第12話 光と闇のグラデーション

Estilo de Fulguranteエスティーロ・デ・フルグランテ————」


 少女の周りで煌めく光が次第にその輝きを強め、鋭く尖った剣の形へと変貌していく。

 そしてついに轟音とともに一際強い光が瞬いたかと思うと、空には無数の光の剣が輝いていた。


「ヌルヌルと気色悪い……」


 剣が一斉にタコ神へと刃を向ける。従順な剣たちは、ただ少女の命令を待つように、その場に静止していた。


「軟体動物風情が……私のモフモフを汚すとは……」


 少女は再び足を上げる。その出立ちはまさに女王の風格。まるで下等生物を踏みつけるが如きその堂々たる姿は、見ているだけで女王としての在り方を雄弁に語っていた。


「消えろ」


 そしてついに少女が地面を強く蹴り上げる。それと同時に、待機していた光の剣が一斉にタコ神に向かって飛び立った。


「|El Destello fulgurante《エル・デステロ・フルグランテ》」


 剣たちはタコ神の触手に次々と突き刺さり、その動きを完全に封じ込めていく。触手はなおも蠢き続けたが、やがて力なく地面へと落ちていき、ついには完全に動かなくなった。

 しかしタコ神もやられてばかりではなく、大きな咆哮とともに施設を破壊した時と同じ動作で、レーザーを放つ。

 その火力は凄まじく、空気や大地を焼き尽くしながら一直線に少女の元へ向かっていった。


「危ない!」


 俺は咄嗟に刀に手をかけて抜刀の構えを取るが……


「……Estilo de Abismosエスティーロ・デ・アビスモス


 少女は一瞥すらすることなく、ただ静かにタコ神を見下すように、その一言だけ呟いた。

 すると次の瞬間、タコ神と少女の間に黒い渦が巻き起こり、レーザーをいとも容易く飲み込み、さらにはその大きさを徐々に増していく。


「ふっ……」

下等生物の哀れな抵抗を嘲笑うような笑みを浮かべて、少女は再び足を高く上げた。

その耳元では、さっきとは逆の耳で、**『闇』**を模ったピアスが不気味に光っていた。


「El Hechicero de los Abismos《エル・ヘキセロ・デ・ロス・アビスモス》」


 少女が静かに口にすると、黒い渦は槍のように鋭く尖り、タコ神へと襲いかかった。

 渦がタコ神に直撃した瞬間、激しい轟音とともにド派手な爆発が起こり、遅れて爆風が地面を這いずって、土煙を巻き上げていった。


「こわっ……」


 俺はあまりの衝撃に思わず目を瞑る。しかし少女は相変わらず動じず、真っ直ぐに前の光景を見つめていた。

 やがて立ち込める煙が晴れて行き、傷だらけのタコ神の姿が再び明らかになる。


「ちょ……殺す気かぁ!? 普通にオレも吹っ飛びかけたぞ今の!?」


 捕まっている分際で何やら喚き散らすアキラ。少女はそんなアキラの言葉には顔をしかめ、ただぽつりと愚痴るように小さな声でつぶやいた。


「あまりモフモフじゃない分際で……うるさいわね……」

「え!? 今なんか言った!? 言っただろ!」

「言ってません! それよりも今ですよ狐さん。アレを助けるんでしょう?」


 呆然としていた俺だったが、その言葉でハッと我に返り、刀に手をかける。アキラがアレ呼ばわりされているのはこの際気にしないことにしよう。

 俺は刀を抜き放ち、タコ神に向かって駆け出す。


「ふぅ……」


 動きが止まっている今、アキラを避けてタコを刺身にすることなど、造作もない。タコ神の頭上に飛び上がり、2本目の刀を鞘から滑らせる。


「二神流剣術……」


 本来、刀は1本を両手で扱うものだ。その方が体重の全てを刀に乗せやすいし、踏み込みやすさや技の出しやすさも段違いだ。

 しかし二神流は六から十節において、2本の刀で技を繰り出す特殊な剣術である。

 鋼鉄さえ豆腐のように切れる刃と、蛇のようにうねる手首があれば、2本の刀も己の手足のように扱える。

 そして花のように舞える————


「なんて、師匠が言ってたっけな……今でも意味不明だけど……」


『オンナァァァ!!』


 下からタコ神が見上げている。またあのレーザーを撃とうとしているのか、口の中に光が見えた。しかし俺はそれに一切の恐怖も焦りも感じず、ただ静かに構えを取る。


「第一章十節————」


 2本の刀を上段に大きく振り上げ、タコ神を真っ直ぐと見据える。そしてそのまま、タコ神がレーザーを放つその瞬間、力強く刀を振り下ろした。


落花涼明らっかりょうめい……」


 刹那、2本の刀が生み出した剣撃は、空気中の塵や埃をも切り裂く一陣の風となり、光線さえその風の前では塵も同然となった。

