第20話 下着を求めて

「パンツ♪ パンツ♪ 師匠のパンツ♪」

「コラそこ! 公の場で卑猥な歌はやめろ!」


 さいたま新都心という魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこするダンジョン都市へ下着を求め歩く一行。

 先頭は尻尾をフリフリと揺らしながら歌う弟子のエリオット・チューリング。

 中程では風格あるレイナ・インペラトリスが世界は全て我が庭と言わんばかりに堂々と進む。

 そして最後尾、もふもふの尻尾をだらんと垂れ下げ、まるで生気を失ったかのようにフラフラと歩くのは俺こと二神雪月だ。


「えへへ♪ だって師匠が可愛くなるんですよ? 歌わない方がおかしいですよ♪」


 エリオットはそう答えると、再び歌い出す。


「パンツ♪ パンツ♪ 師匠のパンツ〜♪」

「だからやめろって!」

「why? なぜですか?」


 キョトンとした顔で首を傾げるエリオット。そんな弟子の姿を見て俺は大きなため息をついた。


「あのな、お前……。こんな大通りでパンツなんて歌ってたら変な目で見られるだろ?」

「そうですかね? 普通だと思いますけど……」

「いや、どう考えてもおかしいだろ! そもそもなんでお前もついてくるんだよ」

「もちろん! 師匠の可愛いところをこのカメラに収めるためですよ!」


 グッと親指を立てて満面の笑みを浮かべるエリオット。その手には明らかに市販品ではない、いかにも自作なカメラが握られている。


「お前なぁ……そんなもん撮ってどうすんだよ……」

「師匠の可愛らしいお姿を永遠にするのも弟子の務めですから!」

「俺の下着姿なんか撮っても何にもならんだろ」

「なりますよぉ〜。たとえばぁ、配信したり……あと、大お師匠様に送ったり!」

「ぜっっったいにヤメロ!」

「あははっ♪」


 俺の抗議を笑ってはねのけるエリオット。まったくこいつは……。俺は再びため息をつく。すると、そんなやりとりを静かに聞いていたレイナが口を開いた。


「そろそろ目的地に着きますよ」


 指さされた先には、天を貫く巨大なビルが立っていた。さいたま新都心の高層建築群の中でも一際異彩を放つそのビルは、見上げると空が狭く感じるほどに高く、大きい。


「Wow! これはすごい!」


 目を輝かせながら驚くエリオット。俺もその壮観さに思わず目を奪われる。だが、それも仕方の無いことだろう。まるで異世界に来たかのような錯覚を覚えるほどの規模なのだ。

 そんな俺たちを他所にレイナはスタスタとビルの中に入っていく。俺とエリオットは慌てて彼女の後を追った。


「おい、こんな立派なビルに俺たちみたいなのが入っても大丈夫か?」

「本当にここに入っていいんですかね?」


 不安を隠せない俺たちに、レイナは平然としていた。周りを見ると、俺たちとは比べ物にならないほど立派な服装をした大人たちが忙しなく行き交っている。彼らとすれ違うたび、なんだか萎縮してしまう。


「やばい、完全に浮いてる……」

「こりゃあボクもドォキドキしてきまし

た〜!」


オドオドと辺りを見回す俺たち。しかしレイナだけは、いつもと変わらず落ち着き払った態度で歩みを進めていた。

やがて、受付カウンターのような場所に到着すると、彼女はそこに立つ女性にこれまたいつもと変わらぬ下等生物を蔑むような目で一言。


「……私よ」


 そう告げると、受付嬢の女性はひどく驚いた様子で目を見開いた。そして、まるで信じられないものでも見たかのような表情でレイナの顔を覗き込む。


「え……あ、はい! どうぞ、お通りください」


 受付嬢は慌てた様子でそう言うと、俺たちをエレベーターの前まで誘導する。俺たちは彼女の指示に従ってエレベーターに乗り込んだ。ドアが閉まると同時にゆっくりと上昇し始める機体。


「ウソ……顔パス? 顔パスって実在するの!?」

「レイナさんって何者なんですか!? もしかして世界を裏から操る秘密結社の幹部とか!?」


 あまりの衝撃的な光景に思わず大きな声を上げると、レイナは呆れたような表情でこちらを見つめてきた。


「はぁ……。お二人とも大袈裟ですよ。顔パスなんてそんな珍しいことじゃありません」

「えぇ……」


 そんなやり取りをしている間にも、エレベーターはグングン上昇していき、やがて目的の階に到着したことを告げるブザーがなった。

 ドアが開き外に出るとそこはワンフロア丸々使った広い部屋になっていた。床一面に敷かれたふかふかなカーペットや壁に掛けられた絵画などを見るだけで、自分たちがどれほどのVIP扱いを受けているかがわかる。


