第2話 触手にも適度な大きさってもんがある

きゃああああぁぁぁぁ!!!!



「っ!?」


 言いかけた瞬間、ダンジョンに響き渡る女性の悲鳴。


 ”なになに!? どしたん?”

「い、いま女の子の悲鳴が……」

 ”マジか! 助けにいかないと!」


 そうだ……その通りだ……。迷宮のごとく広がるこのダンジョンに響き渡るほどの声。ただ事ではないのは確かだろう。

 もし助けに行かなければ声の主は命を失うかもしれない。それに、それにここで助けないと……


「今月の生活費が危ない!!」

”ユヅキちゃん何か言った?”

「ううん! なんでもないよ♪ それより早く助けに行かないとね!」


 俺は声の方へ駆け出す。ダンジョンで人を救ったとなれば謝礼金もがっぽがっぽ! その上、知名度爆上がりでチヤホヤされる未来まで見えてくる。先を越される前に俺が助けなければ!

 行く手を阻むようにモンスターが現れる。しかし、今は一刻を争うのだ。かまっている暇はない。

 足を止めることなく、流れるようにモンスターを斬り伏せ、悲鳴のする方へ。そしてようやく悲鳴がした場所にたどり着くとそこには――――


「っっっ!?」


 四肢にヌメヌメとした触手が巻き付き、体を大の字に広げられたダークな銀髪の少女の姿。

 四肢に巻き付いたやつ以外にも無数の触手がうごめいていて、今にも少女の体を蹂躙せんとしていた。


「んっ……」


「あ、あれ? ここってエロトラップがあるタイプのダンジョンだっけ……」

”ユヅキちゃん、どうしたん?”

「い、いや……。な、なんでも……」


 触手のヌメり具合がR18すぎるし、少女に絡みつく触手はどう見てもエロトラップにしか見えない。

 だが、ここはダンジョン。狂気と狂喜の入り混じった混沌とした空間。きっとあの少女は生命の危機に瀕しているに違いない……違いない、よな?


「ああもう……とりあえず切るっきゃない!」


 もし危険な状況なら見逃すわけにはいかないし、何よりあのドスケベシーンがカメラに映ると俺のチャンネルが危ない。

 触手と少女を交互に見やる。果たして俺はエロトラップを楽しむ少女を邪魔する悪なのか、それとも助けを求める少女を救うヒーローなのか。考えている暇はない。エロ配信検知AIにBANされる前に切らなくては……


「抜刀――――」


 鞘から鈍い摩擦音を奏でながら青白く輝く刀身が姿を現す。そこらに売ってる安物ではない。本気のときにだけ抜くことを許されるとっておきの一振だ。

 俺の抜刀に応えるように触手たちはザワザワと蠢く。


「俺のあまりの可愛さに襲いたくなっちまったか? 気持ちはわからんでもないが、ウチのチャンネルはお触り厳禁なんでね!」


 触手たちは俺に狙いを定めたようで、全ての触手が少女から矛先を俺に向ける。

 目の前に迫り来るは無数の触手の群れ。無数に絡み合うその様はまるで数万の軍勢にも見えるだろう。だがしかし――


「ヌルい」


 刀身をひと振り。すると襲いかかってきた触手は一瞬にして切断される。が、一瞬の間を置き今度は上空から別の触手が俺を襲う。しかし、それも一閃で両断する。さらにさらに、四方八方から無数の触手が俺に襲いかかるも、その全てを斬り伏せる。

 斬って、斬って、斬り伏せて。触手は物言わぬ肉塊へと姿を変える。


「そんなんで俺にお触りしようだなんて、100年早いんだよ」

”ユヅキちゃん! 大丈夫!?”

「うん、大丈夫だよ♪」


 触手を斬り伏せると同時、少女に絡まっていた触手も斬れ落ちたようだ。見たところ怪我もなさそうだし、間に合ったと見ていいだろう。


「よ〜し、そんじゃ残りも片付けちゃおっかな……」


 そう言って最後の触手に狙いを定めようとした瞬間、ダンジョン全体が地震でも起きたかのように揺れ出す。


”なになに!?”


