第37話
「も、もう大丈夫なのか……? そのー、アレは……」
「ああ……。もう大丈夫……」
あれからしばらくして、岩陰から現れたアキラの顔色はだいぶ良くなっていた。今はもう普通に歩けるくらいには回復している。
しかし、その表情はむすっとしていて、明らかに不機嫌そうなオーラを放っていた……。
「さっきは……ご、ごめん……。軽い冗談のつもりだったんだけど……そうだよな。こういう時は茶化しちゃだめだよな……」
「別に……。まあ、ユヅキのそういうところも好きだけどよ……。そのー、なんつーかさ……、もうちょっと優しくして欲しかったっていうか……」
顔をかすかに赤らめながら、アキラはボソッと呟くように答える。その瞳は、ちらちらと俺の様子を伺うようにして動いていた。
まるで何かを期待しているかのような……見たいけど、見ないようにしているような……。そんな様子だ……。
だが愚かなり、二神雪月。そこまではわかってもその先がわからない。一体何をどうしろと言うのだ……。
「えっと……優しくって、具体的には……?」
「その……なんだ? もっとこう……さ? こう……なんかあるじゃん?」
「…………」
だめだ、まったくわからん。これはいわゆるあれなのか? 察しろってやつなのか? ヒント微粒子レベルしかないのに、ミスったらゲームオーバーのやつなのか?
くそ、わからん……。女の子の日を迎えた元男がしてほしいこととは!? そんなものがこの世に存在するのか!? だめだ、さっぱりわからん。元男であっても生理など経験したことのない俺には難問過ぎる!
「そ、その……」
「…………ん?」
まだほんのりと赤い顔で、こてんっと体を横に傾けながらアキラはこちらを見つめている。その仕草はまるで乙女のようで、普段の馬鹿で乱暴な姿からは想像もつかないようなものだった……。
「……っ!!」
「ん? ユヅキ?」
いや……なんだよコイツ……女の子の日を経験して中身まで女の子になってしまったのか!? こんなにかわいくて色っぽい奴じゃなかっただろ! 岩の裏で別人と入れ替わってたりしないだろうな!?
「おーい、ユヅキ~?」
不安そうに何度も俺の名前を呼びながら、アキラは顔を近づけてくる。その表情はどこか切なげで……まるで何かを求めているかのようだ。
「えと……。その……」
「…………?」
だめだ情報量が多すぎてなにも考えられない……。だが何か言わなければ……。何か……なにか!
「その、あれだ……」
「ん?」
「何があっても……俺が守ってやるから。安心して俺の隣にいろよ。な?」
なぁにを口走ってんだ俺ぇ!! こんなくっさいセリフを言っていいのはせいぜいギャルゲーの鈍感系主人公くらいだろ!!
しかもなんでちょっと上から目線なんだよ! もっとこう……あるだろうが! 普通のセリフがよお!!
「ぷっ……ふふっ! そうかそうか! それじゃあ……頼りにしとくかな! オレのナイト様!」
だがアキラはお気に召したらしい。俺の肩をぽんぽんと叩きながら、にかっと晴れやかな笑みを見せる。俺はと言うと、何も言えなくなってしまい、ただ呆然とするしかなかった……。
「えと……」
そして次の瞬間、あろうことかアキラはそのまま俺の小さな胸に体をぽすんと預け、上目遣いで俺の顔を見上げて来た。
「へへっ♪ ちょっとドキッとしたろ?」
「い、いやっ? 男なんかにドキッとするかよ!」
「ばーか! なに赤くなってんだよ! もしかして本気で惚れちゃったか~?」
アキラは楽しそうに笑うと、そのまま甘えるようにしてすりすりと頬をこすりつけてくる。その仕草は普段のそれからは考えられないくらい甘々で……。そう……まるでマタタビに酔った猫のよう……。
「うにゃ……ごろごろ……なあなあ♪ ユヅキィ……こんなちっさい胸でオレのこと守れるのかぁ?」
「お、おい……ちょっと……」
なぜだ……女の子の日を迎えてしまったとはいえ、アキラの中身は紛れもなく男だ。口調も仕草も全て男のそれであるはずなのだ……。なのになぜこんなに可愛い雌ネコに見えるんだ……?
