第17話 アイドルって本気で言ってます?

「は、はあ……アイドルライブですか……」

「はい!ユヅキさんに是非お願いしたいのです!」


 佐々木を家に招き入れた俺は、詳しい事情を中で聞いていた。しかし佐々木の話はあまりにも突拍子がなさすぎて、現状1ミリも理解できていない。


「えっと……なぜ私なんですかね?」

「ユヅキさんの配信を拝見しました! 溢れ出る可愛さ! ファンの心を掴んで離さない求心力! そして何より、異性を虜にする女性としての魅力! ユヅキさん以外にありえません!」

「いや、そんな……」


 マジで言ってんのかコイツ……。

 そもそもあの視聴者は俺が呼び寄せたわけじゃないし。なんだよ可愛さとか女性としての魅力とか……確かに最カワ配信者として売ってはいるが、一応中身漢なんですけど。

 そもそもダンジョン配信者とアイドルって全くの別物だろ……。


「その〜アイドルと言われましても、私はただの配信者でして……歌も踊りもできないのですが……」

「だからこそですよ! そんな素人のユヅキさんだからこそアイドルとして輝くことができるんです!」

「んな無茶苦茶な……」

「いやいや、ユヅキさんなら絶対にできます! 私が保証します!」


 俺の疑問をよそに鼻息を荒くしながら佐々木は熱弁する。しかし俺はどうしても納得できない。そもそもアイドルってなんだ? 歌も踊りもできないのにどうやってライブをするんだよ……。ダンジョン配信者はなんでもできるスーパーマンじゃねぇんだぞ。