 大地へと舞い落ちる花弁は静かに土へと還るように、その風は触手たちを優しく刈り取っていった。


『オンナァァアァアアアア!!!!』


 やがて花弁は地に十文字の花を咲かせ、その生命力溢れる開花の瞬間は、タコ神の断末魔の叫び声に呼応するかの如く、静寂の中へと響き渡って行った。


「ふぅ……」


 2本の刀を鞘に収めると、不意に身体の力が抜ける。汗ばんだ額が頰をつたい流れ落ちる冷たい感覚がした。そしてゆっくりと目を瞑り、一つ呼吸を置くと再び目を開けて周囲を見回してみる。

 深く刻まれた十文字の傷。空からはタコの切り身が雨のように降り注ぎ、辺りにはところどころ焦げた匂いが漂っている。


「おいユヅキィ!」


 無事に"猫刺し"になるのを回避したらしく、何やら怒った様子でアキラが駆けてくる。


「お前! 俺ごと切る気か!」

「ん〜。まあ今日知り合ったばかりだし、別にいいかなって(笑)」

「こいつ……! マジでガツン行くわ……」


 頰を膨らませながら拳を握りしめるアキラ。さっきまで泣き喚いていたのが嘘みたいだ。そんなアキラを見て俺は思わず笑みをこぼした。


「ぷっ……。うそだよ。冗談だって」

「はあ!? 冗談になってねぇよ!」


 そう吠えながら俺の肩を激しく揺さぶってくるアキラ。俺はそんなアキラの反応が面白くて、さらに笑みを深めた。


「いやほんと……怪我もないみたいで、よかったよ」

「んなっ…………」


 激しく揺さぶられていた手を急に止めて呆然とした表情でこちらを見つめるアキラ。心なしか頰もほんのり赤くなっている気がする。


「どうした……?」


 なぜか無言で固まるアキラに俺は問いかける。しかし当のアキラは顔を真っ赤に染めて何やらぶつぶつと呟き始めた。

「いや……は? そんなんアリかよ……反則だろ……な、なんでユヅキがカッコよく……」

「やっぱどこか痛むのか?」


 俺は慌ててアキラの肩を掴んで揺さぶったが、それでも反応はない。まるで魂が抜けてしまったかのように放心している。そしてしばらく経った後ようやく口を開いたかと思うと、俺の手を振り払ってそっぽを向いてしまった。


「べっ、別に少し腹が痛くなっただけだっての……。気にすんな……」

「そうか……?」

「と、トイレだ! 腹痛いからトイレに行ってくる!」


 アキラはそう言い捨ててどこかに走り去ってしまった。何か悪いものでも食べたのだろうか、腹痛がひどいのかと心配になる。

 アキラの背中を見ていると、ずっと後ろで様子を伺っていた少女がこちらに近づいてきた。


「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」

「ああ、俺は平気だよ」


 そう答えると、少女の顔に安心した表情が浮かんだ。そして彼女は優しく俺の手を握る。


「え……?」


 一瞬、ドキッと心臓が跳ねるが、すぐに我に返り少女の手をそっと離した。少女は少し残念そうにしながらも、再び優しく微笑んだ。


「よかったです……無事で……」


 そう言いながら、少女は俺の目をじっと見つめた。俺は思わず目を逸らしてしまう。そんな俺を見て、少女はまた小さく笑った。


「何だよ……」

「いえ、何でもないです。ただ、見た目以上に可愛らしい方だと思って……」

「っ……!」


 顔が熱くなる。まともに少女の顔を見ることができない……。

 ウー! ウー!

 その時、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。その音を聞いて、少女は小さくため息をつく。


「どうやら警察が来たみたいですね……」


 そう残念そうにつぶやく少女を見て、俺は少し考えるように顎に手を当てた。そして、一つのことを思いつき口に出す。


「なあ、よかったらさ、俺の家に来るか?」

「……え?」


 少女は驚いたように目を見開いた後、頰を赤らめて俯いた。しかしすぐに顔を上げて、期待に満ちた目で俺を見つめた。


「いいんですか……?」

「タコ刺しパーティー……なんてどうだ?」


 我ながら酷い理由づけだ……。

 それでも俺がにっこりと笑いながら提案すると、少女の瞳は輝きを増し、頰を紅潮させながら興奮した様子で返事をしてくれた。


「ええ! ええ! ぜひご一緒させてください!」


 適当に取り繕った提案でここまで喜ばれると嬉しいを通り越してもはや恥ずかしくなる。


「そんじゃ帰るか」

「はい……」


 こうして俺の長い長い1日は、やっとの思いでタコ刺しで終わりを迎えたのだった。

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