第6話 ☆さいきょー美少女アキラくん☆

「あ〜本っっ当に最悪だ……」


 天才科学者エリオット・チューリングもとい、無自覚系テロリストはその可愛らしさ故に無罪。一方、運も金もない可哀想な俺こと二神ユヅキは罰金1億、懲役22万年の冤罪。

 世界は実に不公平だ……。

 1000万円の負債。別名ダンジョンカメラを飛ばしながら、俺は夕焼けに染まるダンジョン内で深い溜息を吐く。


「確かに、家賃滞納とか? 弟子の放任とか? 俺にも責任はなくはないけど? でも1億て! 闇金でももう少し良心的だぞ」


 確かに俺に過失がなかったとは言い切れない。しかし、それを差し引いても1億は多すぎる。

 大体なんであんな隅っこにある魔道具店が吹っ飛んだだけで9000万も被害が出るんだよ。伝説の剣でも置いてんのかってんだよまったく……。


「こんなことなら電気代じゃなく水道代を払うんだった……。いや、それよりもガス代を払った方が良かったのか? いやいや、それとも……」


 そんな虚しい自問自答を繰り返しながら歩くこと数十分。そろそろ配信をつけようかと、ダンジョンカメラに手を伸ばしたところで、ふと視界に映るものがあった。


「んんっ……?」


 赤。周囲が無機質な岩肌で囲まれたこのダンジョンには似つかわしくない、真っ赤な色。


「なんだあれ?」


 その赤は洞窟の奥の方にポツンとあった。俺は好奇心から、その赤の正体を確かめるべく、ゆっくりと足を進める。


「これは……」


 そしてその正体にたどり着くと、俺は思わず顔をしかめた。


「うわ、人間だ」


 ド派手な赤いツンツンヘアーに、ださいサングラスをかけた性別不明の人間がそこで気絶していた。


「はぁ……マジかぁ」


 ダンジョンで人が落ちているのは珍しい。通常、許可を得てダンジョンに入る者は、危険が迫った際に使用する脱出用転位石が支給されるからだ。

 今朝の少女のように、拘束されている場合を除いて、ダンジョンに落ちている人間は大抵やばい奴だ。許可なく入った違法冒険者や密猟者。とにかく関わるとロクなことにならない。

 だから助けない。そのまま放置して配信開始しよう……と思った矢先——


「おい、待てよ、ゴラァ……」


 気を失っていると思われたその人物が、意外にも可愛らしい声で威嚇しながら、瞬く間に激昂し、俺の胸ぐらを掴んできた。


「生きてたのか」

「勝手に殺すな! あと俺の金返せ!」

「は? 金?」

「しらばっくれてんじゃねーぞ! 俺の金奪っただろうが!!」


 やはり関わってもロクなことにならない……。俺みたいな狐耳が早々いるとも思えないが、誰かと勘違いをしているようだ。


「あー。お前の事情は知らんが、とりあえず顔見ろ。か・お」

「ああ?」


 俺は顔に張り付く手を払いのけて、そいつにサングラスをとらせる。するとそいつは俺の顔をしばらく眺め、驚いた表情を浮かべたあと、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「お前……それお面じゃねぇのか?」

