここで引き返すわけにはいかない……。俺はペコリと深く頭を下げて、丁重に断りを入れた。それはそれは、これ以上ないくらい丁重に……。


「どれだけせがまれようとも、ここを退くことはない。引き返せ。命が惜しいならな」

「ぐぬぬ……」


 頭を深々と下げ、これ以上ないくらいに誠心誠意お願いしたのに……。ムリだというのか……! だが、ここで引き下がっては一生の恥! 意地でも通させてもらうぞ! 

 俺はゆっくりと顔をあげると、ミノタウロスにも劣らない鋭い目つきをする……はずだったのだが――――


「通して……ください……♡」


 いつも視聴者にやっているせいか、自然と媚びるような仕草をしてしまった。

 両手を顔の前で合わせて、くいっと小首をかしげながらうるりとした瞳で巨漢を見上げ……トドメにちょっぴり顔を赤らめて、消え入るようにか細く甘い声で……。


「お願い……します……」


 あとついでに、脇に抱えたマナちゃんも同じポーズをするおまけつき。


「ぬううぅぅ……!!」


 するとどうだろう。ミノタウロスはまるで胸を打たれたかのように胸を抑えながら、苦しそうにうめき声をあげると、その場に膝を突いてしまったではないか!


「いいぞ! 効いてる効いてる! このまま一気に畳みかけるぞ!」

「いや、そんなボス戦みたいな……」

「ここはボクに任せてください!」


 謎に盛り上がる場を落ち着かせようと試みるが、背中から意気揚々と飛び出してきたエリオットによってそれは阻止されてしまう。

 こいつは自信ありげにびしっとポーズを決めて登場すると、袖をまさぐって何かを探し始めた。いやな予感しかしない……。


「てってれ~♪ ☆スマホ★」


 あれ? 思いのほか平和的なアイテムが出てきたな……と、思ったのもつかの間。エリオットはスマホを操作して、何かの音声を流し始める――――


『コンコン♪ どうもみなさんおはコンばんにちは♪ まっしろもふもふユヅキだよ~』

「俺の配信じゃねぇかあ!!」


 エリオットのスマホから流れだしてきたのは、他でもない俺の声だった。しかもめちゃくちゃ媚びてるやつ!


『私の今日のパンツの色は……んふふ~♡ ないしょ♪』

「やめろおおおお! 今すぐ止めろ、バカエリオット!!」

「ぬあぁぁぁぁあ!!」


 ミノタウロスと共に、俺も膝から崩れ落ちる。媚びるような萌え萌えボイスに俺の精神はぐちゃぐちゃに破壊されてしてしまいそうだ。


「さすがエリオット! ここで全体攻撃とは!」

「いや……その全体攻撃、味方にも当たってるんですけど……」

『今日は皆さんお待ちかね! ユヅキちゃんのダンジョン踏破しちゃうぞ♪ あまぁ~いサービスが一緒になってるのでよろしくおねがいしま~す♡』


 もはや全体攻撃どころか俺にほとんどダメージが入っているのだが……。わざとだろ……わざとだよな!?


「や、やめろ! これ以上俺の理性を奪わないでくれええ!」

「も~あと少しで倒せそうなのに仕方ない師匠ですね~」


 不満げにムスッとした顔をしながらも、エリオットが配信をストップする。

 ようやく一息つける……しかしまさかこんな精神攻撃を仕掛けてくるとは……ホントに恐ろしい子だ。


「よし! トドメは俺に任せろ!」

「あ、ああ……。頼む」


 もうどうにでもなれ……。俺がやけくそになっていると、最後に出てきたアキラはもう息絶え絶えといった様子のミノタウロスを前にして、胸を突き出すようなポーズをとり始める。一体何をしだすのだろうか……。


「おっさん、触っても……いいぞ……」


 少し顔を赤らめながら、もじもじと人差し指をいじくり回すアキラ。どうやら俺を真似て誘惑しているらしい。

 その完成度は女の子歴が浅いせいか低い。しかし、その初々しさが奇跡的に男心をくすぐるような、あざとくも可愛らしいものとなっている。中身が馬鹿たれヤンキーだと知らなければ、その姿はまさにかわいらしい小悪魔のように映るだろう。


「……」

「ど、どうしたんだよ……触るなら、早く触れよ……」

「…………」


 しかし、ミノタウロスは微動だにしない。夢のような光景に思考停止してしまったのか?