そんなことを考えていると、ふわりと甘い香りが俺の鼻孔をくすぐる。その香りはまるで花の蜜のようで、鼻腔の奥深くまで入ってくるかのようだった……。
まずい……このままだと本当に何か別の扉を開いてしまいそうだ。
「う、うぐぐ……」
「な~んてな♪ 少し甘えすぎたな!」
アキラは突然ぱっと俺から離れたかと思うと、いつもの調子でニカッと笑みを浮かべる。しかしその笑顔は少し歪んでおり、どこか寂しさを感じさせるものだった……。
「さてとっ……。じゃ、どんどん進んで行こうぜ! オレの体調が戻るまでの間、しっかり護ってくれよ? ナイト様♪」
とすんっと俺の胸に拳を当てて、今度こそ本当にいつもの調子でニカッと笑う。そして、何事もなかったかのように前を歩き始めてしまった。しかし――――
「ん? ユヅキ?」
俺の方はいつも通りとはいかない。軽くとすんっと胸をたたかれただけだったが、それはトドメを差すには十分な一撃だった。叩かれた衝撃はそのまま硬直した俺の体を背中側へと押し出していく……。
「ちょ!」
そしてそのまま体勢を崩した俺は、まるで支えのない木の棒のように、ドシンッと音を立てて地面に倒れ込んでしまったのだった……。
「お、おい! 大丈夫か!? ユヅキ!!」
「おやおやおや? こんなところでお亡くなりですか? 師匠」
「いや、死んでないから! 早く助けろエリオット……!」
頭を打ったせいか、それとも頭が沸騰したせいか……。俺の意識は次第に薄れていく……。最後に見えたのは、心配そうに俺を覗き込むアキラの顔で……
「かわゆす……」
またしてもノンデリ発言を言い残し、逃げるようにして意識を手放したのだった……。
☆★☆
「……もしもし」
『あらお嬢様、ずいぶんと久しいご登場ですね。あまりに登場機会が少なすぎて、出しゃばられてしまいましたか?』
「ち・が・う・わ・よ! 私の登場機会なんてこの先いくらでもあるのだから、そんなこと心配してないわ。それよりも、もっと深刻で、もっと重要な話があるの」
『と、申されますと……?』
「私の第六感が告げるのよ……。ユヅキさんの貞操が危ないってね。これは由々しき事態よ!」
『はあ。ソレハトンデモナイコトデスネ』
「なんかこう……私よりもヒロイン力の高い女の気配を感じるのよ……そんな奴いないはずなのに……」
『お嬢様はその女性にモフモフさんを奪われるのが怖いのですか?』
「そんなわけないわ。私は完璧よ。どんな女が現れようとも、相手にならないでしょうね。ただ、念のためヒロインとしての魅力を高めておこうかと思って……」
『なるほど。でしたらまず人を見下すようなその性格を直すのと、あとごみを見るような目つきも良くありませんね。それに……』
「ちょ、ちょっと……」
『モフモフを見つけたら性格が変わるのもいただけませんね。そしてあれも、これも、それも……』
「ああもう! それ貴方が気に入らないことを羅列しているだけでしょう!?」
『ソンナコトアリマセンヨ。私なりにお嬢様を思って言葉を並べているにすぎません。しかしお力になれないのでしたら、私はこの辺で……』
「は!? ちょ、待ちなs……」
ブツッ……
『ふぅ……。困ったお方ですね。基本的には優秀なのですが……。ああいった欠点も魅力の一つなのでしょうか? まあ、お嬢様なら自分でどうにかなさるでしょう。さて、それでは皆様、今回のお話は楽しんでいただけたでしょうか? 次回もぜひご覧になってくださいね……では……』
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