第10話 《配信》タコ神降臨☆

「おいテメェ! オレの金返せ!」

「あ〜だりー。これ絶対面倒くさいことになるやつじゃ〜ん」

『あ、あれ? お、お嬢様……ですよね?』


 狐面の男は俺とアキラを交互に見て首を傾げる。仮面の上からでも困惑した顔が見て取れるようだ。


「ああん? テメェがこんなにしたくせに白々しいんだよ! まぁいい、とにかく金を返せ!」

『金? ふむ……どの金のことかは知りませんが、もう手遅れですよ……』

「手遅れってどういう意味だ?」

『ふふっ……あれをご覧ください』


 男が祭壇を指差す。そこには人1人埋まってしまいそうなほど山積みになった金。どれだけ見渡しても金、金、金……


「なんだよ、あの中に俺の金を混ぜちまったって言いたいのか? だったら、俺が盗まれた2351円分だけ拾って返せよ!」

「え、すっくな……」

"ワイのスパチャより少なくて草"

"2351円スパチャしといたよ!"

"ユリアたんは2351円で……買える!"

"これが徒労感……ってやつか"


 嘘だろ。そんなはした金のために、俺はこのバカに付き合ってたのか……。徒労感で今にも膝から崩れ落ちてしまいそうなんだが……


『ふふふ……それは無理な相談です。その金は、ドウジン・エロス様に捧げられた供物なのですから』

「供物って?」

『ええ、あの金はエロス様の復活のために、もやし生活や節電、人件費削減のための大量リストラ、そして強盗などの壮絶な苦労の果てに集められたものです!』


 狐面の男はドラマチックに手を広げながら語る。壮大な計画の一部を語るようだが、強盗以外はただの節約じゃないか……。逆になぜ強盗に手を染めたのかが気になるレベルだ。

 というか、警備員がいなかったのはこいつのしょうもない計画でリストラしたせいだったのか。可哀想に……。


「ああ! もういい! 返さないなら力ずくでも取り返してやる!」

「それって強盗じゃね?」

「うるせぇ! ユヅキは黙ってろ!」


 アキラはそう言うと、勢いよく地面を蹴って走り出し、狐面の男に向かって拳を振りかぶった。しかし……


『言いましたよね……もう遅いと……』


 突然施設全体が大きく揺れ始め、アキラの攻撃は不発に終わり、体勢を崩す。


「な、なんだこれは!?」


 揺れに抗えないまま俺たちは尻もちをつき、目を回す。そしてなんとか目を開けて状況を確認すると、目の前の狐面の男が巨大なタコに向かってひざまずき、うやうやしくこうべを垂れているのが見えた。


『さあ……今こそ13億の金を捧げ……我らが神を再びこの世に……』


 そう男が呟いた瞬間————

 カネェエェエェ!!

 凄まじい咆哮とともにタコの触手が激しく暴れだした。触手が壁や天井を激しく打ち、その衝撃に施設全体が揺れる。


「な、なんだこれ!?」

「うわ、うるせぇ! 耳が!」

"タコタコ神降臨☆"

"ヌルーン♪"

"ぎゃー! タコ神レクイエムダァ!"

"もう終わりかもわからんな"



 激しい揺れに耐えかね、なんとか壁にしがみつく。しかしタコはそんなことなどお構いなしに触手を暴れさせ続ける。

 そして拘束していた鎖が一本また一本と引きちぎられていき、やがてタコが天井から地面へと姿を現した。


「い、一体なにがどうなってんだ!?」

『ふふ……さあ! 我らが神よ! その御身おんみをもって供物を喰らい給え!』


 狐面の男の命令で、タコは巨大な口で金や宝石の山を食い散らかし始める。


「うおおおお! 俺の金ぇぇ!」

「随分と現金な神様だこと……」


 アキラは頭を抱えて絶叫し、俺は呆れてその光景を眺める。しばらくすると、部屋にあった金や宝石は一掃され、ゴミだけが残った。


「俺の金……」

『神の復活を遂げました……これで我らの願いも……』


 オンナァァァァ!!


 突然の大声で、タコが咆哮する。その声は耳をつんざくようで、脳を直接殴りつけるような衝撃だった。

 そんな光景を見届けると、狐面の男は満足そうに笑みを浮かべる。


『ははは! 見ろ! これが我らの信仰の力だ! 13億もの金を消費し、今、その力は増した……』


 しかし、その高笑いは長くは続かなかった。次の瞬間、触手が狐面の男を捕え、ヌルヌルとした粘液で彼を覆い尽くす。


『な……神よ……なぜ私も喰らうのですか……』


 狐面の男は絶望に染まった表情でタコの巨体を見上げる。しかしそんなことはお構いなしというように、巨大な触手がウネウネと動き始める。そして男の身体を絡めとるように巻きつき始めた。


オトコォォォオォォオ!! オンナァァア!


 まるで何かを訴えるかのような、そんな叫び声がタコの口から発せられる。その声に呼応するように、触手はさらに激しくうねる。そしてついに男の体は触手の渦に飲み込まれて見えなくなってしまった。


"さ〜よなら〜"

"自業自得。おっつ!"

"おつこ〜ん"

男の触手も……ありやもしれぬ"

"正直興奮した"

"↑するなきしょい"


「おい、これやばくね?」


 アキラはその凄惨な光景に思わず言葉を失う。しかし俺は別の意味で言葉を失っていた。なぜなら……

 "オトコ" "オンナ" そんなタコの口から飛び出している単語の意味が理解できてしまったからだ。


「もしかして……」

「な、なんだよユヅキ。なにかわかったのか?」

「もしかしたらアイツ……金銭欲を満たしたから、次は肉欲を満たしたいのかもしれない……」

「はぁ!?」

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