「お待ちしておりましたぁ♡」


 そんな部屋の中央に、まるで待ち構えていたかのように立つ立っていたのは特異な外見の女性。彼女は妙に間延びした甘ったるい声でこちらに話しかけてきた。

 頭には2本の黒い角が生えており、背中ではコウモリのような羽がパタパタと羽音を鳴らしている。

 ピンクの髪とハートの尻尾は他者の目線を吸い寄せるように官能的で甘美な魅力を放っており、服装は露出度が高く肌色多め。下半身に至ってはほぼ丸出しで、レオタードのようなものを身につけているだけであった。

 そして何よりも特徴的なのはその大きく膨らんだ胸である。彼女の一挙手一投足でたぷんたぷんと揺れ動く様はまるでスライムのようだ。

 そんな彼女の姿はまさにサキュバスと呼ぶに相応しい姿であっただろう。だがしかし、そんな扇情的な格好とは対照的に、その表情にはどこか無邪気な子供っぽさがあったりもする。


「あ、あの……」

「下着を見にきたわ。最高のをちょうだい」


 戸惑う俺たちを他所に、レイナは彼女に淡々とした口調で告げた。しかし、サキュバスはそんなレイナの言葉に耳を貸すことなく、クネクネと腰を揺らしながらこちらに近づいてきたかと思うと突然俺の手を握ってきた。


「きゃー! 可愛いですねぇ♡ お名前は?」

「え……二神雪月……です」

「ユヅキちゃんですかぁ♡ いい名前ですぅ〜♡」


 キラキラと目を光らせながら彼女は俺の手を握る。その柔らかい手の感触は童貞を瞬殺するほどの破壊力を持っており、体が女性となった俺でも思わずドキッとしてしまうほどだった。


「ユヅキちゃん♡ お洋服はどんなのがお好きですか? フリフリですか? それともシンプルにワンピース?」


 そんな俺の反応を見て、さらに調子に乗ったのか彼女はさらに距離を詰めてきた。その豊満な胸が俺の胸板に押し当てられムニュっと潰れる。

 その感触はとても柔らかくて温かくて……って! 何考えてるんだ俺は! 童貞には刺激が強すぎるだろこれ! 

 必死に正気を保とうとするが、彼女の誘惑はさらにエスカレートしていく。


「それで、どうしてここにきたのぉ?」


 サキュバスは俺が逃げないようにもう片方の手もぎゅっと握ると上目遣いで見つめてきた。そしてそのまま顔を寄せてくる。

 甘く蕩けるような香りが鼻腔をくすぐり、心臓が高鳴った。その長いまつ毛と大きな瞳に見つめられるだけで頭の中が真っ白になるような感覚に陥る。


「ちょっと……」


 しかし次の瞬間、殺意がこもったようなレイナの低い声でハッと我に帰る。慌てて彼女の方を見れば、氷のように冷たい目をしながらこちらを睨みつけていた。

 まるでゴミを見るような視線である。普段だったら、何と思わない女帝の目つきだが、いざ向けられるとそれだけで心臓が止まってしまいそうだ……。


「あ、あの……その……」


 しどろもどろになりながらなんとか答えようとするものの、うまく言葉が出てこない。そんな俺を見てレイナはさらに冷たい目をしながら言った。


「ユヅキさんはね、下着を買いに来たの。淫魔と遊びに来たわけじゃないの……」

「あらぁ♡ それは残念ですねぇ。でもぉ、下着を買うなら私におまかせくださいよぉ?」


 レイナの威圧感にも臆さず彼女はそう言うと再び俺にすり寄ってくる。柔らかく弾力のある感触が伝わってくるが、今はそれを楽しむ余裕はない。


「ユ・ズ・キ・さん♡ どんなおぱんつが好みですか? 可愛いのからセクシーなものまでなんでも揃ってますよ♡」


 耳元で囁くように言いながら、さらに強く抱きついてくる彼女。その甘い香りと柔らかさに頭がクラクラしてくる。

 しかし、目の前のレイナの顔がどんどん不機嫌に歪んでいくのを見て俺は慌てて言葉を紡いだ。


「あ、あの……その……」


 だが、またしてもうまく言葉が出てこない。そんな俺を見てレイナは呆れたようにため息をつく。


「ユヅキさんはオシャレに疎いの。貴女が選んであげて」

「はい♡ わかりましたぁ♡ そ・れ・じゃ・あ……」


 レイナの言葉を受けて、サキュバスは嬉しそうに頷くと、そのまま前屈みになって俺の袴の裾を掴む。そして————


「今日はどんなのを履いているんですかぁ? お姉さんにみ・せ・て♡」

「ふぇ!?」


 ゆっくりと裾を持ち上げ始めた……

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