第5話 1億円(懲役22万年)
「やあ、ユヅキくん♪」
そこには満面の笑みを浮かべる女性の姿があった。その笑顔の裏には何か人ならざるものが潜んでいるように感じられる。
おかげで背中が冷や汗でびっしょり濡れている。心臓は今にも破裂しそうだ。
「あ、あれ〜……随分とお早いお帰りで……」
ギギギと錆びついた機械のようなギコチナイ動作で、目の前の女性……店長に向かってぎこちない笑顔を向ける。
すると、店長はその笑顔に負けず劣らずのギコチナイ笑顔を作りながら口を開いた。
「今日は仕入れが早く終わってねー。まだ日も落ちてないし、店を開けようと思って帰ってきたんだけど……」
「へ、へぇ〜……」
「まさか、まさか店が燃えてるとは……思いもしなかったよぉ〜……。 ねえ、ユヅキくん?」
「え、えっと……」
ヤバイヤバイヤバイ!
これ返答を間違えたら即ゲームオーバーのやつだ! 脳内で今まで経験したことのない警報音が大音量で鳴り響いている。
「え、エリオットが……」
「エリーがどうかしたかな?」
「うっ……」
俺の視界に映るのはハイライトの消えた瞳をした店長。全身から暗黒オーラを発しているように見える。この状態の店長に下手な嘘をつけば、死ぬより酷い目にあうことは目に見えている。
どうする俺! 素直に謝るか? いや、俺は悪くないはずだ! 悪いのは家を燃やしたエリオットだ!! そうだ、俺が謝る必要はないんだ! ここは強気に出るしかない!
「実験に失敗したみたいで……それで、このような有り様に……」
「本当かい? エリー」
店長が静かに尋ねる。明らかに怒りを抑え込んでいるような様子だ。しかし、エリオットは……
「はい!僕がやりました〜♪ すごいでしょう?」
全く空気を読まず、自信満々にそう答えた。コイツは……救いようのないバカだ。いや、頭はいいんだけどバカだ。大切な何かが欠落している。
「そうか、そうかエリーがやったのか」
「うん!」
無邪気な笑顔を浮かべるエリオット。店長はそんなエリオットの前に立って、ゆっくりと手を上に上げる。
ああ……さらば我が弟子よ。短い間だったけど、お前にされた酷い仕打ちの数々、俺は忘れないよ。
南無三
「そうか〜。よしよしぃ。エリーはずごいなぁ〜。さすが天才科学者!」
「えへへ!」
だがしかし、振り下ろされるかと思われた店長の手はエリオットの頭を優しく撫でる。その笑顔は幸せそのもの。
店長もまた、エリオットを愛おしく思っている様子だ。
「でも、家を燃やしたのは悪いことだからね〜」
「うぅ……ごめんなさい」
「うんうん。ちゃんとごめんなさいが言えて偉いぞぉ〜エリーは。どこかの誰かさんと違って……」
あれ? なんか矛先がこっち向いてるんですけど……
「あとの責任はぜ〜んぶ保護者のユヅキくんにあるから、エリーはもういいよ〜」
「ありがとうございます!」
そう言って、エリオットは元気よく店長の元から去って行く。
「さて、ユヅキくん?」
「いやいやいや! それはおかしいでしょ! どう考えてもアイツが全部悪いじゃないですか!」
「うんうん。まあね。でも未成年の責任は全て保護者の責任なんだ」
「いや、エリオットは勝手に俺を師匠と呼んでいるだけで……」
バンッ!
俺の言葉を遮るように、店長が近くの壁を強く叩いた。壁はミシミシと音を立て、蜘蛛の巣のように亀裂が入る。
「何か文句ある?」
店長が一歩ずつ距離を詰めてくる。その表情は般若のように歪んでいた。
「い、いえ……何もありません!」
「よろしい。じゃあ、あれの弁償。してくれるよね?」
「え……」
アレとはもちろん絶賛炎上中の魔道具店のこと。そこまで大きくはないが、アレを弁償するとなると軽く2000万は超えてくる。
実質無職の俺では当然そんな大金払えるはずがない。
「ちょ、ちょっとそれはさすがに……あ、そうだ! 火災保険! 火災保険があるじゃないですか!」
俺は今にも現実と夢の狭間に落ちてしまいそうな思考を振り絞って、最後の希望を口にした。しかし————
「家賃も払ってない君が、保険になんて入ってるわけないじゃないか。バカか」
「うぬぬ……」
おのれ過去の俺……。どうして家賃を滞納なんかしたんだ! そんなんだから社会の底辺の底辺を這いずる羽目になるんだぞ!
「で、でも! 全焼してないし、500万くらいで……」
ドォォンッッ!
また俺の言葉を遮るように、轟音が響く。しかし今度は店長の拳ではない。魔道具店からの爆発音だ。
轟音と共に、魔道具店は爆発四散し、跡形もなく消え去る。
「全焼どころか木っ端微塵ね。それで500万がなんだって?」
「えと……その……」
「あの場所には貴重な魔道具もあったし、そうね、9000万で許してあげる。」
「9000万!?」
聞いたこともない額だ。そんな大金、払えるはずがない。
一体どれだけ働いたら9000万なんて稼げるんだ? いや無理だよ……無理無理絶対無理!
「もし稼げないなら。風俗に売っぱらって、使えなくなったら腎臓だけじゃなくって、その身全てを臓器売買にかけちゃおっかな〜」
店長がクスクスと笑いながら言う。冗談に聞こえるかもしれないが、この人はマジだ。9000万……もし払えなければ『死』なのだ。
「わかりました……払わせていただきます」
「うんうん、ユヅキくんは物分かりが良くて助かるなぁ。そんな君に私からプレゼントだ」
そう言って、店長はどこから1つの箱を持ってきて、俺の方へ投げて寄越した。
「これは……」
「最新型のダンジョンカメラだ。バカみたいにスマホを持たなくても、自動で追尾して、8k画質で動画を録画してくれる優れ物だ」
「マジすか! これくれるんですか!?」
「いや? 誰があげるなんて言ったかな? さっきの額に加えて1000万。払ってもらう」
「はぁ!?」
「9000万プラス1000万。合計1億!」
「い、いえ……ありません!」
もはや拒否権など存在しない。
店長の圧倒的な存在感に押され、俺は大人しく従うしかなかった。
「じゃ、早速ダンジョンに潜って稼いできてね♪」
「え、今ダンジョンから帰ってきたばかりなんですけど……」
「何か文句でも?」
「い、いえ……ありません!」
そうして絶望する俺にエリオットが更なる追い打ちをかける
「頑張ってください師匠! 30分に広告1回。視聴者1人。1広告0.1円! 大体20億時間、22万年配信すれば、1億くらいなら稼げますよ!」
信じられないが、これが現実だ。再びダンジョンに向かうしかないのだ。
クソ、アホか……。22万年なんて、そんなのエルフでも死んでるぞ!
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