第25話 いと尊しモフモフ

「しょうがない……こっちも実力行使と行くか……」


 俺は立ち上がると、大きく深呼吸をして腰に差した刀を……


「あっ……」

「師匠、下着に刀は差さってませんよ!」


 抜けない! 鞘を握ろうとした手は空気を掴むだけで、そこに何もないことを思い知る。


「やっべぇ……」


 そもそも帯刀してないんだった……。生まれてこの方、ずっと肌身離さず持っていたから、当然持っているものと思い込んでいた。これでは戦えないぞ……。


"おいおいおいwwwww"

"ユヅキちゃん武器持ってないじゃんwwww"

"刀ないと戦闘力たったの5かゴミめ!"

"おぢさんわからせられちゃうね〜"

"ユヅキちゃん大ピンチ!"


「ふんっ! マヌケね! 武器も持たずに私に挑むなんて! さあ、覚悟なさい!」


 勝ち誇ったような表情で笑うサトリ。わからせたいガキとはまさにこいつのことだ。だが、今の俺はわからせられないタイプのおぢ。むしろここでわからせられかねない状況……。


「ふふん♪ ダンジョン破壊犯なんて言うからどんな奴かと思ったら、とんでもないザコね!」

「ぐぬぬ……」


 ムカつく……。かなり……いや、すご〜くムカつく。だが、丸腰やりあうのは流石に分が悪い。何かわからせる方法を考えなければ……。


「師匠! まだこっちにはレイナさんがいるじゃないですか! 二人で協力すればきっと勝てますよ!」

「あ、そういやいたな。ずっとフェードアウトしてたから存在を忘れてた」


 ふと思い出してクルリと見渡すとすぐに彼女は見つかった。レイナは未だに俺の方をボーッと眺めており、焦点が合っていない。まるでゾンビみたいな挙動だ。


「れ、レイナ?」

「モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ…………」


 呼びかけても返事がない。完全に自分の世界にトリップしてらっしゃる……。早く現実に引き戻さないと。


「レイナ! 助けてくれたらいくらでももふっていいから助けてくれ!」

「モフモフモフモフモフ……モ、フ? モフモフ?」

「そうだ……。もふもふだ」

「も、モフ? モフーーーッッ!!」

「!?」


 突然ブシャーッとレイナの鼻から鮮血が噴水のように吹き出す。


「レイナ!? おい! 大丈夫か!?」


"レイナ嬢!?"

"ユヅキちゃんが可愛すぎたのか?"

"血を噴くほど尊いのか?"

"レイナ嬢の意外な一面が見れた"

"そんなにモフモフが好きなんか!?"

"レイナ嬢幻滅……するわけないだろ! ユヅキちゃんとのカップリングで無敵コンボ生まれたわ!"


 慌てて駆け寄ると、彼女はフラッと地面に倒れ込む。様子がおかしい……。目が血走ってるし、鼻から赤い液体を吹き出しながら一心不乱に手を動かし続けている。

 その姿はさながら妖怪のように狂気的だ。しかも無我夢中で俺の尻尾をモフり続けてる……。


「うわぁ……」


 俺はドン引きしつつも、レイナの肩を揺すった。だが一向に正気に戻る気配はない。それどころか尻尾を触る手つきはさらに激しさを増すばかりだった。


「まずい……師匠が尊すぎてショック状態になってます!」

「いやどういうことだよ! 俺関係ある!? 下着になっただけでもふもふ感は増してないだろ!? もふもふ関係なく下着姿に興奮した、ただのロリコンじゃん!」


"ユヅキちゃんが尊すぎるのが悪い"

"ちなみに俺も一回心停止した"

"輸血しながら見てます"

"やっぱりユヅキちゃんは最高だぜ!"

"もふもふの破壊力ぱないっすわwwww"

"レイナ嬢、もう死んじゃったか……。まあ、幸せそうだしいいか……"


「よくねえわ! おいこら! 起きろ!」


 俺は必死に呼びかけるが、彼女は依然として恍惚とした表情を浮かべて俺の尻尾を触り続けるだけだった……。


"尊死しそう……いやしたわ"

"俺も死んだぞ? どうしてくれるんだ?"

"これは神回確定ですね間違いない"

"これだからモフリストはよぉ!!"

"ユヅキじいの下着姿で興奮しないわけないんだよなぁ。むしろレイナ嬢はよく耐えたぞ"


「わけわかんねぇ!!」

「師匠。早く助けねぇとレイナさん逝っちゃいますよ!」

「はぁ!? 逝く!? 」

「脈の触れが弱いし、意識レベルも低い。このままだと師匠が尊すぎてDIE!しちゃいそうです」

「え、なに? なんなの? どいつもこいつもヤバいやつばっかなの!?」


"ユヅキちゃん可愛い♡"

"正直、尊みが深すぎて死にそう……もう死んでるかもしれんけどwwww"

"おぎゃああああ!!"

"んほおおお! 逝く逝くううう!!"


 コメント欄はいよいよもって狂乱の渦に包まれ出した。なんなんだこいつ等は……俺をどうしたいんだ?


「……おいレイナ!起きろ!!」


 俺は必死に呼びかけるが、彼女は依然として恍惚とした表情を浮かべて俺の尻尾を触り続けるだけだった……。それどころか、彼女はそのまま地面に倒れ伏し、ピクピク痙攣始める。

 にわかには信じられないが、どうやら本当にヤバいらしい。


「師匠……このままだとレイナさんの死因が尊死になっちゃいます!」

「んなバカな……。クソッ! どうすりゃいいんだ……」


 俺は焦りに駆られながら必死に打開策を考えるが、何も思いつかない。その間にもレイナのモフりは徐々に激しさを増していった。


「え、えっと……普通に救急車呼んだら? 大人しく収容されてくれるなら、その娘は行かせてあげるわよ?」


 サトリは若干引き気味になりながらも、俺にそう提案してきた。だがしかし……


「断る! 俺は無罪だからな!」

「いや、一度来てもらうだけだから……」

「イヤだ! 俺は! これ以上! 借金やら! 罪やらを! 背負うのは! ぜっっっったいにいやだぁぁぁぁあ!!!」

「…………」


 俺の気迫に圧されたのか、サトリは目をパチクリさせて呆然としている。

 2億の借金。魔道具店破壊の冤罪。理不尽に押しつけられたダンジョンカメラのローン! これ以上俺は何も背負いたくない!


「さすが師匠! クズさも凡人とは桁が違いますね!」

「いや、ほとんどお前になすりつけられた冤罪なんだけどな?」


 エリオットにツッコミを入れてる間にサトリは正気に戻ったらしく、再びお札とお祓い棒を構えて戦闘態勢に入る。


「ああもうっ! 極悪! クソゴミ! 無一文! 露出狂! さっさと捕まれぇぇぇ!!」


 悲鳴のような叫び声とともに、俺に向かって数枚のお札を投げつけてくるサトリ。レイナの介抱をしていた俺たちは、突然のそれに対応できない。


「しまった!?」


 迫り来るお札の群れ。完全に直撃コースだ。もはやこれまでか……と思ったその時、不意に地面から吹き出した豪炎が、俺を庇うかのようにお札を燃やし尽くした。


「おいおい、大丈夫か? 相棒!」

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