 地響きはどんどん大きくなり、それに呼応するかのように蠢く地面が隆起し始める。そしてついに、その異変は姿を現した————


 ドォォォオン!


「こ、こいつは……」


 その姿を見た俺は驚愕に目を見開く。

「長くて……ぶっとい!」それはダンジョンの天井を突き破らんとするほどに長く太い触手。

 その太さは人の太ももほどもあり。ドス黒い表皮には無数の吸盤が付いている。


「うわ……さすがにこの大きさとなると、女性に拒絶されるタイプだな……」


 触手の大きさに呆気に取られていると、まるで俺の発言に憤慨したかのように触手が暴れ出した。


”ユヅキちゃん危ない!”

「え? わ、わぁ!」


 ヌメついた巨体が俺の方へ頭を向ける。そしてしばらく静止した後、先端から白い粘液を射出してきた。


「おまっ! それは色々とアウトだろ!」


 咄嗟のことで回避が追いつかなかった俺は、左腕で顔を覆い隠し、粘液の着弾に備える。

 ドプッ、という粘着質な音と共に左腕に粘液が降りかかる。どうやら直撃は避けられたようだ。

 が、しかし——


「俺のスマホぉ!!!!」


 スマホが俺の身代わりとなり、その身を白濁液に沈めていた。

 電源ボタンを押すだけでグジュグジュと音を立てて、スマホは見るも無残な姿となり果てている。もちろん、配信も強制終了していた。


「おま……型落ちとはいえ高かったんだぞ! この触手がぁぁ!」


 端末から粘液を滴らせ、震える声でつぶやく。だが、それも無理のない話だ。突然現れた巨大触手に俺の財産……いや、人類の叡智の結晶たるスマホは壊されてしまったのだ。


「絶対に許さん……俺の両手を開けたことを後悔させてやる」


 ドロドロの粘液でべとつくスマホを地面に置き、両手で刀を握り直す。そして、目の前の巨体に沿うようにして青白く光る刀身の刃筋を整えた。


「二神流剣術第一章、三節————」


 ゆっくりと刀を振り上げ、大きく息を吸う。向こうも何かを感じ取ったらしい。躍動するかのようにこちらに向かって突進してくる。

 だが、もう遅い。現代人にとってスマホがいかに大切か、思い知らせてやる。力強く足を踏みしめ、触手が俺に触れる寸前に振り上げた刀を一気に振り下ろす。


天花乱墜てんからんつい!!」


 刹那————刀身から青白い光の波動が放たれる。そして、それは目の前の触手を飲み込んだ。

 爆発的な光がダンジョン中を包み込む。その光はまるで俺の怒りを表しているかのように荒々しく、そして雄々しかった。

 光が落ち着き始め視界がクリアになっていくと、そこには見事に縦真っ二つに割れた肉棒の姿が。

 それだけに留まらず、ダンジョンの床までもが地割れでも起きたかのように両断されている。

「やば、これって謝礼どころか修繕費とか罰金とか要求されるんじゃ……」


 こうなったらやることは一つしかない。


「ヨシッ! 逃げるか!」


 三十六計逃げるにしかず。どうしようもない時は逃げるが吉だ。今ならまだスマホも救えるかもしれないし、とっとと逃げよう。


「えっと、キミ大丈夫だった? ここら辺のモンスターは大体片付けといたから安心してくれ。ごめんだけど、歩けるようになったら自力で帰って。それじゃ!」

「え? ちょ、ちょっと待っ……」


 俺の言葉に何か言いかけた少女を置き去りにし、俺はそそくさとその場を後にする。これ以上ここにはいられない。そんな気持ちでいっぱいだったからだ。

 しかし、焦るあまり俺は気づかない。

 少女の隣で静かに俺の姿を捉えていた撮影用ドローンの存在に——


「すごい……もふもふだった……」


—————————————————————

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