第9話 《配信》野生の本能 モフモフ尻尾は猫じゃらし♡

"ユリアちゃん! お手柄だったね!"

"ユリアたそに怪我がなくて良かった"

"ふらんめんろいとふりゅ〜げる〜"

"ユリユヅはこの世に舞い降りた天使"

"俺もう、ユリアちゃんになら殴られてもいいわ……"

"なんかこのユリアって人強すぎん? もしかして強いのはユヅキじゃなくてユリアの方?"


 あんなバイオレンスな光景を見せられておきながら、まだ俺たちをかわいい扱いする視聴者たち。

 俺はそんな視聴者たちに苦笑いを浮かべつつ、施設の内部を探索していく。


「おおっ!! ユヅキ! 見てくれよ! この部屋!」

「ん〜? なにかな〜?」


 アキラがスキップ混じりで指を指し、俺を1つの部屋に呼び込んだ。部屋に足を踏み入れると、様々な機械が所狭しと並んでいる光景が目に入る。


「めっっっちゃボタンあるな!」

「そだね〜」

「これ、押してみたいんだけど! いいか? いいよな!?」


 アキラが指をさしたのは、一際大きくて怪しげな赤いボタンだった。早く押したくて仕方ないのか目を輝かせて俺を見つめている。


「いいわけね……ダメだよ〜♪ 何が起こるかわからないからね!」


 あまりにもバカなことを聞いてくるもんだから、危うく素が出てしまうところだった。危ない危ない……

 というかバカでもこのボタンがヤバいことくらい分かると思うんだが……コイツはもはやバカ以下だな……


「ちぇー」


 俺の心情など知る由もなく、アキラは拗ねたように口を膨らませる。俺はそんなアキラの頭をポンポンと撫でながら営業スマイルで笑いかけた。


「もし警報でも鳴ったら困るでしょ! ユリアちゃんは大人しくしててね〜。私がロックを解除してあげるから」

「ちぇ〜……分かったよ……」


 アキラは不貞腐れた顔でそう言うと、とぼとぼと歩き出し近くにあった椅子へと腰掛ける。


「さてと……」


 この部屋は施設の制御室のようだ。機械には疎くてよくわからないが、こんなにボタンが並んでいれば、どれか一つはドアのロックを解除できるボタンのはず。


「うーん……どれだ?」


 壁際の棚を漁りながら、慣れない機械いじりに悪戦苦闘する。

 こういう時にエリオットがいれば楽なんだが……


「くっそ……もう爆発は嫌だからなぁ……」


 俺がそんな独り言を呟いていると、ふと背後に気配を感じた。

 何か……とてつもなく野生的で獰猛どうもうな、まるでライオンに睨みつけられているかのような感覚だ。

 俺は恐る恐る後ろを振り返る。そこには先ほどまで不貞腐れていたはずのアキラがいて、俺のことをじーっと見つめていた。


「な、なにかな? ユリアちゃん……」


 アキラの様子は明らかにおかしい。まるで野生の肉食動物が獲物を狙っている時のような視線だ。思わず変な汗が背中を伝う。


「にゃ……にゃにゃ……」


 いや、違う……アキラの視線は俺ではなくオレの尻尾に注がれてる。その証拠に尻尾が揺れるのと同期してアキラの首が動いている。


「え、ちょ……アキラ?」


 後ずさりするが、アキラも一歩また一歩と近づいてくる。その顔は蕩けるような表情をしており、口からはダラリと唾液が垂れている。


"お? 襲うのか!? 襲っちゃうのか!?"

"ユヅキちゃん逃げて! 早く逃げるんだぁ!!"

"きゃーえっち〜!"

" 百合!百合!"

"俺はユリアちゃんを応援するぜ!!"

"えっちなのは死刑!"


 などと、コメント欄も大盛り上がりである。俺はそんなコメントたちを尻目に、ジリジリと後ろへ下がる。しかしアキラの方も俺と同じ歩幅で距離を詰めてくるため、やがて壁際に追い詰められてしまった。