「ないわ~……」

「え?」


 ミノタウロスは突然そう呟くと、何事もなかったかのようにすくっと立ち上がった。


「ないわ~。俺は向こうのちっちゃい子みたいなのが好きなんだ……」

「は、はぁ!?」


 溜息にも似たミノタウロスの呟きに、ただでさえ赤かったアキラの頬がさらに赤くリンゴのように染まっていく。そしてわなわなと体を震わせながら、ギュッと拳を握りしめた……。


「テメェ、もういっぺん言ってみやがれ! このロリコン野郎!!」

「ちょ、待てアキラ! ここまで来て暴力を使ったら全部台無しだろ!」

「止めるなユヅキ! もとより強行突破するつもりだったろ。それを実行に移すだけだ!」


 やばい。こいつ本気の目をしてやがる! そんなにショックだったのか? 中身男のくせに!?


「いや……あれは言葉の綾というか、ノリで言ったというか……とにかく恥を忍んでまで平和的に行こうとしたんだから、それを台無しにするな!」

「安心しろ。ユヅキのかわいい仕草も動画も全部コイツの脳内から消し飛ばしてやる! だから……。この、クソロリコン野郎をぶっ飛ばさせろ!!」


 なにも安心できねぇえええ! それって要するに記憶が飛ぶまでボコすってことじゃねえか! 


「最初から色仕掛けなんてしなければいいのに」

「エリオットてめぇ……自分も俺の動画流したくせに何言ってんだ! てかお前もこのバカ猫を止めろ!」

「ボクはただ師匠が過去にした色仕掛けを流用しただけなので♪ 何も関係ないです♪」

「この野郎! あとで覚えとけよ!」

「きゃ~こわ~い♪」


 俺の心からの願いも、エリオットは軽く受け流すばかり。それどころか、まるで他人事のように口笛を吹く始末だ。

 かわいいからって何でも許されるとおもったら大間違いだぞ! 今度という今度は……まあかわいいから許すか……。


「まあ落ち着けよアキラ。俺は好きだぞ? その……大きな胸。マシュマロみたいに柔らかくて……」

「うわぁ……ユヅキさんその発言はさすがに気持ち悪いです……」


 安全圏で俺の発言ドン引きするマナちゃん。その顔は嫌悪に満ち満ちており、俺のメンタルはガリガリと音を立てて削れていく……。だがこの場を収めるためなら多少のメンタルダメージは持さない。

 目の前では、アキラがぷるぷると震えながら顔を真っ赤に染めあげている……。まるで熱湯の中にぶち込んだ氷がごとく、真っ赤な耳たぶから湯気が上がりそうな勢いだ。これは完全に言葉のチョイスをミスったか!?


「う、うるしゃい! エロジジイのユヅキに言われても嬉しくねぇよバーカ!」


 したったらずな言葉と共に、怒れるアキラの力が弱まっていく。言葉と行動が一致しないが、ひとまず落ち着けることには成功したようだ。


「おま……エロジジイはやめろよ。せめてエロババアにしとけ」

「いや、突っ込むところそこなのかよ……」


 多大な精神ダメージを負った甲斐もあってか、アキラはようやく腕の力を抜いてくれた。


「ゆ、ユヅキはオレのこと、す、好きなのか? それとも、胸だけか?」

「え?」

「その……オレのことが心配だから、止めたのか?」

「それは~」

「もしかして……オレがいないと、ダメなのか?」


 いや、何がダメなんだよ……。正直言ってアキラはクソ邪魔なときもあれば、めちゃくちゃ役に立つときもある……。

 常に一緒にいるわけではないし、どちらかというといない方が助かる場面があったりもしなくもないが……。


「あ~、まあ好きだぞ? 結構……」


 自分でもわからないから、もう投げやりにそう答えた。


「そ、そっか……えへへ……。ならしょうがないにゃあ、ユヅキは一人じゃ何もできないもんにゃあ~♡」


 アキラはデレデレとだらしのない笑顔を浮かべると、嬉しそうに俺の体にすり寄ってくる。顔は真っ赤にしたままだが、どうやら機嫌は直ったらしい……。


 男同士、もしくは女同士だっていうのに、なんなんだこの雰囲気は……まるで恋人みたいじゃないか……。もしかして、それぞれが男女どちらとしてもふるまえるってことは、男女の絡みってことにもできるのか!? ……いや、ないない。絶対にない。アキラとそんな関係は絶対にないわ。

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