「実はですね、今度『歌って踊るダンジョン配信者』という企画が持ち上がりまして……その企画の目玉としてユヅキさんに出演していただきたいのです!」


 誰だよその企画考えたの……。とりあえず流行り物使っときゃいいみたいな思考停止のクソ企画だな。


「控えめに言ってその企画は即ボツにした方がよろしいかと……」

「大丈夫ですよ! 私が責任をもってユヅキさんをプロデュースしますから!」

「いや、そういう問題ではなく……」


 俺はなんとか佐々木の暴走を止めようと試みるが、彼は聞く耳を持たない。それどころか佐々木のトークはさらに加速していく。


「安心してください! 手取り足取り教えて差し上げますから!」

「いやいや……私はアイドルとかそういう器ではないというか……」

「ユヅキさんなら絶対に大丈夫です! 私が保証します!」

「光熱費が払えなくて2週間風呂に入っていないんですが……」

「会場をアロマの香りでいっぱいにしますから!」

「今警察に追われてるんですけど……」

「私が責任を持って、対処しておきます!」

「あ、実はいつも男性物の下着をつけています……」

「そういう需要もありますよ!」


 なんなんだこいつ……。何を言っても肯定的に返してきて怖いんだが……。

 ぜっったい何か裏があんだろ……。


「と、とにかく! 私はアイドルになるつもりはありませんので……お帰りください」


「と、とにかく! 私はアイドルになるつもりはありませんので……お帰りください」


 俺が冷たくそう言い放つと、佐々木はガックリと肩を落とした。しかしそれでもなお諦めきれないのか、彼は食い下がる。


「お願いしますよユヅキさん……この通りです……」


 そう言って土下座までする始末だ。そこまでして俺をアイドルにしたい理由ってなんだよ……。


「いや、あのですね? そもそも私なんかよりもっと適任がいると思うのですが……」


 佐々木は突然立ち上がり、俺の肩を掴んできた。そしてそのまま顔を近づけてくる。その目は真剣そのもので……まるで家族を人質に取られているような必死さを感じる。


「ユヅキさんじゃなければダメなんですよ! あなたには、このアイドル業界に革命を起こす力があります!」

「そんなバカな…………」

「お願いします! この通りです!」


 佐々木は再び土下座をしながらそんなことを言ってくる。マジでなんなんだよ……。

「まあまあお二人とも落ち着いてください」


 俺たちが言い争いをしていると、奥の部屋からエリオットが出てきた。手にはお盆を持っておりその上にタコと謎の液体が見える。


「とりあえず佐々木さんも座りましょうよ。

「すみません! お菓子は切らしててタコの切り身……召し上がってください♪」

「ありがとうございます……」


エリオットは佐々木に謎の液体の入ったコップとと切り身が入った皿を差し出した。佐々木はそれを躊躇なく口をつけて飲む。

 明らかに人が飲んではいけない色をしているけど大丈夫かよコイツ……。

 そんな俺の心配を他所に、佐々木は満足げな表情を浮かべながら話を続ける。


「それでユヅキさん。私と一緒にアイドルとして頂点を目指しませんか?」

「いやだからですね……」


 ダメだ、話が通じない……。俺は半ば諦めながらタコの切り身を口に運ぶ。すると突然エリオットが口を開いた。


「確かに師匠は可愛いですよね! フリフリの衣装を着たらみんなメロメロでしょう♪」

「あ! 私も同じこと考えてました!」


 おいエリオット……なんてこと言いやがるんだ。せっかく話を逸らしたと思ったのに……。余計なこと言いやがって……。


「エリオットは私がライブに出ても良いの?」

「全然問題ないですよ? むしろ出ていただきたいです♪」


 そう言って微笑むと、彼は俺の耳元に口を近づけて囁くように続けた。


「師匠がステージ上で歌って踊る姿……早く見てみたいですぅ……」

「……っ!?」


 ゾクッとするような感覚を覚えながらも、俺はエリオットの言葉に違和感を覚えた。

 俺の隣でニコニコしているエリオットは、どこか怪しげな雰囲気を醸し出している。まるで何か企んでいるような……そんな表情だ。


「おいエリオットお前何か……」

「でぇもぉ〜、師匠が出たくない仕方ないですもんねー♪ 僕は残念で仕方ないですけど……」

「えぇ……」


 エリオットは顔を伏せて、だらんと耳を伏せて見せる。その姿たるや、とてつもない悲壮感を放っていて、思わず『やってもいいかな〜』なんて気持ちが芽生えかけた。


「それならこういうのはどうですか!? ライブと配信を同時に行うんです! それならユヅキさんにしかできないことです」

「あ、いいですね! それ♪」


 佐々木の提案にエリオットは目をキラキラさせながら賛同する。だがどう考えても目的と手段が逆になっているのだが……。

 エリオットは目を輝かせながらこちらに視線を送ってきている。どうしてもやって欲しいといった様子だ。俺は軽くため息をつくと投げやりに答える。


「ああもう! わかったから! やればいいんでしょやれば……」


 そんな俺の反応を見た佐々木は嬉しそうに手を叩いた。そしてそのまま立ち上がって俺の手を取るとブンブンと上下に振り始める。


「ありがとうございます! ユヅキさんならきっと素晴らしいアイドルになれると思います!」

「いや……だから私はアイドルになるつもりなんて……」


 俺が否定しようとすると、突如としてエリオットが俺と佐々木の間に割って入ってきた。

「あっ! 佐々木さん、ちょっといいですか?」

「あ、はい……なんでしょうか?」

エリオットはニコリと微笑みながら続ける。

「手の痺れとかあったりします?」

「え? そういえば確かに痺れてきた気が……」

「よかった♪ 実は先ほどお出しした液体。あれ、毒なんですよ♪」

「……は?」


 喜んでいた佐々木の顔がみるみるうちに青ざめていく。もはや今にも死にそうな様子だ。対してエリオットは実験の結果を見るようにキャッキャと無邪気に騒いでいた。


「あと1時間もすれば全身に激痛が走って、手足の自由が利かなくなります♪」

「ちょっ……何を言っているのですか……」

「さいたまスーパーアリーナ……どう考えてもど素人が立つ舞台じゃないですよね♪」


 佐々木の額からは冷や汗がダラダラと流れ出していた。そして徐々に青ざめていく彼の顔色を見て、俺は確信する。

 こいつ……マジでやりやがったな!?


「お、おい!エリオット!」


 俺が慌てて声を上げるも、エリオットはニコニコとした表情を崩さないまま続ける。


「それに師匠はつい最近バズったばかりの底辺配信者。スカウトが来るにしては少し早すぎじゃないですか?」

「そ、それは……」

「そして住所公開をしてないこの家に、わざわざピンポイントでやってきたこともおかしい。これじゃあまるで計画的犯行じゃないですか?」


 エリオットは無邪気に微笑みながらそう告げると、ポケットから小さな注射器を取り出した。


「これは解毒薬です。欲しければ、ぜ〜んぶ喋ってくださいね♪」

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