「お面なわけあるか。正真正銘、俺の素顔だよ」

「……そうか。ごめん」


 そう言って、猫耳は俺に頭を下げた。さっきまでの威勢はどこへやら。随分と大人しくなったもんだ。


「それで、お前誰?」

「オレか? オレはユリアン・アキラ・フォルケン。最強の、ダンジョン配信者だ!」

「あーはいはい。アキラくんね。それでアキラくんはどうしてこんなとこにいるのかな〜?」

「テメ……『くん』とかつけてんじゃねぇ! ぶっ飛ばすぞ!!」

「じゃあアキラ『ちゃん』」

「ぶっ飛ばす!」


 猫耳……もとい、アキラは血管を浮き上がらせて、赤と黄色のオッドアイで睨みつけながら鬼の形相で吠える。どうやら性別の問題ではないらしい。

 となるとあれか。プライドって奴か? 全く面倒臭い生き物だ。


「じゃあなんて呼ばれたいんだよ?」

「最区配信者アキラ様と呼べ!」

「アホか」

「プッツーン。はい、ボコし確定! ガツン行くからな! 歯食いしばれや!」

「ちょ、ちょっと待て! 落ち着けって……」


 俺がアキラをなだめようと手を伸ばす。しかしアキラはそんな俺の手を払いのけて、俺の顔面目掛けて右ストレートを放った。しかし————


        ぷにっ♪


 可愛らしい音を立てて、アキラの拳は俺の頬を優しく押し込んだ。まるで猫の肉球でパンチされたような気分だ。というか、


「なんだこりゃあ……」


 肉球だった。俺の頬に当たったアキラの拳は、可愛らしい猫の肉球になっていたのだ。


「ガツンというか、プニだったなぁ……」


 俺はアキラに殴られて赤くなった頬をさすりながら、呆れたように言う。しかしアキラはそれどころじゃないようで————


「お、お前……何しやがった?」

「いやだから俺はなんもしてないって」


「お、お前……何しやがった?」

「いやだから俺はなんもしてないって」


 アキラはペタペタと自分の顔や身体を触りまくって、しばらくしてから絶望に染まった顔をこちらに向けた。


「お、おい……俺の体どうなってる?」

「猫だな」

「は?」

「だから猫。ほら、ここに耳が……」


 もふっ、モフモフッ……もふもふっ!

 俺はなんの躊躇いもなくアキラの腕を掴み取ると、その赤毛に包まれた猫耳をこねくり回した。


「にゃー! にゃにしてんだぁー!」

「ほら。ちゃんと猫だろ?」

「にゃにが、にゃんだかぁー! んにゃー! やめろー!」


 アキラは俺の手を振り払って距離を取る。その頰は真っ赤に染まり上がり、怒りを露わにしていた。


「はあ……はあ……オマエ、マジでなんもしてないのか?」

「してない」

「でも、こんな……」


 そう言って再びアキラは自分の顔や身体をペタペタと触る。しかしいくら触っても耳と尻尾が消えることはない。

 それどころか身体の各所に生えた猫耳を触ったり、尻尾をフリフリしたりしている様子は、もはや完全に猫だった。


「てか、この胸……」


 ふとアキラは自分の胸元に目を向ける。そこにはたわわに実った大きな果実が二つ。


「あー、やっぱり女の子だったのか」

「違うわボケッ!!」


 またもやアキラの拳が俺の顔面に飛んでくるが、やはりそれは肉球のプニプニパンチで全く痛くない。


「でも、胸でかいじゃん」

「違うっつってんだろ!」

「じゃあ男?」

「そうだよ! いやでも……これは……」


 アキラの顔がみるみる赤くなり、耳と尻尾がピンと直立する。そんな固まり切った体をほぐしてやろうと俺はアキラの頭に手を伸ばすして、その猫耳をこねくり回してやった。


「にゃッ!?」


 アキラはくすぐったそうに身を捩り、俺の腕を振り払って距離を取る。離れてもなお威嚇するように俺を睨みつけるあたり、まだ猫の本能が抜けていないらしい。


「まあ、よかったじゃないか。猫耳。可愛いぞ?」

「テメェマジでぶっ飛ばすぞ!?」

「それにそんなおっきな胸までついてて良い感じだぞ。俺とは違って」

「よかねぇわ! って俺とは違って……?」


 俺の言葉にアキラは目ん玉をひんむいて驚く。

 その姿たるや、まるで猫が豆鉄砲を食らったかのようで、思わず吹き出しそうになった。


「俺もお前と同じ境遇でな、男から女になったクチなの。もっとも、お前と違って胸はぺたんこだがな」

「ま、マジかよ……え、流行ってるの? 性別チェンジ……」

「んなわけあるか。俺とお前しか見たことない」

「そ、そうか……そうだよな……」


 そう……今まで性別、または肉体が突然変わるなんて馬鹿みたいな現象は、俺しか見たことがなかった。

 しかし、ここになって突然の2例目。

 こんな稀有な現象。原因が異なると考える方が難しい。

 でもあれは師匠が割ったはず……。


「あ、おい! あっち見ろあっち! 狐面!」

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