「ま、待て! 落ち着け!」

「ふにゃぁ……」


 そして背中が壁にぶつかる感触を覚えたその瞬間————


「うにゃああああ!!」

 アキラは俺の尻尾目掛けて飛びついてきた。

「ひゃっ!」


 いきなり尻尾を触られたことで変な声が出る。しかしアキラはそんなこともお構いなしに、俺の尻尾を頰に当てると愛おしそうにスリスリと頰を擦りつけてきた。


「ちょ……やめろ! くすぐったいって!」


 まるで猫じゃらしにじゃれる子猫のように、アキラは夢中で尻尾に頰を擦りつける。本能がそうさせるのか、アキラは俺の尻尾を触るのが楽しくて仕方がないらしい。


「や、やめろって!」

「ふにゃぁ……」

「んっ……ちょ、マジでやめろって!」


 しかし俺のそんな声も虚しく、アキラは一向にやめる気配を見せなかった。それどころか、今度は尻尾を甘噛みし始めたのだ。


「ひゃっ!? おまっ! それはダメだって!」

「ん〜?」

「や、やめっ! あぅ……」


"ふぅ……"

"チャンネル登録しました"

"今夜はこれでいいや"

"(゚∀ ゚)o0 フゥ!"

"ユヅキちゃん、いい声で鳴くねぇ……"

"普通に素が出てて草w"

"↑草に草生やすな"

"これはいいメス猫ですわ"

"おじさんがかわいい声で鳴いてる……ふぅ……"

" ユヅキちゃん、尻尾弱いのね♡かわいいわ〜♪"

"いやはや……ユヅキはかわいいですね……"


 急加速するコメント欄。しかしもはや俺の耳にはそんなコメントなど全く届いていなかった。


「や、やめろって! マジで!」


 俺は必死に抵抗するがアキラは一向に離れようとしてくれない。それどころかもっと強く尻尾に抱きついてきた。まるで自分のものだと主張しているかのように……


「ちょ、マジでやめっ……あっ……」


 そしてついに限界を迎えたのか、俺の身体から力が抜ける。そしてそのまま床に倒れ込みそうになったその時————


カチッ


 という機械音と共に、背中で何かを押し込むような感触がした。

 まさか……と思いつつ、ゆっくりと振り返る。するとそこには


「赤いボタン……」


 明らかに押してはいけないタイプの、あの赤いボタンが煌々と光を放っていた。

 やってしまった。と思ったのも束の間、ウーウーウー!!とけたたましくなる警報音。そして赤いランプがあちこちで光り始める。

 どうやら予想通り押してはいけないタイプのボタンだったらしい。


「な、なんだ!?」


 この騒然とした状況にアキラも正気に戻ったらしく、慌てて俺の尻尾を離し、背後へと後ずさる。


「あーもう……お前マジで……」

「ご、ごめんユヅキ……」


 アキラは俺の怒りを察してか、肩を落とす。しかし今はそんなことを怒っている暇はない。こうなればもはや強行脱出しかない。


 まだ状況を理解できていなさそうなバカネコの腕を引っ張って部屋を飛び出す。

 そしてそのまま、アクション映画さながらの脱出劇を繰り広げる……かと、思われたのだが……


「全然警備いねぇな……」


 警報音が鳴ってから既に30分以上経過しているが、まだ誰も来る気配がない。赤いランプがただ不気味に廊下を照らすだけだった。

 思えば、道中はあの大男としか遭わなかったし、制御室なんていう重要そうな部屋にも警備が1人もいなかった。


「もしかしてこの施設……」

「あ、おい! ユヅキ! あれ!」


 アキラが何かを見つけて叫んだ。そこには強い光が差し込んでおり、広い空間に繋がっているようだった。


「行こうぜ!」

「あ、おい……」


 アキラは俺の腕を引き、一目散にその光の下へと駆け出す。俺もその後を追い、2人で光の中へ飛び込んだ。


「なっ……!?」


 そこに広がっていた光景に思わず目を見開く。


「た……こ?」


 巨大なタコとしか形容できないような何かが天井から吊り下げられていた。しかし、驚くのはそれだけじゃない。タコの下には、怪しい祭壇のような物があり、そこには金やら宝石やらが乱雑に置かれている。


『ようこそ……』


 そして俺たちがその異様な光景に圧倒される中、どこからともなく男の声が聞こえてきた。


『ようこそ……我らが神、ドウジン・エロス様が眠るこの神殿に。歓迎しますよ。お嬢様方』


 声と共に、天井からローブを身にまとった男が降りてきた。狐面を被っているのを見るにどうやら追っていた人物のようだ。

 そして、コイツに会ったらアキラが放つセリフはただひとつ……


「おいてめぇ! オレの金返せ!」

「あ〜だりー。これ絶対めんどくさいことになるやつじゃん」

『あ、あれ? お嬢様……ですよね?』

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